9.1-26 黒い虫26
「こんだけやれば、やっぱバレるわよね……」
「むしろ、こんなに大きな木があるんですから、バレない方がおかしいと思います……」
「しかし、儂らがこの部屋にいたことがバレた訳ではなさそうですな?」
メシエがその場から立ち去った後、再び彼が戻ってこないことを確認してから。
ワルツたちはそんなやり取りをして、再び自分たちの持ち場へと戻った。具体的には、水竜が部屋の扉の横で、そしてワルツとカタリナが、昏睡状態のベガの側である。
「それで……さっき、ワルツさんが、バラを咲かせてほしいって言ってたのはどうしてなんですか?何か試してみたいと言っていたような気がするのですが……」
「それねー。前にベガがミッドエデンに来たときに、彼女、バラを使って転移してたじゃない?で、ここにあるのは花のないバラの苗木……。ってことは、ここにあるバラの花を咲かせたら、何か起こるんじゃないかなー、って思ってさ?まぁ、魔力とか私には分かんないから、タダの無駄になるかもしれないけど」
「そういうことですか。でも、さっきのメシエさんの雰囲気を見る限りだと……意外にワルツさんのその勘、当たってるかもしれないですよ?」
「どうして?」
「メシエさん、この木を見て、嬉しそうな笑みをこぼしてましたから」
と、去り際に、バラの木を一瞥していたメシエの表情を思い出すカタリナ。その際のメシエは、バラの花が咲いたことに、歓迎的な表情を見せていたようだ。
「それに、”ベガさんの身体を弄ぶな”、とは言っていましたけど、”バラの花を触っちゃいけない”とは言ってませんでしたし……。あれは、つまり、バラの苗木は、自由に触って良い、ってことじゃないでしょうか?」
「もしかしたら、言い忘れてただけかもしれないけどね……。でもまぁ、メシエが何と言おうと、気にしなくていっか?」
「そうですね。私もそう思います。それに……ベガさんの身体にイタズラしている訳ではないですし……」
「……実は、ここに油性ペンがあって——」さっ
「……止めてくださいね?」ニコォ
「う、うん……じょ、冗談よ?」ガクガク
そんな不毛なやり取りを交わしてから、再びベガの様子を看始めるワルツとカタリナ。
その結果、分かったことは——
「……さっきより、呼吸がはっきりしてない?」
「いや、まさか。でも……確かに、魔力も少しだけ戻ってきているような……」
——やはりバラの苗木とベガの体調がリンクしているかもしれない、ということだった。
「どうします?ここにある苗木を全部、育てちゃいますか?」
「でも、さすがに人工血液はそんなにたくさん持ってないでしょ?それに、その血液って、本当は花のために使う物じゃないと思うし……」
「……本気でやるなら、取り寄せますけど?」
「……止めてもやるんでしょ?」
「…………はい」にっこり
そう言いながら、白衣の中に手を入れて、無線機を取り出すカタリナ。
そして彼女は——ミッドエデンにいるだろう、とある人物へと、電波を飛ばしたのである。
◇
一方、王城の外……。
街の中にあるランディーの酒屋には、追加の木酢液の抽出をしながら、会議をするテレサたちの姿があった。
そしてその場には——
「…………」ずーん
——と青い顔をしながら、俯いていたランディーの姿もあって……。彼女は泥酔したことによる二日酔いの影響と、テレサたちが作業している前で寝込んでしまったことに対する罪悪感からか、憔悴しきったような表情を浮かべていたようだ。
「ランディー殿?もう酔いの方は良いのかの?」
「はい……。先ほどダリアさんに、お薬をいただきましたので……」ずーん
「ふむ……(それにしては、ずいぶんと優れなそうな顔色じゃがのう)。しかし、意外だったのじゃ。ランディー殿とダリア殿が知り合いじゃったとは……」
と、テレサ感慨深げな表情を浮かべながらそう口にすると……。それを聞いていたダリアが、ランディーに聞こえない程度の小さな声で、テレサに対しこう言った。
「(あの……テレサ様?できれば、私はただの花屋で、そこの道ばたでただ会っただけ、ということにしてくれませんか?)」
「(ふむ……善処するのじゃ?)それで、ランディー殿?ダリア殿はどのような関係なのじゃ?」
「ダリアさんは腕の良いお薬屋さんなので、いつもご贔屓にさせてもらっています」
「「「…………」」」じとぉ
「……いえ。私はただの花屋です」しれっ
その場の者たちにジト目を向けられても、自分が花屋だということを譲らなかったダリア。どうやら彼女は、花屋と軽食屋と諜報部隊員以外にも、なにやら顔を隠し持っているようだ。
「これまでのやり取りから、何となく想像は付いておったがの……」
「隠していて、申し訳ございません……」
「まが、いいがの。それで……ランディー殿?お主に言っておかねばならぬことがあるのじゃ。実は、主が寝込んでおる間に、妾たちだけで木酢液の効果を調べに行ってきたのじゃ」
「えっ……」
「で、その結果なのじゃが……まぁ、その辺の地面に撒いて、虫たちが近づかぬようにする用途じゃったら、十分な効果があることが分かったのじゃ。ただ、あんまり薄めて使うと効果が無くなってしまうようじゃから、植物にかけて使うには、限定的な使い方になってしまうかもしれぬがの?」
「では……植物には使えないのですか?」
「使えんことはないと思うのじゃが……それが原因で植物が枯れてしまう可能性も否定できぬのじゃ。薬も過ぎればなんとやら、なのじゃ?」
「そうですか……」
そう言って、残念そうな表情を浮かべるランディー。どうやら彼女は、虫除けというよりも、植物に虫が付着してしまうことを防ぎたかったらしい。
「……そんなに、植物のことを守りたかったのかの?」
「い、いえ……。テレサ様方には思った以上の成果をいただきましたので、これで十分です。後は、私の方で、工夫して頑張ってみようと思います……」
「ふむ……すまぬ。妾の力不足なのじゃ。もう少し時間があれば良かったのじゃが……」
もしもあと数日時間があれば、何か別のことができたかもしれない……。テレサはそんなIFを考えながら、残念そうな表情を浮かべるしかなかったようだ。
そんな彼女に対し、ランディーが慌てて、言葉を補足しようとした——そんなときだった。
『……今、帰った』
酒屋の入り口から、そんな男性の声が聞こえてきたようである。
どうやら、ランディーの家族の一人が、酒屋へと戻ってきたようだ。
取り急ぎ駄文まで……。
いやの?今日は土曜日。
……あとは分かるじゃろ?




