9.1-35 黒い虫35
そしてパーティーが始まった。
ミッドエデンから来た者の内、ユリアは、情報局局長兼外交官(?)らしく、アルボローザの貴族たちを相手に、見かけ上は楽しそうに会話をしていたようである。なお、それは、本当に楽しんでいたわけではなく、営業スマイルを浮かべていただけだったことは言うまでも無いだろう。
そんな彼女の後ろを、ローズマリーも付いて回り、彼女は彼女で姉のことを見習っていたようだ。純粋無垢な笑みをバラ撒き、その場にいた者たちの表情を次々と綻ばせていくローズマリーの姿は、ある意味、姉以上のやり手だったと言えるかもしれない。
それを見る限り、夢魔族たちは、社交性に優れた種族のようだが……。その場の端の方に、彼女たちとはまるで対照的なサキュバスが1人居たことについては、まぁ、とりあえず置いておくことにしよう。
そのほか、意外なことに、勇者も積極的に交流を図っていたようである。いや、正確には、相手側から押しかけてきていた、というべきか。どうやらアルボローザの貴族たちは皆、勇者が”勇者”であることにも、そして彼が男であることにも気づいていないらしく……。例外なく、皆が、勇者のことを女性として見ていたようだ。その魅力的な(?)体型だけでなく、彼の丁寧な話し方にも好感を持った者が多く居たらしい。
中には、何を思ったのか、彼に求婚を申し込んだ者も居たようだが——
「…………」ゴゴゴゴゴ
「「「ひぃっ?!」」」
——勇者の隣にぴったりと寄り添っていたリアが、目に見えるほどに真っ黒なオーラを放っていたためか、皆、次の瞬間には逃げ去っていったようだ。
そんな彼らから少し離れた場所には、ユキたちもいたようである。ただ、不思議なことに(?)、彼女たちの所には、誰も近づいてこなかったようだが。
「……ねぇ、ユキちゃん。どうしてみんな、イブたちの所に近づいてこないかもなんだろ?」
「どうしてでしょうね?ボクも不思議でなりません。なんというか……いつもなのですよ。理由は分かりませんが、こうしたパーティーでは、昔から、知り合い以外に誰も近づいてこないのですよね……。賢者様は、その理由、分かりますか?」
「…………いえ」
「ですよね……どうしてでしょう……」
真っ青な顔をして視線を背けながら返答した賢者の様子に気づくことなく……。思い悩んだ様子で首を傾げる、ほぼ全身甲冑姿のユキ。その隣にべったりとくっついていた彼女の妹で、この場でもメイド服姿だったイブも、訳が分からない様子で首を傾げていたようだ。なお、聡明な彼女が本当に分かっていなかったのかどうかは、不明である。
さらにその近くには、ルシア、テレサ、ベアトリクスがいて、3人でテーブルを陣取っていたようである。そこで彼女たちが何をしていたのかというと——
「……テレサちゃん。お手!」すっ
「お手じゃと?妾はイブ嬢のような犬の獣人ではのうて、狐なのじゃ!」すっ
「あ、ごめん。お手を拝借?っていうか、なんだかんだ言って、手を出してるよね?」
「……条件反射なのじゃ。まぁ、そんなことはどうでも良い。っていうか、お主、本当に踊る気ではなかろうな?」
「何を言っているのですの?テレサ。踊るに決まっていますわ!」
「さっき、踊らぬと言ったじゃろ……」
「あら、そうですの?……ルシアちゃん?テレサ、踊らないんですって?」
「うわー、それ、酷いね?一国の主とは思えない、非社交的な発言だねー」しれっ
「いや、酷いのは、お主らの方なのじゃ……(踊れぬと言っておるのに、本当に踊れというのかの?)」げっそり
——といったように、後で始まるだろうダンスに向けた政治的争い(?)を繰り広げていたようである。
そして最後。
そこには水竜もいたのだが、彼女はミッドエデンの者たちから、少し離れた壁際に立っていたようである。そこで彼女は——
「「「「「…………」」」」」
——各々にメイド服に身を包んだ5人の少女たちを侍らせて、会場の警備を買って出ていたようだ。
なお、現在のところ、その少女たちが何者なのかは、ミッドエデンの者たちには知らされていない。おそらく水竜は、ワルツたちがやってきたタイミングで、彼女たちのことを紹介するつもりなのだろう。
そんなこんなで、ミッドエデンの者たちと、アルボローザの者たち、それに少数のボレアスの者たちが、一堂に会したわけだが……。正確にはパーティーが始まった、というわけではなかった。今はまだ、メンバーが集まっただけで、正式に開会した訳ではなかったのである。
結果、まもなくして、メシエによる開会の挨拶が執り行われることになった。
「……皆様。本日は、我がアルボローザ王国とミッドエデン共和国との益々の発展を祈願する会にお集まりいただきまして、ありがとうございます。しかしながら、誠に残念なことに、我らが主たるベガ様は、体調が優れないためにここへはやって来られない見込みでございます。しなしながら——」
と、メシエがそう口にした途端——
ざわざわざわ……
——と広がるざわめき。
ただそれは、未だベガと面会していなかったミッドエデン側から出たものではなく、アルボローザ側の者たちの間で生じたものだった。それを見聞きする限り、皆、ベガの容態を心配しているようではあったものの……。少なくない者たちが、ベガ無き未来のことを相談し合っているようである。
それを感じ取ったのか、それとも最初からそのつもりだったのか……。メシエは、挨拶を早々に切り上げると、皆に向かってこう言った。
「本日は、会場に”施術師”もお呼びしております。普段は来られない方ですが、またとない機会ですので、お声をおかけしました」
彼がそう口にすると、再び広がるざわめき。
そのうち8割が、メシエの言葉通り、普段こういった場にはやって来ないはずの”施術師”が招待されたことに対してのもので……。そして残りの2割が、”施術師”という言葉をきっかけにして生じた、この場に姿がない四天王一人、アブラハムはどこに行ったのか、という疑問に対してのものだった。
なにしろ彼は、”施術師”に救われた者の一人で、かの者とは切っても切れない関係にあった人物なのである。"施術師"の行くところには、常にアブラハムが警護で付いて歩いていた、といっても過言ではなかったのだ。それにも関わらず、彼がこの場にいないというのだから、2人の関係を知っている者たちにとっては、ただ事ではないように感じられていたのではないだろうか。
それは明らかに、混乱と呼べるような類いの反応だったのだが……。しかし、メシエにとっては、すべて織り込み済みのことだったようである。国民たちや政府高官たちから圧倒的な支持を得ている”施術師”の登場によって、貴族たちの間で広まりつつあった”ベガに関する噂”は、有耶無耶になってしまったのだから……。
「それでは早速、紹介いたします。知っている方もいらっしゃると存じますが、彼が”施術師”です」
メシエがそう言って紹介したのは、黒頭巾のようなもので顔を隠した小柄な人物だった。どうやら彼が、件の”施術師”らしい。
ただまぁ——
「施術師?」
「誰じゃそれ?」
「さぁ?」
——今日まで王城におらず、そのうえ、アブラハムの話を聞いていなかった大多数のミッドエデン関係者には、”施術師”と言われても、彼が何をした人物なのかすら分からなかったようだが。
うむ。
たまにはこんな風に書くのも悪くないかもしれぬ。
かの者が一体何者なのか……。
まぁ、知れておるようなものかの?




