9.1-09 黒い虫09
「その施術師っていうのが、すっごく気になるわよね……。どう思う?カタリナ」
ライスの町に来て今日で3日目。これまで、町の中や世界樹、それに王城の中を案内されたものの、未だ魔王ベガとは一度も会っていなかったワルツは、ベガの治療を行っているという”凄腕の施術師”のことを考えて、首を傾げていたようである。半年前に会ったベガは、健康体そのものだったので、施術師がなぜベガを治療できないのか、その理由が彼女には分からなかったらしい。
対して、彼女から質問を向けられたカタリナは、来賓室の椅子の上に載せていたシュバルに対して、おやつのクッキーを与えながら、こう返答した。
「ワルツさんって、アルボローザには敵対的な意見を持っていると思っていたんですけど……意外にベガさんのことを心配してるんですね?」
「別に敵対的とか、心配してるとか、そういうわけじゃないけど……なんか気になるじゃない?例えばよ?ベガが、『悪霊退散〜』とか言われて、旗(?)を振るだけの施術をされてるとしたら、なんか不憫な気がしてこない?」
「……曲がりなりにも、魔王のお抱えの施術師なんですから、それは無いと思いますけどね……」
と言いつつも、完全には否定できなかった様子のカタリナ。ミッドエデンの王都で市民たちの診察を始めた当初は、回復魔法や医療の知識を使う施術師よりも、よく分からない儀式をする呪術師の方が多かったので、まだ見ぬベガの”施術師”がまともな人物であるとは断言できなかったようである。
ただ、推測できる事もあったようだ。
「でも、優秀な方なんだと思いますよ?ワルツさんが退治したという四天王の方々を、死の淵から救ったという話でしたよね?」
「それね……。私が完全に殺害したのを確認したのってメシエだけだったから、他の人たちまではどんな状態にあったのか確認してなかったのよね……っていうか、どうやって倒したのか思い出せないくらい、どうでもいい人たちだったし……」
「そうですか……。ならもしかすると、ワルツさん、実は手を抜いてあげていたのかもしれませんね」
「……多分、そう言ってくれるのって、貴女しかいないと思うわ」
そう言いながら、目を細めて、口元を緩ませるワルツ。対してカタリナの方も、目尻にシワを寄せていたようである。
その後で、カタリナは、おやつを食べ終わったシュバルの口元をハンカチで拭くと、彼のことを膝の上に乗せてあやし始めたようである。それと共に彼女は、窓の外に見えていた世界樹の姿を見上げていたワルツに向かって、こんな質問を投げかけた。
「どうしますか?ワルツさん。ベガさんの所に行ってみます?」
「正直、どうしようか悩んでるところよ?ただ、私がここに来たのは、ボレアスの争いごとに手を出すな、ってことを伝えに来ただけだから、直接、ベガに会えなくても、全然かまわないのよね……。でも……」
「……気になるんですよね?」
「……まぁね」
そう言って、窓から振り返って、カタリナの方へと視線を向けるワルツ。
それが何を意味しているのか理解したカタリナは、シュバルをいつも通りの場所に仕舞い込むと、椅子から立ち上がった。
そして持ち物を確認して、いざ部屋を出ようかと考えた――そんな時だった。
コンコンコン……
彼女たちがいた来賓室の扉を叩く音が聞こえてきたのである。
「まさかバレた?!隠しマイクも隠しカメラも無かったはずなのに……」
「いえ。魔法や魔道具の類も含めて、出入りの度に仕掛けられていないことを確認しているので、それはないかと思いますよ?」
「……じゃぁ、偶然?」
「……おそらく」
そう答えて、ドアの方へと歩み寄って――
ガチャリ……
――と、扉を開くカタリナ。
すると、そこに立っていたのは――まさに、彼女たちが話していた話題の人物だったようだ。
◇
そして視点は酒屋へと戻る。
「……出来ましたわ!」
「流石なのじゃ?ベアよ。お主も精進しておるようじゃのう?」
ガラス製の器具を作るときとは比べ物にならないほどに、手際よく鉄を加工したベアトリクス。大きな部品は、結界魔法で作り上げた”型”に鉄を流し込んで作成し……。そして、小さな部品は、手の表面に結界魔法を展開して、熱々の鉄を直接掴み、まるで粘土細工を作り上げるかのように加工したようである。
それだけではない。加工に時間がかかれば、当然、鉄から熱が奪われて固まってしまうのだが、ベアトリクスは自身の火魔法を使って再加熱し、常に一定の柔らかさ、一定の温度になるよう保ち続けたようだ。その点は、火魔法が使えないカタリナよりも一歩進んでいたと言えるだろう。
「ベアちゃん……カタリナお姉ちゃんより、上手いんじゃない?」
「そ、そんなことはありませんわよ?」ぷるぷる
「カタリナ殿は火魔法が使えぬからのう……。その点では、お主の方が、あどばんてーじがあるのじゃ。雷魔法も工夫して使えるようになれば、カタリナ殿など目ではなくなるのじゃ」
「い、いえ、まだお師匠様には勝てませんわ?」がくがく
「すごいです……ベア!私には絶対に真似出来ないと思います!」
「そ、そんなこと……」
その言葉を最後に――
「…………」ぷしゅー
――と、顔を真っ赤にして、パンクするベアトリクス。どうやら彼女は褒められることに慣れていなかったらしく、立て続けに受けた3人の褒め言葉に耐えられなくなって、オーバーヒートしてしまったようだ。
「……さて、それでは早速、稼働させてみようかの?」
「ベアちゃんのこと、どうする?」
「まぁ、その辺に寝かせておけばよいじゃろ。どうせ、熱くなりすぎただけじゃろうしのう」
「そだね」
「あの……皆さん、なんか、冷たくないですか?」
「……ランディー殿。これは戦争なのじゃ。誰かが切り開いた血路をムダにしないためにも、妾たちは前へと進まねばならぬのじゃ……!」
「……って、テレサちゃんは言ってるけど、ランディーさんは真に受けちゃダメだよ?多分、ベアちゃん、頭が熱くなっちゃっただけだと思うから、どこか涼しい所で寝かせておいてあげればいいだけだと思う。別に病気で倒れちゃったわけじゃないし、ケガをしたわけでもないしね」
「そうですか……。では、流石に直接地面に寝かせるのは失礼ですので、そこの縁側に寝かせておいてあげますね」
「うむ、そのうち起きるはずじゃから、目の届く所で寝かせておいてもらえると助かるのじゃ」
「分かりました」
そう知って、風通しのいい日陰の縁側にベアトリクスを運んでいくランディー。
一方、テレサは、それを横目で見守りつつも、手を休めること無く、乾留・蒸留装置へと材料を入れていった。乾留用の木材、燃料用の薪、冷却用の水、そして――
「ついでにこれでも入れておくかの?」
――そこの道端に生えていた雑草、もとい薬草。どうやら彼女は、木酢液の焦げくさい香りを、薬草の匂いで誤魔化そうと考えたらしい。
「さて……準備は整ったのじゃ。ルシア嬢?この薪に火を焚べてほしいのじゃ!……ただし、すべてが灰にならぬよう、小さくの?」
「小さく……うん……出来るかなぁ……」
「……薪の端の方に、ちょっと火をつければ良いだけじゃろ……」
そう言いながらも、乾留・蒸留装置からはかなり離れ、ルシアの火魔法を遠くから観察するテレサ。
そしてルシアが火魔法を使った瞬間。酒屋に作られた大きな乾留・蒸留装置が、いよいよ稼働を始めたのである。
……書き忘れるところだったのじゃ。
ライスの町に来ておるメンバーたちが、何処で何をしておるのかについて。
以下、敬称略。
・ワルツ、カタリナ、シュバル : 来賓室で接待中
・ユリア、ローズマリー、イブ : ダリア殿と共に穴蔵探検中
・妾、ルシア嬢、ベア : ランディー殿と共に酒屋で乾留中
・勇者、リア、賢者、ユキ : 来賓室で待機中(多分、社交ダンスの練習中?)
・コル : 市場でスパイス探し
・エンデルシア国王、ポラリス : ミッドエデンの王都で作業中
・エネルギアmk1、mk2、ビクトール : 砲撃中
・飛竜 : ううぇいとれす中
・水竜 : ???
まぁ、こんなものかのう……。
たくさんの者たちが、いろいろな場所で活動しておるように見えるかもしれぬが、重要なのは上から3つだけなのじゃ。
一番下のは……まぁ、色々とあるのじゃ。
妾が忘れなければ、その内、語られると思うのじゃ?
……多分の。




