9.1-14 黒い虫14
「……まさか、本当に、ランディーの酒屋だったなんて……」
「うん?今、何か言った?ダリア?」
「気のせい……多分、気のせいよ……」
悪魔族のランディーが営む酒屋。その前に立ったダリアの様子は、どこかおかしかったようである。本人は、『気のせい』だと繰り返していたが、誰の目から見ても、何も無いようには見えなかったようだ。
「……隠してることがあるなら、今のうちに言いなさいよ?」
「……政府の重鎮の実家」
「あ、そうなんだ。大したことないじゃない」
「えっ……」
「さて、イブちゃんもマリーちゃんも行きますよ?」
「「はーい」」
そう言って、3人揃って、陽気な様子で酒屋へと入っていくユリアたち。
その様子を後ろから眺めていたダリアは、自分だけ行かずにその場にとどまるか考えていたようだが……。結局、ユリアたちの後ろを追って、酒屋へと入ることにしたようである。
◇
「ごめんくださーい?」
「ごめんくださいかもだしー?」
「ごめんくださいです?」
「ご、ごめんください?」
暖簾を手で退けながら酒屋へと入り、そして店の奥の方へと声を飛ばすユリアたち。
それから少し遅れて、ダリアが店の中に入ってきた――そんな時だった。
「は〜い、お待たせしました〜」ぽわー
店の奥から、悪魔族の女性が現れた。”ランディーの酒屋”の店主、ランディーである。そんな彼女はどういうわけか、真っ赤な顔をしていたようだ。それも、酩酊したような様子で。
それを見て——
「え、えっと……例のものを持ってきたんですけど……(あれ?この人、酔っ払ってる?)」
「(この人、なんかお酒臭いかもだし……)」
「(昼間からお酒を飲んでるです!……ダメな人です?)」
——それぞれに、そんな第1印象を受けるユリアたち。それは、ランディーの顔も素性も知っていたダリアも同じで、彼女も表現しがたい微妙そうな表情を浮かべていたようである。ちなみに、ランディーの方もダリアのことを知っているのだが、そのことについては後ほど。
そんな来訪者たちに対して、店主のランディーは、至極幸せそうな表情を浮かべながら、こんな言葉を口にし始めた。
「あらあら〜。サキュバスさんが3人に、それに子犬さんが1人ですか〜。珍しい組み合わせのお客さんですね〜」ぽわー
「こ、子犬って……イ、イブはイブだし!子犬じゃないかもだし……」プンスカ
「抗議する姿も可愛いですね〜…………zzz」
「うわっ……この人、立ったまま寝ちゃったかもだね……」
「……はっ!そ、そんなわけないじゃないですか〜?奥の方でテレサ様が待っているので〜、案内しますね〜…………zzz」
「「「「…………」」」」
起きているのか眠っているのか……。そんな店主兼、面倒な酔っぱらいのことをどう扱って良いものかと悩ましげな表情を見せる4人。
するとそんな時。迷えるサキュバスと子犬(?)たちの前に、店の奥の方から、助っ人が現れる。
「……我が店によう来たのう?」
「えっ……も、もしかして、テレサ様も酔っ払ってるんですか?」
「いや、冗談で言っただけなのじゃ。そもそもからして、妾は酒が飲めぬからのう。お主も知っておるじゃろ?妾が酒を飲むと挙動がおかしくなること……」
「挙動がおかしくなるかどうかまでは知りませんが、語尾がおかしくなることは知ってます」
「まぁ、似たようなものなのじゃ」
そう言って、飲酒ができないことに、大きなため息を吐いた様子のテレサ。そんな彼女が飲酒して酔った結果、言葉の語尾がどう変化するのかについては、ここでは敢えて取り上げないが——彼女が酔うと、狩人が歓喜する、とだけ述べておこう。
そんなテレサに対して苦笑を向けた後。ユリアは、カウンターでスライムのごとく溶けていた女性を一瞥してから、こう言った。
「この方が……ランディーさんですか?」
「うむ。そうなのじゃ?一度、森の中で会ったことがあるじゃろ?」
「あぁ……あの時の方ですか。覚えてます。でも……どうして彼女、酔っ払ってるのですか?」
「いやの?こやつ、酒には強くないというのに、酒屋を営んでおっての?妾が、ぶらんでーの作り方を伝授したら、アルコール度数が高いと言うのに、何度も作り直して、試飲しておったのじゃ。知ってたら止めたのじゃが……まぁ、そのせいでフラフラになるまで、酔っ払ってしまったようじゃのう」
「テレサ様のところでは、そんなことになっていたのですか……」
2人が話している間にも、いよいよ夢の世界に旅だってしまったのか、カウンターの上で動かなくなっていたランディー。
そんな彼女のことを放っておくと、落ちてケガをしてしまいそうだと思ったのか、ユリアは巨大な魔法の手を作り出して、彼女の事を掴み、そのまま店の奥の方へと運ぶことにしたようだ。
それから彼女はテレサに対して、再び質問する。
「それでは、早速ですが、ルシアちゃんたちのところに案内していただけますか?正直……いつまでも持っていたくないですよね……この荷物……」
カサカサカサ……
「うっ……そ、そうじゃのう……。では行くとするかの?」
ユリアが手に持っていた袋の中から、聞きたくない類の音が響き渡ってきていることに気づいて、テレサは踵を返すと、そそくさとカウンターの奥の方へと歩き始めた。彼女も、その袋には、あまり近づきたくなかったらしい。
その後、彼女の様子を皆の後ろから眺めていたダリアが、少し前にいた従姉妹に対して問いかける。
「あの娘……誰?」
「えっ?テレサ様?私の親友で、現主の1人だけど?」
「親友なのに、主なの?」
「その辺はねー……色々と複雑な事情があるのよ。この奥に行ったら、あと2人、友人がいるはずだから、その時にくわしく紹介するわ?」
「そ、そう……(なんとなく怖いわね……)」
ランディーをことを魔法の手のひらに載せて、店の奥へと歩いて行くユリア。そんな異常な魔法を使う従姉妹が、”主”と慕う3本の尻尾を持った狐娘に対し、彼女のことを知らないダリアは、小さくない懸念を抱いていたようである。
それでもダリアがそこで引き返すことはなく。彼女は人知れず覚悟を決めると、先行する者たちの最後尾を進むことにしたようだ。
眠いのじゃ。
というか、すごく時間が無いのじゃ。
そんなわけで、今日の後書きは省略させてもらうのじゃ?




