9.1-34 黒い虫34
そしてさらにその隣の部屋にも——
コンコンコン……
——来客がやってきた。
「む?もしや、主様方が帰ってきたのでは……」
部屋で留守を任せられた水竜は、そこでパーティーのための着付けをしながら、ユリアやダリアと共に、ワルツたちの帰りを待っていたようだ。
そのためか、彼女は、どこか嬉しそうにして、来賓室のドアを開けるのだが——
「ぬーしーさーm」
ガチャッ……
「皆様。お迎えにあがr」
ガチャッ……
——やってきた人物はワルツたちではなく、アルボローザの執事だったようだ。結果、水竜は、そのまま扉を閉めてしまう。
「……こ、これはマズいですぞ?主様方はまだ帰ってこられないのでございますか?」
王城の中を歩き回っているだろうワルツたちの事を想像して、頭を抱える水竜。無断で歩き回っている彼女たちのことがバレたら、一体、どんな騒ぎに発展してしまうのか……。その結果が何となく想像できていたものの、彼女としては頭が重くて仕方がなかったようだ。なお、扉を開けてからというもの、彼女の顔が赤かった理由については不明である。
そんな彼女に対し、こういった事態に慣れていたユリアが、両手の平を上げ下げしながら、口を開いた。
「まぁまぁ。落ち着いてください、アルゴさん。ワルツ様とカタリナ様でしたら、そのうち無事に帰ってきますよ。もしもワルツ様方がここに居ないことで騒ぎに発展するかもしれない、と懸念されているのでしたら、一時的にエネルギアちゃんの所に戻ったことにすれば良いではないですか?」
「う、うむ……」
「心配しなくても大丈夫です。何と言ったって、ワルツ様とカタリナ様なんですから」
「……相分かった。では、その旨、執事に伝えてこよう……」
そう言って、来賓室の扉を開けて……。そして、そこで困惑の表情を浮かべていた執事に対し、適当な事情を説明する水竜。
その間。
従姉妹と共に、同じ来賓室に割り当てられていたダリアが、ユリアの言葉に何か疑問を感じたようで、難しそうな表情を浮かべながら質問した。
「……ねぇ、マーガレット?あなたやアルゴさんが、さっきから、”ワルツ様”とか”カタリナ様”って言ってるけど……その2人って、どんな人たちなの?名前の雰囲気から、多分、女性なんだとは思うけど……普通の人じゃないわよね?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「言ってないわよ……」
「それは失礼。えっと……”国を治める町娘”と、”町医者”よ?」
「…………えっ?」
「いや、2人とも言ってたのよ。誰かに自分たちの正体を聞かれたらそう答えて欲しい、って」
「……冗談よね?」
「そう説明して欲しいって言ってたのは本当よ?それに、説明としては強ち間違いじゃないと思うけど……でも確かに、本質的ではないわね。そうねぇ……2人のことを端的に表現すると……ワルツ様が魔神で、カタリナ様は魔人かしら?」
「…………は?”ましん”に、”まじん”?」
いったいどこをどうすれば、町娘と町医者が、魔神や魔人につながるのか理解できず、首を傾げてしまうダリア。
そんな従姉妹の反応を見たユリアは、目尻にシワを寄せながら、説明を始めた。
「まず、ワルツ様。もうワルツ様は、どこからどう見ても魔神ね。100人が見たら、100人ともが魔神って言うんじゃないかしら?(まぁ、変身を止めたら、だけど)」
「そ、そう……。ちなみに、ワルツ様っていう人は、どっちなの?町娘か、町医者か……」
「町娘の方よ?」
「町娘で……魔神……。正直、想像できないわね……」
「多分、それが普通だと思うわ?で、次はカタリナ様。カタリナ様は……慈愛にあふれた方よ?まぁ、泣く子も黙るような方ではあるけど……(たとえば、イブちゃんとか……)」
「慈愛にあふれているのに、泣く子も黙る……」
「説明されても想像できないでしょうね……。だって、私も、2人のことを何て表現して良いのか、すごく悩ましいし……」
「話を聞く限り……すっごい化け物のように聞こえるんだけど……」
と、ダリアが、従姉妹から聞いた話から、ワルツとカタリナの想像図を頭の中で組み上げた——そんなときだった。
「……お二方」
やってきた執事と話を付けたのか、水竜が戻ってきたようである。
「とりあえず、儂らだけで行くことになりました。ワルツ様とカタリナ様が戻ってきたら、会場の方まで案内してくれるそうですぞ?」
「そうですか……。主賓不在になってしまいますが、アルボローザの方々を待たせるというのもどうかと思いますし、行きましょうか?」
「そうですね……」
そんな会話を交わして、来賓室の入り口の方へと歩き始める3人。
その際、ユリアは、ダリアに対し、一言だけこう口にした。
「そうそう、ダリア?……ここに来てる人たちって、みんな普通の枠から外れた人ばっかりだから……思っても絶対に”化け物”なんて口にしちゃダメよ?それでどうなっても知らないからね?」
「…………!」ごくり
特に表情を変えるでもなく、そんな忠告を口にするユリア。それを聞いた従姉妹のダリアは、顔を青ざめさせて、こう考えたようだ。
——ここに来なかった方が良かったのではないか、と。
——お二方。
この言葉を、5〜10秒間、頭の中で読み上げながら、ジーッと見つめて欲しいのじゃ。
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ゲシュタルト崩壊☆




