9.1-19 黒い虫19
ふわっ……シュタッ!
「はい到着!」
「もう、イブ……空、飛びたくないかも……」げっそり
ランディーの酒屋から、放物線を描いて王城の敷地内へと降り立ったルシアたち。その際、自力で空を飛べない者たちのことを、飛べる者たちが連れてきていて……。殆どの者たちは、空を楽しそうに飛んでいたようだが、イブだけは違ったようだ。
それに気づいて、ルシアが問いかける。
「あれ?イブちゃん、確か……高い所、苦手じゃなかったよね?」
「う、うん……。最近ちょっと、イブの身に大変なことがあって、空を飛ぶのが怖くなっちゃったかもだから……」
「そっかぁ。じゃぁねぇ……今度、お姉ちゃんに頼んで、お空に連れて行ってもらえば良いと思うよ?私も最初は少し怖かったけど、お姉ちゃんに連れられて空を飛んでる内に、慣れてきたから」
「ワルツ様かぁ……。ちょっと怖いけど、ルシアちゃんの言う通り、今度、ワルツ様に相談してみるかも……(ユリア様やマリーちゃんに連れて行かれるよりは、ずっと安心かもだし……)」
「うん。克服できたら、一緒にお空の旅にいこ?」
「う、うん……(ルシアちゃんに連れられて飛ぶのは、それで怖いかもだけど……)」
と、ここまでルシアに運ばれて飛んできた際のことを思い出すイブ。加速度をほとんど感じさせず、急激に酒屋が遠ざかっていって、その次の瞬間には王城の地面が猛烈な勢いで近づいてくる……。もちろん、着地の際にも、ルシアの重力制御魔法が効いていたので、まったくといって良いほど衝撃は無かったのだが、自身ではどうにもできずに、ただ引っ張り上げられるだけのイブとしては、高所恐怖症以前の問題で、心臓に悪い光景だったようだ。
そんなこんなで、泥酔しているために自宅で寝込んでいるランディーを除いた、ルシア、テレサ、イブ、ベアトリクス、ローズマリー、ユリア、ダリアの7人は、王城の敷地の中へと降り立ったわけだが、その瞬間、警戒した兵士たちが、彼女のたちの周りに兵士が詰めかける、などということは無かった。それも、ワルツたちの姿があるわけではないのに、である。
正確には、まったく警戒されていなわけではく、しっかりと囲まれていたようだが、彼らはルシアたちと一定の距離を保ったまま近づいてこなかったようだ。おそらくは、ルシアの膨大な魔力を感じ取って、誰がやってきたのか、すぐさま理解したのだろう。元々、ルシアたちが、ここで持て成されるはずだったことを考えれば、自然な対応だと言えるかもしれない。
……なお、戻ってきた人数が増えていることに対して、彼らがどう考えているのかについては不明である。
「とりあえず、ここで良いんじゃない?」
「うむ、そうじゃのう、特に何かあるというわけでもない、だだっ広いだけの修練場のような場所じゃからのう」
テレサはそう口にした後で、空間拡張のエンチャントが施された自身の袖の下から、いくつかの瓶に分けられた大量の木酢液を取り出した。
「それでのう?ここで何をするかというと、先も申したとおり、木酢液に対して、虫たちがどんな反応を示すのか、調べようと思うのじゃ。直接かけたり、地面に円を描いて囲ってみたり、植物にかけてみたり……」
「あー、そうだったね。ランディーさんはここにいないけど、植物から虫さんたちを遠ざけたい、って言ってたもんね?」
「うむ。というわけでじゃ。まずは、木酢液を原液で使うのではなく、水で薄めて使った場合、どの程度の効果が虫たちに与えられるのか、それを調べてみようと思うのじゃ」
そう言って、木酢液と、それとは別に持ってきた水とを一定の比率で混ぜ、調合を始めるテレサ。
そして、それを皆に配って……。彼女たちの検証作業は始まった。
◇
「で、どうしようかしら?このまま、あのボンレスハムだか、エイブラムスだかっていう四天王のこと、放っておく?」
「現状、すぐに処刑されるということは無いと思いますので、とりあえず放っておいても良いとは思いますが……何より問題は、私たちがここにいるのは明日の朝まで、ということでしょうか……」
「どうして……どうしてアブラハム殿は連行されてしまったのございましょう……」
四天王の一人であるアブラハムが、突然やってきた兵士たちに連行された後、来賓室に残って、頭を抱えていたワルツたち。そんな3人には、あと1日しか時間は残されておらず、明日になれば、隣国のボレアスへと赴かなければならなかった。
「まだベガにも会えてないし……おかしいわよね?この国……」
「何かが起こってるのは間違いないと思います。でも、ここにいるだけでは、何が起こっているのかよく分かりません……」
「儂は、ワルツ様方よりも、長い期間、この町やこの城におりましたが、これまでこれと言って目立った混乱はございませんでした。争いごともあったようには見えませんでしたゆえ……もしかすると問題が起こったのは、ここ数日の出来事かもしれませぬ……」
「問題ねぇ……」
そう口にしてから窓の外へと視線を向けるワルツ。そして彼女は、そこにあった物体を見て、とあることを思い出した。
「……あ」
「「…………?」」
「そういえば、さっき、アブラハムが倒れてたときに、ユリアから通信があったんだけど、あの世界樹、虫食いが酷くて、今にも倒れそうだってさ?」
「「えっ……」」
「それで、カタリナに治せるなら治してほしい、って言ってたわよ?」
「樹をですか?」
「まぁ、難しいわよね……」
「いえ、多分、いけると思いますよ?」
「「えっ……」」
その言葉を聞いて、唖然とするワルツと水竜。そもそもからして、世界樹が傷ついているということを知らなかった水竜にとっては、彼女たちの一言一言が驚愕に値するものだったが、一方のワルツも、カタリナが植物を治せるとは思っていなかったらしく、思わず驚いてしまったようである。
ただし。
カタリナによる植物の治療というのは、人を治すこととは少し事情が違ったようだ。
「正確には、治すと言うより、成長を促す、と言った方が良いかもしれません。成長を促して、樹の傷ついた部分を埋めてしまう、という方法になりますが、見た目は治ったのと同じことになるかと思います。ただ……それには必要なものがあるので、今すぐにやるというのは難しいですね」
「……何が必要なの?」
「魔力が宿った液体です。外から回復魔法をかけても、細胞壁が邪魔で、細胞の内部まで届かないので、水分や養分と同じように、成長促進の効果がある魔力を吸収させてやる必要があります」
「つまり……マナね?」
「あるいは……魔物や人の血でも良いんですけどね?」
そう言って、数ヶ月前、魔女としてワルツたちと共に捕まった際の出来事を思い出すカタリナ。その際、彼女は、自身の血を使い、植物を急激に成長させて、牢屋の鍵を壊したのだが、それの大規模版やれば、世界樹が救える、と彼女は考えていたようである。
「まぁ、血を使うと塩害とか供給の問題とか、色々面倒なことになりそうだから無しとして……問題はマナの調達よね。どう考えても、あの世界樹のサイズだと、サウスフォートレスの水源だけじゃ、全部使ったって足りないと思うし……」
そして、頭を抱えて考え始めるワルツ。
それからまもなくして、彼女はとある解決策(?)を思いつくのだが……。それは、王城の中に響き渡る悲鳴によって、霧散することになってしまったようだ。
次回、『やっぱりセメントを流し込みましょうか?』乞うご期待!なのじゃ!
……冗談じゃがの。
そういう対処法が無いわけではないのじゃが、サイボーグ世界樹にするわけではないゆえ、今回、それは無しなのじゃ。
……多分の。




