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9.1-13 黒い虫13

 ランディーの酒屋。その中で――


「……というわけで、この容器の中で液体を加熱すると、液体の中に溶けておる成分ごとに蒸発する温度が違うゆえ、加熱する温度を調整すれば、ある特定の成分だけを抽出できるのじゃ。これを”蒸留”と言うのじゃ?」にやり


――ユリアたちが虫を捕まえてくるのを待っている間、乾留と蒸留についての講義をしていた様子のテレサ。

 その相手は、今後、乾留・蒸留装置を動かすことになるだろうランディー本人で……。彼女はテレサの説明を、一言も聞き漏らさないようにと、メモを取りながら聞いていたようである。


 そんな彼女に対し、テレサはそこにあった失敗作の酒を手に取りながら、こう口にした。


「それで、お主。この中にアルコール……あるいは酒精というものが含まれておることは理解しておるかの?」


「えっ……それはもちろん、酒屋を営む以上、酒精については知っているつもりです。でも、”あるこーる”という言葉は初めて聞きましたが……」


「まったく同じものなのじゃ?それでは……お主は酒精がどんな見た目をしておるか知っておるかの?」


「酒精の姿……?」


「”酒”の”精”と書いて酒精。じゃからと言って、まさか、妖精が入っておるとは思っておらんじゃろ?」


「…………」


 テレサの言葉を聞いて、黙り込むランディー。その様子から察するに、彼女は酒の中に、本当に妖精のようなものが宿っていると考えていたようである。


「ふぁんたじーじゃのう……」


「えっ?」


「いや、なんでもないのじゃ。まぁ、ちょうどいいのじゃ。それでは、お主に、酒精というものがどのような姿をしておるのか、その姿を見せようと思うのじゃ?」


 そう口にすると、洗浄してきれいになっていた装置の中へと、酒を入れるテレサ。

 それから彼女は、装置の蓋をしっかりと閉めると……。目を覚ましてからというもの、ランディーの隣で自身の話に聞き入っていたベアトリクスに対し、木の棒の先端を向けながら、こう口にした。


「ほれ、ベアよ。お主の出番なのじゃ?」


「火をつければ良いのですの?」


「うむ。ルシア嬢の火魔法じゃと、良くも悪くも、一瞬にして灰になってしまうゆえ、お主に火をつけてもらいたいのじゃ。良いかの?」


「喜んで!」ボッ


 その言葉を言い終わる前に、テレサが手に持っていた木の棒の先端へと、火魔法を行使して、火を付けるベアトリクス。ちなみにその場には、当然のごとくルシアもいて、その会話と光景を見て、怪訝そうな表情を浮かべていたようだ。ただ幸いなことに(?)、今回に限っては何も言わずに、彼女は大人しく、おやつの油揚げを齧っていたようである。


「での?ここから問題なのじゃ。先程も申した通り、液体の中に溶けておる成分は温度によって蒸発したりしなかったりするのじゃ。わかり易い例を挙げるなら……料理に酒を使う時、加熱すると、酒精が飛ぶじゃろ?あんな感じなのじゃ」


「「なるほど……」」


「それで、飛んだ酒精がどこに行ったかというと、その場の空気中を漂っておるのじゃ。じゃが、それじゃと捕まえられぬから、こうして容器の中に密閉して、この中だけに留まるようにして抽出する、というわけなのじゃ。じゃから、酒精だけが飛ぶように温度を調整せねばならぬのじゃ。あまりに温度を上げすぎて、水や酢まで蒸発したら、蒸留の意味が無くなるからのう」


 そう言うと、火の付いた木の棒を、装置の下に置いてあった薪の中へと()べるテレサ。それから(ふいご)を使って送風していると、間もなくして薪全体に火が行き渡り、装置の出口から、水滴のようなものが垂れてきたようである。

 それを見たテレサは、火ばさみを使い、火の付いた薪を装置の下から取り出すと、話を熱心に聞いていた2人に向かって、再び話し始めた。


「酒精――アルコールというのは、かなり低い温度で蒸発する物質なのじゃ。具体的に言うと、酒の中に溶けておるどの成分よりも、蒸発しやすいのじゃ?じゃから、こうして装置から液体が出てきたらで、すぐに加熱を止めるくらいで丁度いいのじゃ。もしかすると、もっと低い温度でも良いかもしれぬが……まぁ、その辺は妾たちが居なくなった後で、お主が試行錯誤して、最適な温度を見つけるが良いのじゃ」


「あ、はい……ということは……この透明な液体が……」


「うむ。酒精そのものなのじゃ」


 それは、水とまったく同じ見た目の、透明な液体だった。だが、それは水などではなく、高純度のエチルアルコールである。

 その液体がお猪口(ちょこ)1杯分程度の量まで溜まった所で、それを受けていた容器を取り替えると……。テレサは取り出した液体をランディーの前へと差し出しながら、こう言った。


「……これを飲んでみるがいいのじゃ」


「飲むって……飲めるんですか?これ……」


「そりゃ、酒精ゆえ飲めるのじゃ?ただし、凄まじくキツいはずじゃがの?」


「…………」


「怖いなら、少し指で取って舐めてみr」


「…………」ゴクリ


「……良い飲みっぷりじゃのう……」


 容器の中に入ったアルコールを、一気に口の中へと流し込むランディー。その結果、彼女はどうなったか。


「…………?!げほっ!げほっ!」


 当然、むせ返ってしまったようである。


「大丈夫かの?なんなら水を用意するのじゃ?」


「い、いえ、大丈夫です。すごいキツいお酒っていうか……お薬を飲んでいるみたいでした……」


「まぁ、似たようなものじゃからの」


「テレサ様は、これをたくさん作って、売ればいい、と考えているのでしょうか?」


 売り物にならない失敗作からテレサが抽出したのは、高純度の酒精。それは、癖が無い反面、酸っぱみも苦味も甘みもなく、ただただキツいだけの薬のような代物だった。酒屋を営んできたランディーは、以前、テレサが口にしていた『酒屋に必要』という発言から、それを酒として売るものだと考えていたようである。

 だが、テレサの返答は、ランディーが予想したものとは大きく異なっていたようだ。


「……主の前には現状、3つの選択肢があるかのう。1つは、酒精の抽出温度を調整して、敢えて不純物を添加させるというもの。それによって多少酒らしい酒精が抽出できるのじゃ。あるいはそれらを混ぜて、”ブランデー”を作るというのも悪くないかもしれぬのう。この場合は、酒として売れると思うのじゃ。酒屋としては真っ当な選択肢といえるかもしれぬ。次に……薬として売ること。純度の高い酒精を水と4対1の割合で混ぜれば、強力な消毒薬として使えるゆえ、ケガをした際などに、膿などの後遺症を緩和することが出来るのじゃ(すっごく痛いがの……)」


「…………」


「そして最後は、溶剤として売ること。妾としては、これが一番オススメなのじゃ。このアルコールに、薬草や香草の類を潰して混ぜて濾せば、薬草や香草に含まれる成分や色を、水で抽出する場合に比べて、より効果的に抽出することが可能なのじゃ。まぁ、成分にもよるが、薬師と協力して研究すれば、色々と見えてくるものがあるじゃろう。何が見えるかは……お主の頑張り次第ゆえ、言わんがの?」


「どうして私にそこまで……」


「さぁの?気まぐれなのじゃ。たまには、ルシア嬢やベアにカッコイイところを見せようと思っただけなのじゃ?のう?ルシア嬢?少しは見直したかの?」


「んー……半分以上、何言ってるのか分かんなかったかなぁ?」


「…………」


「私は分かりましたわよ?テレサが博識だってこと……」


「……さよか」げっそり


 ベアトリクスの『分かった』という発言が、果たしてどこまで本当に分かって言ってるのか、容易に見通せるような気がして、溜息を吐くテレサ。なお、ルシアの発言については、大体予想できていたものの、やはりテレサは溜息を吐く他なかったようだ。


 そんな中、ランディーだけは真剣な反応を見せていた。酒屋である彼女は、自身の作る酒が、飲む以外の用途に利用できるかもしれないことを知って、考えを巡らせていたらしい。場合によっては、酒作りに失敗しても、酒として売る以外の方法で、挽回できる可能性が見えてきたのだから……。


 それからというもの、虫たちが届くまでの間、彼女はまるで取り憑かれたかのように、自身の酒を加熱しては、乾留・蒸留装置から出て来る液体の味を確かめ続けたようだ。



……いやの?

妾自身は、酒が一滴も飲めぬゆえ、あまり酒の話はできぬのじゃ。

じゃから、狭く浅く、で終わらせて貰うのじゃ?

これは、メチルアルコールではのうて、メチルアルコールの話をしたほうが良かったかもしれぬ……。

まぁ、メタノールもあまり扱うことはないゆえ、そんなに深い話が出来るわけではないがのー。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 1004/1815 当たり前に化学変化や蒸留してますが…… ・ファンタジー度が高い世界だと、魔法や謎パワー優先、 ・ゲーム度が高いと、システムやステータス最優先だったりするんです…
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