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9.1-10 黒い虫10

カラカラカラン……


「む?今、装置の中から、音がしておらんかったかの?」


「さぁ?多分、気のせいじゃないかなぁ?」


「そ、そうですね……」


 ベアトリクスが作ったと言っても過言ではない立派な乾留・蒸留装置。その中で、何か小さなものが動き回るような音が聞こえてきたようだが……。どうやらそれは3()()()空耳だったらしい。そう、皆が空耳を聞いたようだ。


「まぁ、いいがの。あとは、出口から黄色い液体が出てこなくなるまで、加熱を続ければ良いのじゃ。じゃが、完全にガスが止まるまで待っておったら時間も燃料も無駄にかかって仕方ないと思うゆえ、適当な頃合いを見計らって、中に入っておる木材を交換すれば良いのじゃぞ?特に、蓋を開けるのは、冷えてからにせねばならん。最悪の場合、装置内部の一酸化炭素が急激に反応して、ばっくどらふとが生じ、爆発するのじゃ」


 と、ランディーの方を向きながら、そう口にするテレサ。

 一方のランディーは、というと――


「あの……なぜ私に向かって言われているのですか?」


――テレサが何故、自分に向かって話しているのか分からず、怪訝そうな表情を浮かべてしまったようだ。どうやら彼女は、現状を把握できていなかったらしい。

 それを察して、テレサが説明する。


「何を言っておる?妾たちは、今日の作業が終わったら、この地を去らねばならぬのじゃ。お主は、妾たちが去った後で、この装置を1人で動かさねばならぬのじゃぞ?」


 その言葉を聞いて――


「…………はい?」


――と、やや間があってから、耳を疑うような素振りを見せるランディー。テレサの説明を聞いても、やはり彼女は、その言葉の意図を理解できなかったようである。

 なにしろ、彼女たちの目の前にあったのは、見たこともないような高純度の金属でできた、見たこともないような巨大な機械。しかも、複雑な形状をしていたので、同じものを鍛冶屋に頼んで作ってもらうと、いくら掛かるか想像もつかないほどの装置だったのである。アルボローザの技術力から推測するに、おそらくは10億ゴールドを下らないほどの価格になるに違いない。

 ランディーとしては、テレサたちが、それを持ち帰るものだと思いこんでいたようである。ほいそれと10億ゴールドをその場に置いて行く者など、いるはずがないのだから。

 ところが、テレサの口調は、まるでそれを、タダで供与する、と言わんばかりのものだった。その結果、それを受け取る側にいたランディーとしては、自身の耳を疑わざるを得なかったようだ。


 そんなランディーに対して、テレサは呆れたような表情を浮かべると、腰に手を当てながらこう口にする。


「3日前に言ったじゃろ?虫を追い払うための木酢液の作り方を教える対価として10kgの米と大豆を貰う、と。その対象には、この装置の交換も含まれておるのじゃ?というか、この装置を持ち帰っても、妾の部屋には置き場所がないからのう……。それに――」


 そう言うとテレサは、ニヤリとした怪しげな笑みを見せながら、更に不可解な言葉を口にした。


「――酢を作るのに失敗して、今にも潰れそうな酒屋には……この装置が必要不可欠じゃと、妾は思うのじゃがのう?」


 その言葉を聞いて――


「「えっ……?」」


――と、首を傾げるランディーとルシアの2人。今回ばかりは、ルシアにも、テレサが何を言っているのか分からなかったようである。

 その様子を見たテレサは、目を細めたまま、意味深げな言葉を続けた。


「妾の言葉の意味が分からぬか……。まぁ、見てるが良いのじゃ。今の作業が終わったら、お主らの度肝を抜くような魔法を見せるからのう?種も仕掛けもある、科学な魔法なのじゃ?」


「テレサちゃん……何する気?」


「ふっふっふっふ……」


「気持ち悪いなぁ……」


「んぐっ……ま、まぁ、そう言っていられるのも今のうちなのじゃ。あ、そうそう。ランディー殿は、一通りこの装置の使い方を覚えたら、後でダメになった酒をこの場に用意してくれるかの?」


「あ、はい。もしかして……お酒をどうにかされるんですか」


「ふっふっふっふ……」


「やっぱり、テレサちゃん、気持ち悪い……」


「……傷付くから、あまりそうことは言わないでほしいのじゃ……」


 ルシアに対してそう言いながら、巨大な装置の出口に当たる直径5mm程度の穴へと目を向けるテレサ。そこからはポタポタと、茶色い液体が流れ出てきて、その下にあった樽に、少しずつ溜まっていたようである。

 それはまさに木酢液。以前、ルシアが魔法で作ったものを、魔法以外の方法によって作り出したものである。それも、量産、と言っても過言ではないほどの生成量で……。


「ほれ、ランディー殿。これが木酢液なのじゃ?まぁ、前に一度見たことがあるゆえ、知っておるかもしれぬがの?」


「これが……」


 少し大きめの容器の中に、木が焦げたような臭いを放ちつつ、ゆっくりと溜まっていく木酢液。ランディーはその様子を見て、そしてその臭いを掻いで……。疑問に思うことがあったのか、テレサに対し、こう問いかけた。


「お酢っぽい臭いはしないんですね?」


「うむ。乾留直後の木酢液はこんなものなのじゃ?じゃが、ここから更に蒸留して純度を上げれば、段々とお酢のような匂いに近づいていくと思うのじゃ。虫を避けるための農薬を作ることが目的なら、そこまでやる必要は無いのじゃが……一応、どうやるかは、後で教えるつもりゆえ、しっかりと覚えるのじゃぞ?」


「分かりました」


「さて……それでは、次の段階に進みたいのじゃ。じゃがのう……ここで一つ、大きな問題があるのじゃ。出来上がった木酢液が、どの程度、虫よけの効果を発揮するのか確かめようと思うのじゃが……そのためには、必要なものがあるじゃろ?……のう?ルシア嬢」


「ゴメン、ちょっと急用を思い出したから、先、帰って良いなぁ?」


「ふむ……それは構わぬのじゃ?その場合、寿司の話はなかったことになるのじゃが……残念じゃのう?せっかくこの地の材料を使って、美味しいわさび抜きの稲荷寿司を作ろうt」


「はぁ……しかたないなぁ……」


 そう言って大きなため息を吐くルシア。次の作業に必要なものが何なのかを察した彼女は、頭が重くて、そして全身が痒くて、仕方が無かったようである。



書いておって思ったのじゃ。

もしもランディー殿が、何食わぬ顔で、装置を受け取ったなら、それはどんな風に見えるか、と。

それを考えて、この話を書いたのじゃ?

もしもこの話を書かなかったなら……ランディー殿は、ルシア嬢以上にふてぶてしい御仁になrブゥン……。

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