9.1-28 黒い虫28
視点は再び、ワルツたちの所へと戻ってくる。
『まったく……。お姉様は、何のために同行しているのですか?マナも作れないだなんて、生きてる意味が無いじゃないですか?』ガミガミ
『っていうか、そもそも生きてないし、魔力も観測できないし……。っていうか、何なのよ?いきなり……。通信つないだ途端、叱ってくるとか……』
『いつもの挨拶ですが、それが何か?』
『どんな挨拶よ、それ……』
魔王ベガが眠っていた部屋に、大量に並べられていたバラの苗木たち。それらを一斉に育てて花を咲かせるため、カタリナはマナを取り寄せようと、自身のコピーとも言えるテンポに通信をつないだ。
しかし、どうやらテンポは、ミッドエデンに置き去りにされていたことで(?)鬱憤が溜まっていたらしく……。カタリナと話が終わった途端、姉のワルツに噛みついたようである。なお、言うまでも無いことかもしれないが、彼女の言葉通り、これが2人の普段通りのやり取りである。
『で、あんたこっち来るの?』
『……私とカタリナとの話を聞いてなかったのですか?わざわざマナを届けずとも、そちらで作る方法があるので、その方法を今さっき、カタリナに教えたばかりではないですか。ですから行きませんよ。忙しいですし……』
『…………』
『本当に聞いてなかったのですね……』
『マナとか……魔力とか言われても……分からないから……』
当初は2人のやり取りを聞いていたものの、魔力が云々という内容の話だったために、話について行けなかったワルツ。そんな彼女は、早々に興味を違うモノへと向けてしまったので、マナの作り方の話は聞いていなかったようである。なお、何に興味を向けていたのかは、そこにベガが眠っていて、世紀の大発見の確証を得たかった、と言えば、分かってもらえるのではないだろうか。
『もう、お姉様ったら……少しは精進したらどうなんですか?頑張れば、私やコルテックス、ストレラみたいに、魔法が使えるかもしれないというのに……。話によると最近は、アトラスも魔法が使えるようになったらしいですよ?』
『え゛っ……』
『……テレサ様が、いつも言っているではないですか?使えるか使えないかではなくて……使えるようになるのだ、と』
『…………』
『あぐらをかいていたら、皆様に追い越されてしまいますよ?まだ、追い越されるだけなら良いでしょう。愛想を尽かされても知りませんからね?』
『…………うん』
苦手なテンポからの説教だったものの、その言葉には一理あると思ったのか、渋々といった様子で頷くワルツ。そんなテンポの説教を受けて、ワルツの中で何かが変わったことがあるのかどうかは——今のところ不明である。
◇
そして無線の会話が終わった後。
「……というわけで、マナを作りたいと思うのですが、そのためには膨大な魔力が必要になります」
「……ルシアね?」
「はい」
マナを作る方法をテンポから聞いたカタリナは、早速製造に取りかかるつもりだったようだ。そのためには膨大な魔力が必要になるらしく、膨大な魔力を持ったルシアの協力が必要不可欠だったらしい。
「もしかしてだけど……それで世界樹のことも治せちゃったりする?」
「いえ。さすがにルシアちゃんの魔力を全部使ったとしても、そこまでの量のマナは確保できないと思います。って言っても、かなりの量は生成できると思いますが……」
「そう……。それで、さ?カタリナ」
と、テンポに説教されてからというもの、少し様子がおかしかったワルツは、これまで努めてスルーし続けてきたこんな疑問を、カタリナに対して投げかけた。
「マナって……何?」
マナ。それはミッドエデンの城塞都市サウスフォートレスの地下や、ボレアスの王都ビクセン近くの湖に存在する、”水”と同じような物性を持った液体だった。人が飲めば、乾きが癒えるだけでなく魔力も回復し、魔物たちが飲めば、場合によっては人化するという、まさしく魔法の水である。
これまでワルツは、効果が計測できないために、マナには興味が無かったはずなのだが……。どういうわけか今の彼女は、マナがどんなモノなのか、知りたくなったようである。
それを受けたカタリナは、一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべるものの……。ワルツがマナや魔力について興味を持つことについては大歓迎だったらしく、彼女は嬉しそうにマナについて説明を始めた。それもワルツが分かる言葉で。
「端的に言うと、魔力が水に溶けたもの。いわゆる水溶液です」
「水溶液って……マナを蒸発させても、そこには何も残らないわよね?アルコールみたいなもの?」
「塩や砂糖、あるいはアルコールなどと違って、物質として溶けるわけではありません。”目に見えない魔力”が水に溶けることで、マナになります」
「やっぱりそう来るわよね……。まぁ、見える見えない、聞こえる聞こえないは、とりあえず置いておくとしましょう。そればっかりは、どうにもならないから、センサー系をアップデートするしかないと思うから」
「そうですか……では、お言葉に甘えて、説明を続けます。マナというものは、水で薄まった魔力のようなものです。あるいは、魔力のことを、アンモニアのような気体と考えてもらっても良いかもしれません。空気中にある魔力は、放っておくとガスのように散らばっていきますが、水に溶けると安定して存在できます。私たちが魔力を身体の中に蓄えられるのは、血中に魔力が溶けることで、血がマナのように振る舞うからです」
「……でも、正確にはガスとも違うのよね?」
「はい。今のところ、物質として観測できた、という報告はありません。唯一、”耳”でのみ聞き取ることができる存在です。……前にワルツさんがチラッと話していた量子力学で出てきた量子の振る舞いに近いかもしれません。魔力とは波のような存在だ、って感じで……」
「量子なら観測できるんだけどね……」
そう言いながら、苦笑を浮かべるワルツ。とはいえ、カタリナの説明は、彼女にとって合点のいくものだったのか、問いかける前に比べると、彼女の表情は幾分和らいでいたようだ。
それからワルツは、無線通信システムを起動すると……。妹の無線機に向かって呼びかけた。
ここに来てまさかの展開が……待っておるかもしれぬし、待っておらんかもしれぬのじゃ。
まぁ、一言だけ言うなれば、ワルツが魔法をバンバン撃てるようになると、ルシア嬢の立場が……いや、何でも無いのじゃ。




