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9.1-27 黒い虫27

『……今、帰った』


「はーい!」


「「「……!」」」


 その言葉が飛んできたことで、一斉に反応する一同。

 そんな中、ランディーは、嬉しそうな声を上げながら、やってきた人物の出迎えに行ったようである。


 その際、酒屋の入り口の方から聞こえてきた会話はこんな内容だった。


『お帰りなさい!お兄ちゃん!』


「「「……お兄ちゃん?」」」


 その声を聞いた途端、一斉に首を傾げるルシアたち。


 ただ、全員が全員、首を傾げていたわけではなく、ダリアだけは、皆と異なる反応を見せていたようである。


「ちょっと、私は用事があるので、ここで……」


 そう言って、その場から逃げようとするダリア。

 しかし、その真横には彼女の従姉妹の姿が……。


ガシッ!


「……ダリア?あなた、何か、隠してるでしょ?」


「?!」びくぅ


「図星ね?確か……この国の政府高官の実家がここだとか言ってたっけ?」


「いや、ホント、職業柄、あまり顔を合わせたくない人が来るんだけど……」


「どの職業よ……」


 ダリアが、あまりに多くの職業を掛け持っていることを思い出して、眉を顰めるユリア。


 そして、ユリアがダリアのことを羽交い締めにして捕縛してから、まもなくして……。その場に”兄”を連れたランディーが戻ってきた。

 その人物は、ここで初めて会う人物、というわけではなく……。一部の者たちも知っている人物だったようだ。


「「「……あっ!」」」


「えっ……」


 顔を合わせた瞬間、固まる4人。そのうちの3人は、ルシア、テレサ、ユリアで……。

 そして、やってきた本人も固まっていたようだ。


「確かお主……メシエとかいう御仁じゃったかのう?」


「た、確かあなたは……テレサ様……」


——この国の宰相を務めるメシエである。


「久しいのう?まぁ、生前のことゆえ、殆ど覚えておらぬがの?」


 と、どこか棘を含ませた挨拶を投げかけるテレサ。そんな彼女にとってメシエとは、旧ミッドエデン王国を侵略した敵国の宰相。決して喜んで顔を合わせられる相手ではなかったようである。


 それは侵略した側で、そして敗北した国の宰相であるメシエの方も同じだったのだが、彼の場合は自宅にやってきたテレサたちのことを突っぱねるわけにもいかなかったらしく……。メシエは無理矢理に笑みを浮かべて、そして恭しく挨拶を返した。


「よ、ようこそ。皆様、我が屋敷へ。少々薄汚れておりますが、何卒、ごゆるりとお(くつろ)ぎください……」


 ……彼がそう口にした瞬間だった。


ズサッ!!


 どういうわけか、彼よりも低く頭を下げる人物が現れたのだ。それも、諸般の事情により、アルボローザよりも優位な立場にいたはずのミッドエデンの一行の中から。

 それは背中に黒い羽が生えた、背の高いサキュバスだったようである。


「も、申し訳ありません!家の壁とか天井とか、穴ぼこだらけにしたの、私が原因です!」


 そう口にしたのはユリアだった。どうやら彼女は、メシエの『少々薄汚れて』という発言に反応したらしい。


 そんな彼女たちがいた作業部屋は、ユリアの不注意が発端となって逃げ出した虫たちを駆除しようと、皆でドッタンバッタンと魔法を行使したせいで、まさにオンボロ屋敷とも言うべき状況になっていたのである。

 ランディーは未だ酔っているのか気づいていない様子だったが、今帰ってきたばかりのメシエも同じとは言えず……。謝罪するタイミングを見計らっていたユリアは、ここぞとばかりに謝罪したようだ。尤も、彼が嫌みを言ったように捉えた可能性も否定はできないが。


 そんなユリアの後に続くように——


「……ごめんなさい……」


——と、頭を下げるルシア。

 それからテレサや他の者たちも続いて、家主であるメシエに対し、皆が謝罪した。なお、非破壊的な魔法を使っていた上、どちらかと言えば巻き込まれた側のダリアも謝罪していたようだが、彼女が何故謝罪していたのかは不明である。


 すると。

 彼女たちの様子を黙って見ていたメシエは、対処に困ったように頬を掻くと、一同に向かって、こう口にした。


「いえ、ミッドエデンに対して我が国がした仕打ちに比べれば、何と言うことはありません。家など修理すれば良いだけですから」


「その修理代は、私が払わせていただきます!」


「えっ……いえ、そんな気を遣わなくても……」


「いえいえ、そんな訳にはいきません!この国の宰相のお宅を破壊したとなれば一大事。どうか、私めに弁償させてください!」


「あ、はい……それではお言葉に甘えて……」


 と、ユリアの勢いに負けたのか、彼女の申し出を受け入れることにした様子のメシエ。


 それから彼は、妹の方に視線を向けたようである。

 対してランディーは、その視線の意味が分かっていたらしく……。テレサやユリアたちが、何故ここにいるのかについて、簡単に説明を始めた。


「実は例のお酢作りについて、テレサ様方に色々と教えてもらっていたんです。おかげで、色々と進展がありました。お酢だけでなくて、お酒のこととかも……」


 と、口にしながら、まだほんのりと赤かった顔に、笑みを浮かべるランディー。


 しかしである。

 その話を聞いてからというもの、メシエの方の表情は優れなかったようだ。妹とは逆に、難しそうな表情を浮かべていたようである。

 そして彼は、妹に対し、こんな質問を投げかけた。


「まさかお前……あのことを喋ったのか?」


 ランディーが何を言ったというのか……。真剣な面持ちで問いかけるメシエの姿を見て、その場にいた者たちは頭を悩ませた。何しろ、この3日間で、彼女とは様々な内容の話を交わしたのである。この国のこと、世界樹のこと、町のこと、そしてお酒のこと……。しかし、その言葉の意味の推測はできても、断定まではできなかったようだ。

 ただ、もちろん、ランディー自身は、その意味が分かっていたようで、彼女は首を振りながら、兄に対し、こう返答した。


「いいえ。テレサ様方に伺ったのは、ただ、植物から虫を遠ざける方法が知りたい、とだけです」


「それは……どうなんだろうか。かなりギリギリの内容だぞ?」


「まぁ、そのときが来たら、そのときです。私はもう、覚悟できていますから」


 そう言って、再び満面の笑みを浮かべるランディー。

 しかし、そんな彼女が浮かべた表情の意味は、どこか辛そうに目を細めた兄以外には分からず……。やはり皆、首を傾げる他、無かったようだ。


 ただ、分かることがあったとすれば……。彼ら兄妹は、ミッドエデンの者たちには言えない、何か大切なことを隠している、ということくらいだろうか。



今日はどうも、調子が悪いのじゃ。

やはりあれかのう……シメサバ。

いつも稲荷寿司だけじゃと、味気ないゆえ、寿司の上に、いろいろなモノをとっぴんぐして食べるのじゃが、その際にシメサバを使ったのが拙かったかもしれぬ……。

まぁ、単に食べ過ぎの可能性も否定はできぬがの。


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