9.1-12 黒い虫12
「ワルツ様の方も、大変なことになってるみたいよ?」
「……マーガレット。いま誰と話してたの?っていうか、それ、何?」
世界樹の穴蔵から出た所で、銀色のカードのようなものに向かって話しかけていたユリア。そんな彼女が持っていた見慣れない物体からは、これまた聞き慣れない女性の声が聞こえてきていて……。その様子を見聞きしていたダリアは、思わず眉を顰めていたようである。
そんな彼女の反応を見て、どこか嬉しそうに目を細めたユリアは、手にしていた無線機を従兄弟には見せず、そそくさとポケットの中に仕舞い込んでから、こう返答した。
「無線機よ?ミッドエデンの政府関係者に配られてる、無線通信デバイスね」
「で、でばいす?」
「えぇ、離れた場所でも会話が出来るデバイスよ?でも、国外の人が、あんまり詳しく知りすぎると……あなた、消されるわよ?特に、ワルツ様が誰なのか知ろうとするのだけは、絶対に止めておいたほうが良いわよ?実際に消えていった人を何人も知ってるから……」
「…………」ごくり
ユリアのその言葉の意味を誰よりもよく知っていたのか、それ以上、無線機についても、ワルツについても、聞こうとしなかったダリア。ボレアスの諜報部に現役で所属する彼女には、それがレッドラインのようなものに感じられていたようである。
ちなみに、そのやり取りを後ろから見ていたイブとローズマリーが――
「(……ねぇ、マリーちゃん。ユリア様、なに言ってるかもなのかな?ワルツ様、誰か消したっけ?)」
「(さぁです?ロリコンおじさんやカペラおじさんのことじゃないです?)」
「(あー……でも、まだいるかもだよね?)」
――と、小声でそんなやり取りを交わしながら、2人揃って首を傾げていたのは、ユリアの言葉に何か不可解な点があったためか。
まぁ、それはさておいて。
ユリアたち4人は、前述の通り、世界樹の根にできた穴蔵から外へと出て、無線機を使い、現状をワルツへと報告した。このまま世界樹の根の中を彷徨っていても、自分たちにはどうにも出来ないことを察したのだ。後のことは、ワルツとカタリナに託しておけば、どうにかしてくれるはず――。ユリアはそんな期待を込めて、報告したようである。
だた、その結果。とある問題が生じることになった。
「さて、どうしましょう……」
そんなユリアの言葉通り、彼女たちには、出来ることが無くなってしまったのだ。かと言って、観光に戻るわけにも、射撃を続けるエネルギアに戻るわけにも行かず……。彼女たちは途方に暮れてしまう。
「あと、イブたちに出来ることって言ったら……虫を一匹一匹潰していくしか無いかもかな?ギアちゃんたちみたいに……」
「でも……それ、すっごく大変だと思うです。森の中は、行けないところのほうが多いですから、マリー、そんなにたくさんの虫さんたちを潰せるとは思えないですよ?」
「そだね……。でもそうなると……イブたち、どうすればいいかもかな?」
そんな事を口にしながら、頭を悩ませるイブとローズマリー。その隣では、ユリアとダリアも、同じことを考えて、2人とも頭を抱えていたようである。
と、そんな時――
『……ユリアお姉ちゃんたち、今どこ?』
――ユリアがポケットに仕舞い込んだばかり無線機から、ルシアの声が響いてきた。
それに対し、ユリアは、無線機を再び取り出して、すぐさま返答する。
『今は……森の中です』
彼女がそう口にした瞬間だった。
『……やったね!』
『お主の直感が恐ろしいのじゃ……』
『あの……お2人とも?それ、なんですか?』
無線機の向こう側から、およそ3人分の歓喜(?)にも近い声が飛んできたようだ。
その1人であるルシアは、こんな言葉を続けた。
『じゃぁ、ユリアお姉ちゃんたちに、1つお願いごとがあるんだけど……良い?』
『えぇ。構いませんよ?稲荷寿司の出前ですか?』
『それ、すっごく魅力的。だけど……ちょっと違うかなぁ?』
『……ぜんぜん違うと思うがの?』
『テレサちゃんは気が散るから黙ってて!』
そう言ってルシアは、テレサを黙らせると、いよいよ話の本題を口にし始めた。
『えっとねぇ……黒い虫、いるでしょ?あの虫を、生きたまま、たくさん捕まえてきてほしいんだけど……』
それを聞いた瞬間――
「「「「えっ……」」」」
――と、耳を疑ってしまった様子のユリアたち4人。
そんな彼女たちとしては、出来ることなら、もう2度と、黒い虫の姿など見たくなかったようだ。……にもかかわらず、虫を探すどころか、捕まえて来い、というルシアの依頼を聞いて、ユリアたちはその言葉をすぐに受け入れられなかったようである。
そんな4人の気配を、無線機越しに察したのか、ルシアが再び口を開いてこう言った。
『やっぱり……嫌だよね?うん……分かってた……。だって……私だって……嫌だもん。あんな黒くて、小さくて、すばしっこい虫……見たくないもん……。ごめんね?ユリアお姉ちゃん……。私……テレサちゃんに取りに行ってもらう!』
『ちょっ!?』
そんな元気の無さそうなルシアの声と、テレサの愕然とした声を聞いて――
『えっ……い、いや……ちょうど良いタイミングなので、私たちが捕まえて帰ります!』
――と、思わず答えてしまうユリア。
すると、電波の向こう側から、こんな声が聞こえてきたようだ。
『……ごめんね?ユリアお姉ちゃん。嫌な仕事を頼んじゃって……』
『……お主、それ、ニヤニヤしながら言う言葉じゃn』ブゥン……
『……今、何か、テレサ様が言ってたような気がするんですけど……』
『うん?気のせいじゃないかなぁ?』
「(気のせいだったでしょうか……)」
「(イブも何か聞こえた気がするかも……)」
「(ルシア様、腹黒です?)」
電波の向こう側で繰り広げられているだろう光景を想像しながら、各々にそんなことを考えるユリア、イブ、それにローズマリーの3人。ダリアだけは、ルシアたちのことを知らなかったものの、何が起こっていたのかついては彼女も大体想像できていたらしく、他の者たちと共に苦笑を浮かべていたようである。
『えっとねぇ……数とかは適当でいいから、捕まえられるだけ持ってきてくれると助かるかなぁ?場所はね……えっと……ランディーさん?なんて言えば分かるかなぁ?』
『”ランディーの酒屋”と言えば分かると思います。そう何軒も酒屋があるわけではないので……』
『……だってさ?』
『わかりました。では、捕まえ次第、連れて行こうと思います』
そんなやり取りをして、切断される無線の通信。結果、ユリアたちは、再び世界樹の根に開いた虫食いの中へと、戻ることになったようだ。
それから、ユリア、イブ、ローズマリーの3人は、踵を返して歩きはじめるのだが……。酒屋の店主であるランディーの話を聞いていたダリアだけが、皆から少し出遅れて……。彼女は、何かを思いつめるように眉を顰めると――
「ランディー……本気で言ってるの?」
――誰に宛てるでもなく、そんな言葉を呟いていたようだ。
……ルシア嬢が腹黒?
ふっ……そんな生易しいものであるはずがなかrブゥン……。




