9.1-33 黒い虫33
ルシアたちが準備を終えた頃。
隣の部屋にいた勇者たちも、晩餐会の準備を終えていたようである。
ただまぁ、すんなりと準備を終えた、というわけではなかったようだが。
「……すごく綺麗ですよ?リア」
「お褒めに預かり……光栄です……勇者様」
アルボローザ側から貸し出されたドレス。それを着込んだリアは、まさにどこかの”お姫様”のような雰囲気を纏っていたようである。普段は魔法使いの格好をしている彼女だったが、元々はエンデルシア国王の息女なので……。ドレスを着たことで、本来の王女としての風格が戻ってきたようだ。ただ、さすがに、記憶も一緒に戻ってきたわけではなかったようだが。
「ニコルも似合ってますよ?」
「そうか……。まぁ、俺の場合、普段と格好は、あまり変わらんがな?」
と、勇者の褒め言葉を聞いて、小さく溜息を吐きながら、相づちを打つ賢者。そんな彼も正装していたのだが、その言葉通り、賢者は普段から正装に近い服装をしていたので、パーティーに着ていく服だからと言って、大きく服装が変わったわけではなかったようである。
普段と異なるのは、シワ一つ無い服を着ていた点と、これまたシワ一つ無い包帯を巻いていたことくらいだろうか……。
賢者とそんなやり取りを交わしてから……。次に勇者は、敢えて触れようとしてこなかったユキへと視線を向けた。
どうやら彼の視線の先にいたユキは、彼には理解できないおかしな格好をしていたらしい。
「……あの、ユキ様?」
「どうしょうか?勇者さん。ボク、似合っていますか?」
「えっと……あの……すっごく似合っています。似合ってはいますが……どうして、鎧を着られているのですか?」
首から下を完全武装な状態で、鎧に包み込まれていたユキ。そんな彼女が着ていたマント付きのその鎧は、ユリアがミッドエデンから持ってきていた特注品だったようだ。どうやら魔族の国ボレアス帝国の女性は、ダンスを踊るのに、鎧が必要になるらしい……。
「これ、ボレアス式のドレスです。我が国の女性たちは皆、ダンスと言えば、鎧を着て踊るものなのですよ?」
「そ、そうですか……(ユリア様も、マリーちゃんも、着てなかったような気がしますけど……)」
「賢者さん!ダンスの折は、楽しみにしていますね?」
「は、はい……(俺、もう……今日が最後の日かもしれないな……)」げっそり
今日までユキと共に、ダンスの練習をしてきた賢者。そんな彼は、確信していたようだ。——今日死ぬと。
そんなこんなで……。
ここまで、この部屋にいる新生勇者パーティー(?)の内、4人中、3人の格好を取り上げた訳だが……。その場の中で特に不可解な格好をしていた者の事を、未だ取り上げていない。
……このパーティーのリーダたる人物、勇者の格好である。
その違和感を、リア以外の2人は、ふつふつと感じ取っていたようである。とはいえ、彼の格好自体には何も不自然な点はなかったためか、2人ともそれを口に出して指摘することはなかったようだが。
では、賢者とユキは、一体何に違和感を感じていたのか……。簡単な話である。
2人とも、勇者の格好に何も不自然な点が無かったことに、納得できなかったのだ。
「(あの……賢者さん?勇者さんって……本当に男性の方なのでしょうか?)」
「(えぇ……。そのはずです。ですが……私も、アイツのことを見ていると、段々と自信が無くなってきました……)」
普段は袖と裾の長い、ふっくらとしたメイド服を着込んでいるために、上手い具合に隠れている勇者の手足とそのボディーライン。彼がメイド服を着ているのは、本来の体型を隠すために都合の良かったから——と皆は考えていたようである。ふっくらとしたメイド服なら、そのはち切れんばかりの身体の筋肉を隠して、女装するのに適している、と……。
しかし、今日この日。彼が着ていたのは、メイド服ではなかった。どこかのメイド長のように、メイド服を着たままでダンスを踊るわけにはいかなかったらしい。
だからといって、どこかの狐娘のように、男装するわけにもいかなかったようだ。そんなことをしたなら、リアに自身の正体が男であることがバレてしまうからだ。なお、なぜ勇者が自身の性別をリアに隠そうとしているのかは不明である。
では、彼は一体何を着ていたのかと言うと——女性用のドレスだった。メイド服よりも露出が多く、腹部のくびれが強調されるような、そんなドレスである。決して男性が着てもいい類いの服ではない。
そうなると、当然、ドレスの隙間からは、図太い筋肉の塊とも表現すべき、彼の手足が見え隠れてしてもおかしくないはずなのだが——
「(どう見ても女性の方にしか見えないですよね……)」
「(レオの筋肉……どこいったんだ?)」
——そこにあったのは、小麦色の細い腕と足。しかも、身体の凹凸は紛れもなく女性のもので……。性別を変えることのできる魔道具や魔法の存在を聞いたことがなかった賢者も元魔王も、自身の目を疑ってしまったようである。
むしろ、こう言った方が良いかもしれない。——2人とも、いつから目の前の女性は、勇者と入れ替わっていたのか、本気で頭を悩ませていた、と。
「……なぁ、レオ?」
「はい?何でございますか?ニコル」
「お前……レオだよな?」
「何ですか?急に……」
「……いや。なんでもない。忘れてくれ……」
話しかけても、やはり普段通りの女装した勇者だったためか、そこで言葉を止めて、微妙そうな表情を浮かべる賢者。さすがに、勇者が見知らぬ女性と入れ替わっている、などということは無さそうだが……。どうやら勇者は、日々の鍛錬を続けている内に、いつの間にか賢者の知らない人物へと変化しつつあったようだ。
それからまもなくして……。
彼らのことを呼びに、アルボローザのメイドたちがやってきた。
まずいのう……。
書いておる時間が無いのじゃ……。
まぁ、他の2つの話を中断すれば、時間は作れるのじゃがの?
じゃが——
——取りあえず、温泉かの。




