9.1-11 黒い虫11
視点は、再び、ワルツたちのところへと戻る。
来賓室にあった丸い机。そこには3つの椅子が置かれていて……。
ワルツ、カタリナ、そしてもう一人――
「…………」
――自らやってきたと言うのに、部屋に入ってからと言うもの無言を貫いていたアルボローザの四天王の1人、アブラハムの姿があった。
そんな彼は、魔王ベガと同じく、肌が緑色をした魔族だった。もしかすると、彼らは、広義的にはオーク族に属している種族なのかもしれない。ベガが”薔薇”と深い関係があったことを考えるなら、彼もまた、何らかの植物を関係を持っているのだろう。
「……で、何しに来たの?」
部屋にやってきた際に、『話がしたい』とだけ言って……。それから今までの間、一言も喋らなかったアブラハム。そんな彼が何しに来たのか分からなかったワルツは、怪訝そうな表情を浮かべながら、事情を問いかける他なかったようである。
それに対しアブラハムは、まるで猛獣の前に置かれた小動物のごとく、肩身を小さくしながら、チラッ、チラッ、とワルツたちの表情を伺うと……。ようやく、その震える口をゆっくりと開いて、こんなことを言い始めた。
「……お、お二人は、悪魔族が、どのような者たちなのか、ご理解はございますか?」
「開口一番に、こっちの疑問に答えるんじゃなくて、逆に質問してくるとか……やるわね?まぁ、暇だったから良いけど……。私は知らないわよ?カタリナは知ってる?」
「いえ。耳や尻尾や翼が生えているかいないかの違いはあっても、私たちは皆、分け隔てなく、同じ生き物だと思っていましたが……違うのでしょうか?」
まるで、悪魔族というのは人とは違う生き物だ、と言いたげな様子のアブラハムに対し、どこか不機嫌そうな表情を浮かべながら、そう口にするカタリナ。
するとアブラハムは、首を振りながらこう答えた。
「彼らは、間違いなく生きています。ですが、我々のように、事故やケガ、病気などで死ぬことはありません」
「あれ?でも、メシエさんとか、前に確かに死んでたの見たことあるわよ?今は生き返ったみたいだけど……本人も1回死んでから生き返った、的なことを言ってたし……」
と、先日の夕食会で、メシエが皆の前で話していたことを思い出すワルツ。
対してアブラハムは、難しそうな表情を浮かべると、机の上に目を伏せながら、こう口にした。
「……ここから先の説明は、”契約”に縛られている悪魔族たちが、自ら口にできない話です。ここだけの話として聞いていただけると助かります」
彼はそう言うと、小さくため息を吐いてから、その内容を話し始めた。
「彼らの肉体は、死ぬ間際、”魔神様”の元へと転移させられます。その時に、もしも”契約”が有効なら、そこで蘇生させられて元の世界に戻され、”契約”に違反していた場合は、そのまま永久の死が与えられる、という話です。ですから、メシエ様は……」
「……その”魔神”とやらと契約してるから、死なないってわけ?まぁ、死んだ後に転移させられるか、死ぬ前に転移させられるかは、とりあえず置いておいての話だけどさ?」
「はい。悪魔族というのは、魔神様の眷属です。ですから、”誰か”が力を求めるなりして、魔神様と契約すると、その契約者には、魔神様の使いとして、悪魔族の誰かが付く事になります。そして、その内容ついて契約している悪魔族本人が他言すると、契約違反になるのです……」
「……だから、ベガの身に起こっていることを、メシエは言えない、ってわけね?」
「はい」
「ふーん、なるほど。悪魔族に……魔神様ねぇ……」
そう言って目を細め、考え込むワルツ。彼女もこれまで”魔神”と呼ばれて来たわけだが、ここに来て本物の”魔神”が出てきたことで、彼女の頭は急激に重くなってきたようである。なにしろワルツは、今の今まで、本当に”魔神”がいるとは、露も思っていなかったのだから……。
それから彼女は、アブラハムに対して、怪訝そうな表情を浮かべたまま、問いかけた。
「で、その魔神の眷属たるメシエの部下の貴方が、私たちにそんな悪魔族の秘密を教えちゃっても良いのかしら?貴方自身は魔神と契約してないって言ったって、裏切り行為になるんじゃないの?」
「……我が主は、メシエ様でも、魔神様でもございませんので、この忠誠心に矛盾するものではございません」
「……そう。つまり貴方は、ベガのためにここに来た、ってわけね」
「左様でございます……」
そう言って、それ以上、何も言わずに頭を下げるアブラハム。そんな彼が何を言わんとしていたのかは、あえて言うまでもないだろう。
それを察したワルツは、こんな確認の言葉を口にした。
「でもさ?貴方たちには、優秀な施術師が付いてる、って話だったわよね?彼だか彼女だかは知らないけど、その施術師がどうにかしてくれるんじゃないの?」
その言葉を聞いて――
「あの方に命を救っていただいたことには感謝しております。ですが、あの方がベガ様の命をお救い出来るとは、私には――」
――と、アブラハムが、苦々しそうに核心の言葉を口にしようとした、そんな時だった。
『……ワルツ様』
ワルツの通信システムへと、どこからともなく電波が飛んできたようである。
それを聞いて――
「ゴメン、ちょっと、連絡が入ったから、少し待ってて?」
――と、アブラハムに対し、断りを入れるワルツ。
それから彼女は、無線の電波を飛ばしてきた相手――ユリアに対して話しかけた。
『……何かあったの?』
『それが……少し面倒な事になりまして……』
『少し……面倒?まさか……ルシアが世界樹を消滅させたとか?!』
『えっ……いや……』
『あ、でも、それならここからでも見えるからすぐに分かるか……。で、何の話?』
『実は、その世界樹なんですけど……本当に消滅しそうです』
『…………は?』
ワルツがユリアの言葉を聞いて、耳を疑った――その瞬間だった。
「うぐっ……!!」
目の前で、ワルツの通信が終わるのを待っていたアブラハムが、急に胸を押さえて、苦しそうに悶え始めたのである。
『うわー。こっちも、ちょっと、かなり、面倒くさいことになってきたわ……。もしかして、そっちも同じ感じ?』
そう言いながら、カタリナに目配せするワルツ。それを見たカタリナは、小さく頷くと、早速、アブラハムの容態を確認し始めたようである。
一方で、ワルツから質問を受けていたユリアも、返答の言葉を口にし始めた。
『森の中で異常繁殖してる黒い虫が、世界樹の根を食い散らかしていて、近いうちに世界樹本体が倒れそうな感じです。カタリナ様って……木を治したりって出来ないんでしょうか?』
『どうかしらね?個人的には出来るような気がするけど……彼女、今、人を治してるところだから、それが終わったら、木も治せるか聞いてみるわ?』
『お話を聞く限り、そちらも大変なことになってそうですね……』
『まぁ、この世界に来てからというもの、逆に大変じゃないことなんて、滅多に無いけどね?』
そう言って、大きなため息を吐くワルツ。
こうして、アルボローザ王国を取り巻く問題が、徐々にワルツたちの前に、その姿を見せ始めたのである。
眠いから、眠いのじゃ。
睡眠不足じゃから、眠いのじゃ。
眠いから、睡眠不足……とは限らぬか……。
というわけで、今日はストックを貯める作業を、さぼたーじゅしようと思うのじゃ。
最近分かったことがあるのじゃ。
1時間早く寝ることによって、次の日の作業効率を大きく上げられる一方で、1時間遅く寝ることによって、次の日の作業が壊滅することを、のう。
やはり、人は、1日に最低でも、6時間は寝ねばならぬと思うのじゃ。
それ以下じゃと、睡眠時間の差分以上の負債を、次の日に払わねばならなくなるからのう…………zzz。




