9.1-23 黒い虫23
一方、その頃。
「(あんまりいないじゃん……)」
ジュッ……
ワルツたちは王城の中を歩き回って、ルシアたちが逃がしてしまったという黒い虫の姿を探し回っていた。
そんな彼女たちは、ワルツの機動装甲のホログラムシステムを使い、透明な姿になって、廊下を歩いていたようである。さすがに、堂々と王城の中を歩き回って虫退治をする訳にはいかなかったようだ。
「(今ので何匹目?)」
「(7匹です)」
「(7匹程度で騒いでたわけ?どこのお嬢様よ、ここのメイドたち……)」
ジュッ……
小声でそう言いながらも、そこにいたもう1匹を、電子レンジと同じ原理で蒸発させるワルツ。
すると、彼女の話を聞いていた水竜が、ワルツに対してこう言った。
「(話によるとここのメイドたちは、アルボローザでも裕福な家庭の出身とのこと。おそらく皆、彼の黒い虫が苦手な人種なのでございましょう)」
「(まぁ、ミッドエデンだと、淑やかな人はメイドになれないから、ウチと比べても仕方ないか……。っていうか、ウチのメイドに騎士出身が多いっていうのもどうかと思うけどさ?)」
と、メイドの採用基準を作っているのが、狩人だということを思い出しながら、そう口にするワルツ。なお、ミッドエデンには、狩人や彼女の母、あるいはテレサを初めとした、令嬢とは思えない令嬢が多数存在しているのだが、ワルツはそのことをすっかり失念していたようである。
「(ところでワルツ様?)」
「(ん?何?水竜?)」
「(今はどちらに向かわれてるのでございますか?)」
来賓室のあった1階を隈無く見て回った後で、上の階を目指して進んでいたワルツたち3人。その行き先を知らされていなかった水竜は、怪訝そうな表情をワルツへと向けながら問いかけた。
ちなみにその疑問は、水竜だけで無く、カタリナも持っていたようである。なにしろ2人とも、ホログラムシステムを展開するワルツの後ろを、ただ付いてきただけなのだから……。
そんな2人に対し、ワルツは、さも当然、といった様子で、行き先を口にした。
「(そりゃ、もちろん、ベガんところよ?)」
「「(?!)」」
「(……意外?さっき相談したじゃん……。まぁ、水竜はいなかったけどさ?)」
と、その話をしていた際、水竜が来賓室の外で、部屋の入り口の警備をしていたことを思い出すワルツ。
対して、ベガの所に乗り込むか、乗り込まないか、という話を直接交わしていたカタリナは、当初こそ驚いていたものの、すぐに納得げな表情を浮かべると……。その後で、こんな懸念を口にした。
「(意外、というわけではありませんが……どうするんです?当然、ベガさんの部屋の入り口には、番兵がいると思いますが……無理矢理、押し通る感じですか?)」
「(んー……まぁ、そこは、こっちが透明な以上、やりようはいくらでもあると思うけどね?)」
「(……あまり良い予感がしませんね)」
「(大丈夫、大丈夫。大事にならないように、気をつけながらやるつもりだから、安心して?)」
「「(…………)」」
「(なんで二人とも、そこで黙り込むのよ……)」
「(……分かりました。少し離れて、後ろから観察してます)」
「(そうですな……。儂も足手まといになっては困りますゆえ、カタリナ殿と一緒に見ております)」
「(……ハードルを上げてきたわね)」
そんな不毛なやり取りを交わしながら、3人が階段を上っていくと——
「(なんかさ……暖かくなってきてない?)」
「(そうですね……)」
「(暖房でございましょうか?)」
——階を重ねるごとに、廊下の温度が上がってきたようである。
ただ、水竜が口にしたような暖房の気配とは、少し異なる雰囲気だったようだ。なにしろ、暖房を使えば、湿度が下がって、カラッとした暖かさになるはずなのだが、彼女たちを包み込んでいたのは、じっとりとした暑さだったのである。
それを例えるなら、まるで——
「(暖房というより……温室の中のような感じね)」
——と言うワルツの言葉通り、温室のように高温多湿な空気だった。
「(王城の中に温室でもあるのかしら?)」
「(外から見る限り、そういった物は見えなかった気がしますが……)」
「(あの……”おんしつ”とはどのようなもので?)」
「(そういえば、この世界では一般的じゃなかったわね……温室。まぁ、簡単に言うと、植物のための家みたいなものよ?太陽の光だけを入れて、風と熱は遮断するって感じの家ね。大体は、天井も壁も全面ガラス張りなことが多いかしら?ちなみに、最近はミッドエデンの王都周辺でも、かなり温室の数が増えてきてるわよ?)」
「(長く都を開けておる内に、ミッドエデンでは、そのようなことになっておったのですな……。ですが……ふむー……昨日、世界樹にあった展望台に登って、上から城を眺めた際には、この城にそういったものが作られておるようには、見受けられなかったように思います)」
「(私も見てたけど、王城にも町にも、それっぽいものは無かったわね)」
そう言いながら、白い色をした三角屋根の城の上部を思い出すワルツ。そこにはただ屋根があるだけで、ガラス張りの部屋は無かったはずだった。
だが、彼女たちは————常識的な推測をしていた彼女たちは、この後、驚くことになる。
「(……十中八九、あの部屋ね……)」
「(やっぱり番兵がいますね……)」
「(そうですな……)」
「(じゃぁ、私が先に行くから、2人ともしっかりと付いてきてよ?あんまり離れすぎると……多分大変なことになると思うから)」
そう言うと、透明になっていることを良いことに、ワルツは堂々と通路の真ん中を歩き——
バタン!
——部屋の入り口の両側に立っていた番兵のことをそのまま素通りして扉を開けた。
その瞬間、カタリナと水竜は気づいたようである。……ミッドエデンの王城で、突然扉が開く、という怪奇現象が、いったいなぜ生じるのかを……。
そんな彼女たちが、慌てる番兵を無視して部屋の中に入ると、そこには——
「(何……これ……)」
「(これが”おんしつ”?)」
「(上級……結界魔法……)」
——天井や壁、あるいは構造材の存在すら見えない、透明なガラスのようなもので囲まれた大きな部屋が広がっていたようだ。
そしてその中心には——
「(……もう、死んでるようにしか見えないんだけど……)」
——棺のようなモノの中で横たわっているベガの姿があったようだ。
次回、『……ふぁ〜っ……ふぅ。この感じ……少々、寝過ぎたようだ……』乞うご期待!なのじゃ!
なお、実際の話の内容とは、まるで異なる模様。




