9.1-31 黒い虫31
ルシアがプール1杯分のマナの生成に成功した後。再びベガの元へと戻ってきたワルツたち。
ただし、顔ぶれは、ワルツとカタリナ(とシュバル)だけで、ルシアはテレサたちの所へと戻っていったようだ。
バタンッ!
「「?!」」
バタンッ!
またも、突然開いた扉に、目を見開く衛兵ことを素通りし……。ワルツたちは、だいぶ日が傾いて、赤く染まっていたベガの温室(?)へと辿り着いた。
そこで、2人は、とある異変を目の当たりにすることになる。
「枯れてるわね……」
「枯れてますね……」
カタリナが魔法の大きさを間違えて育ててしまった、大きなバラの大木(?)。それが、この場を彼女たちが離れていた、およそ2時間程度で、葉や花を茶色く変化させて、枯れてしまっていたのである。
とはいえ、急激な成長の副作用で枯れてしまった、というわけではなく——
「酷い虫食いね……っていうか、さっきより虫、増えてない?」ジュッ
——どういうわけか、虫たちがバラ大木に寄って集って囓りつき、その結果ボロボロになって枯れてしまったようだ。とはいえ、あまりに短時間で茶色くなっていたところ見ると、おそらく虫たちは、ただ囓るだけでなく、木から魔力や生命力などを奪ってしまったのだろう。
そのことに気づいたのか、カタリナがこんな推測を口にする。
「あの虫は……おそらく、魔物の一種なのだと思います」
「虫が魔物……確かルシアもそんなこと言ってたわね?町の人たちが、虫のことを魔物扱いしてる、って」
「えぇ、そうらしいですね。ちなみに……ワルツさんは、魔物と普通の動物がどう違うのか、ご存知ですか?」
「たしか……魔力を持っているか持っていないかの違いよね?」
「一般的にはそう言われています。でも、この世界における生物の分類上、魔物という種族が存在するわけではありません。同じ種でも、魔力を持つものと持たないものというのはざらにいますから。人間なんかは、その良い例ですね。それに……例外なくすべての生物には、血液の中にマナが溶けていますので……ワルツさんの知っているような一般的な分類では、すべての生物が例外なく魔物、ということになっちゃいますね」
「じゃぁ……カタリナの考えてる魔物って、何なの?」
「身体の中にある魔力を、身体の外に出し入れできるか……。それが、魔法を使える”魔物”と、魔法を使えない”動物”の大きな違いだと考えています。出せるということは入れられるということですし、入れられるということは出せるということですから」
「つまり……あの虫は、植物にとりついて、そこから魔力を吸い取って体内に貯めることができるから、魔物だ、ってこと?」
「はい。植物に取り付いて魔力を吸い取っているのはほぼ明らかなので、魔物だと断言しても間違いは無いでしょう。ただ、分からないのは……」
「……その吸い取った魔力を、何に使ってるか?」
「そうです。どこで何に使っているのかは、注意深く彼らのことを観察しないと分かりませんが……数が増えているところを見ると、もしかすると、繁殖のために使用しているのかもしれませんね」
「……蚊みたいなものね」
と、動物の血を吸って、卵を作る雌の蚊のことを思い出すワルツ。
それと同時に、彼女はこんな可能性について口にする。
「もしかしてだけど……あの虫って、人や動物から、魔力を吸ったりしないのかしら?」
「多分ですが……吸うと思いますよ?でも、数匹程度じゃ、大きな問題にはならないのではないでしょうか?」
「さすがに、寄ってたかって襲われたりしたら、酷いことになりそうだけど……普通噛まれたら、追い払ったり、逃げたりするからね」
「えぇ」
この時点において、イブたちが虫の大群に襲われたことを知らなかったために、ワルツたちはそんなIFの話を口にして苦笑していたようである。
なお、町の人々が何故虫たちのことを魔物扱いしていたのかというと、彼らの大群に襲われて命を落とす者がいることを知っていたからだったりする。虫たちは、何も、魔法を使って人に襲いかかる訳ではなく、町の人々が『人を襲う動物=魔物』という慣例に則って、虫を魔物扱いしていただけだったようだ。
そう。虫たちが本物の魔物であることも知らずに……。
それからワルツは、マナの入ったバケツをそこに置いて、作業を始めようとするのだが……。何やら失念していたことがあったらしく、彼女は不意に難しそうな表情を浮かべたようだ。それは、カタリナとの会話の中で生じた引っかかりのようなものだったらしい。
「……なんだろう。何か、忘れてるような気がするのよね……。あの四天王のことでもないし、マナの調達のことでもないし……。こう、喉まで出かかってる気がするんだけど……気のせいかしら?」
「……すぐに忘れるようなことなら、おそらく大したことじゃ無いと思いますよ?」
「本当に大したことじゃないことって、そもそも思い出せすらしないんだけど……まぁ、いっか。じゃぁ、虫退治をしながら、バラの苗木を成長させていきましょうか?」
「はい」
「ちなみにだけど……まだ、ベガ、死んでないわよね?」
「…………かろうじて」
と、先ほどよりも幾分弱っているように感じられたベガの脈を確認しながら、返答するカタリナ。
それから彼女たちは、その場にあったバラの苗木へと、ルシア製のマナと共に、回復魔法を掛けて回ったのである。
こうしていろいろなことを考えながら、話を書いておると、張った伏線を忘れてしまう事があるのじゃ。
つい最近も1つ忘れておったことがあってのう……。
そのネタをどうやって回収するか……頭を悩ませておる今日この頃なのじゃ。




