9.1-40 黒い虫40
「ちょっ……テレサちゃん!何考えてんの?!手を引くんじゃなかったの?!」
「いや……まだ妾、何もしてない……っていうか、お主らと違って、妾には何かをどうにかできる力は無いのじゃ!」
「じゃぁ、何これ?」
ゴゴゴゴゴ……!!
低い地響きの音と共に、小刻みに揺れるアルボローザの王城。それが始まったタイミングが、テレサの言葉の終わりとほぼ同時だったためか、ルシアだけでなく、他の者たち全員が、この現象の原因がテレサにあると考えてしまったようだ。
しかし、もちろんそういうわけではない。テレサが使える魔法は、精神操作系の魔法だけであって、物理的な現象を引き起こす魔法は一切使えないので、彼女が逆立ちしようとも、王城を揺らすことなどできないのである。
つまり、原因はテレサ以外にあった、ということになるのだが……。その場にいた者たちには、何が起こったのか見当が付かなかったようである。
それからまもなくして、揺れが収まった。
「地震かのう?大体、震度2くらいだったような気がするのじゃ」
「じしん?なにそれ……」
「そういえば、ミッドエデンには地震が殆どないゆえ、お主は知らぬかもしれぬのう。なに。変わった現象ではないのじゃ?星が生きておる証拠なのじゃ。ぷれーとてくとにくす、なのじゃ?」
「ごめん……いつも通り、テレサちゃんが何っているかよく分かんない……」
「きゃっ!テレサ!怖いですわ!」しれっ
「ベアよ……反応が遅すぎじゃし、もう揺れておらぬのじゃ……」
周りの者たちが依然として慌てている中で、普段の様子を取り戻すテレサたち3人。その他のミッドエデンの者たちも、地震について理解のあった者たちが含まれていた居たせいか、皆、取り乱してはいなかったようである。
ただし——
「何事だ?!」
「この世の終わりか!?」
「まさか、ミッドエデンが……!」
——アルボローザの者たちも彼女たちと同じ、とは言えなかったようだ。この地方も地震が少ないせいか、皆が未だ混乱していて、中には、その場に崩れ落ちて立ち上がれなくなる者も居たようである。
そんな中。
皆を落ち着かせようと、メシエが再び声を上げる。
「皆様、落ち着いて下さい。これより、状況を確認いたしますので、今しばらくこちらにてお待ち下さい」
彼がそう口にする前に、一部のメイドや執事たちは既に姿を消していて……。彼の指示を受けるよりも早く、行動していたようである。
それは、ミッドエデン側も同じだったようだ。
「……ちょっとマズいことになったわ」ブゥン
今まで姿を消していたワルツが、テレサたちの元へと、険しい表情を浮かべながら、不意にその姿を現したのだ。
「何かあったのかの?」
「さっきの揺れなんだけど、地震なんかじゃなかったわ……」
「……いや、まさかとは思うが……エネルギア嬢が何かやったわけではなかろうの?!」
「もちろん、こっちのメンバーが何かをした、ってわけじゃないわよ?それについては安心して良いけど……全然安心できないことが起こったのよね……」
そう言って眉を顰めて、そして大きな溜息を吐くワルツ。
それから彼女は何が起こったのか、夕闇の中で彼女自身が見てきた光景について話し始めた。
「あんまりおっきい声で言わない方が良いと思うから、小さく言うけど……(世界樹が折れたみたい)」
「…………む?」
「えっ?聞こえなかった?だーかーらー、世界樹が折れたみたいだ、って」
その瞬間——
「「「…………えっ?」」」
——と重なる人々の声。ミッドエデンの者たちは皆が耳を疑い、そしてアルボローザの者たちは、ワルツが何を言ったのか分からず、そのままの体勢で固まってしまったようである。
そんな、紳士、淑女たちを前に、ワルツは再び口を開いてこう言った。
「まぁ、まだ完全に折れたわけではないけどね。多分だけど、虫に食われて、内部が空洞になってたんじゃないかしら?それで、自重に耐えきれなくなって、ついに亀裂が入っちゃったみたいね」
「……小声で言うのではなかったのかの?」
「成り行きよ、成り行き。それに……」
それからワルツは一旦眼を閉じると、すぐに再び見開いて……。激怒したテレサと同じように、眼を真っ赤に輝かせて、そこにいたアルボローザの者たちに向かって、こう口にしたのである。
「……眼が腐ってんのか、頭が腐ってんのかは知らないけど、自分たちの所の出来事を見て見ぬふりをして、ミッドエデンに喧嘩売ってる人たちの目を覚ますために必要かな、って思ってね?……みんないっぺん死ぬ?何だったら、メシエたちを殺したときのように、何度でもあの世に送ってあげるわよ?出血大サービスって感じでね?」
そして——
ズゥゥゥゥゥン……!!
——と、プレッシャーを発散させるワルツ。
その結果、アルボローザの者たちは、メシエと召使いたちを残し、皆、バタバタと、気を失って、地面へと崩れ落ちてしまったようである。
それはきっと——ワルツなりの、報復のようなもの、だったのだろう。




