第十二話 神は仏になりにけり・上
かつて豊瑞穂に、仏の教えが初めて伝来した頃の話である。
時の大国主尊は、異国から招いた稀人の僧侶が説く悟りの智慧を大層お気に召して、仏の法によって守護されし鎮護国家の実現を強く望まれた。
そしてこの慈悲の教えで民の心を安んずるために伝道を奨励し、諸国に寺院の建立をお命じになられたのである。
しかしこの仏教国教化の勅命が下ると、祭司を司る神職を中心に豊瑞穂中で大きな動揺と反発が湧き起こった。
「我が豊瑞穂は、古来よりおわす八百万の神の加護を受けて栄えし神国なり。下々の民が余所者どもの神をありがたがるのは、ものを知らず区別が出来ぬから仕方ない。しかし、生き人神の御血統にあらせられる主尊陛下御自らが保護して流布するとなれば、荒ぶる神々の怒りと災いを招きますぞ!」
異国からやってきた仏教の国教化に反対する人々は、気性激しく嫉妬深い国神の祟りを何よりも恐れたのである。
特に廃仏の気運激しかったのが、我が国の建国以前から国土を守ってきたという大荒神『八柱主神』を祀る八つの神社で、源主神が鎮座する出瑞大社はその筆頭格だった。
廃仏を唱える神職はこう唱える。
「そもそも異国の坊主どもは、仏の教えに浴して徳を積んだ者は死後に仏のいる、一切の苦しみと無縁の世界『浄土』へ逝けると説いている。しかしその一方で、生き物を痛めつけて殺める罪を侵した者は地獄――我らが黄泉国と呼ぶ死者の世界で責苦を受けたあげくに畜生道へ墜ち、獣や草木に生まれ変わって苦しみ続けると脅している……ならば、仏の教えを知らずにこの世を去った我らのご先祖様はどうなのだ? 生きるため、子を養うために家畜を酷使して山海の命を奪ったせいで死後に咎を受け、今は牛馬となって鞭打たれながら重荷を曳き、あるいは獣や魚となって食われているというのか。亡き父母が死してなお苦しんでいるのを尻目に、我らが先んじて安楽の浄土へ逝くなどはたして許されるだろうか。我らも地獄へ参り、親と共に苦しみを分かち合うべきではないか。後からのこのこやってきた余所者どもが偉そうに説教して、今日の豊瑞穂を築いた我らの祖先を貶めるつもりなら、断じて受け入れられぬ!」
廃仏派のこの訴えに、親兄弟を愛する純朴な民は大きく心を揺さぶられて同調し、各地で仏像を打ち壊し寺を焼き払う騒動が相次いだ。
崇仏派と廃仏派の対立いよいよ高まり、ついには豊瑞穂全土を二つに割りかねない緊迫状態となっていく。
この事態を重く見て仲裁すべく動いたのが、我が国で最初に受戒して尼僧となられた、主尊陛下の息女で尼公殿下と呼ばれし御方であった。
「この上は国神の長たる源主さまにご奏上申し上げ、神々の意思を仰ぐしかありません」
尼公殿下は単身出瑞山へ登り出瑞大社本宮へ参ると、その本殿たる滝御簾の岩屋御所の前で、仏法を巡って豊瑞穂の人々が混乱に陥っている現状を上奏する。
そして異国より伝来した叡智を国神に理解していただくため、御自らの手で豊瑞穂の言葉に訳した仏法の経典を全て読み上げられたのであった。
「掛け巻くもかしこき源主神に、謹んで読誦し奉る――是くの如く我聞けり。ある時、"真理に目覚めた人"仏陀は、寂滅道場において初めて悟りを完成なされた。その瞬間、仏は正しく啓かれた清らかな眼をもってして、苦しみに満ちたこの世界の真の姿を見通したのである。大地は清浄となり様々な宝と花々によって飾られ、美しい色彩に満ちている事は大海の如し――」
「また、是くの如く我聞けり。全知者たる仏陀が霊山にいませし時、弟子の一人である観音菩薩は、深淵なる智慧の完成という瞑想の末に、この宇宙に存在するものは五つの要素で構成されている事を見極めた。しかも彼は、これらの要素は本質的には実体のない、空虚な概念に過ぎない事を悟り、そこから生ずる全ての苦しみから解放されたのである。そして他の弟子たちに、己が悟った"空"の理法を解き明かした――」
「また、是くの如く我聞けり。ある時、霊山に滞在していた仏陀は己の死期を悟られた。そこで清浄なる修行僧の男女と在家の善男善女、そして神や悪魔と彼らが率いる眷属たちを含む幾千万憶の会衆に囲まれる中で、いよいよ最期にして唯一至上の、大乗の御法を説き明かそうとなされた。その時、尊き仏の眉間から光明が放たれて全世界を隅々まで照らし、天空より曼荼羅曼珠の華が降り注いで、大地は六種に揺れ動いた――」
尼公殿下の読経は我が身を厭わず、昼夜の隔てなく続けられた。
全ての経典を読み上げ終えた殿下が疲労困憊のあまり膝をつき、滝水を掬って喉を癒したその時であった。
にわかに風が吹きおこり、梅や柑橘の芳しい香りが山気を満たした。ふと空を見上げれば、頭上を覆っていた黒雲から一条の光が差し込み、緋桜黄菊の鮮やかな花弁が大雨となって降り注ぐ。またそれに呼応して、出瑞山そのものが弾むように鳴動を始めた。
あたかもそれは経典に伝え聞く、仏陀が全宇宙の一切衆生を分け隔て無く救済する、"真の大乗の教え"を説く直前に起こったという瑞兆そのものであった。
異変を目の当たりにした尼公が、驚嘆した時であった。
岩屋御所の前に落ちる滝水が二つに割れ、滝に隠されていた大洞窟がその入り口を白日に晒した。そして洞窟の暗闇から一人、黄金に輝く身体に黄褐色の僧衣を纏った美女が、大蛇に乗って裸足で座禅を組んだまま、ゆっくりと姿を現わしたのである。
尋常ならざる女の出現に恐れおののく尼公殿下を、蛇の頭に座した金色の女はおだやかな笑みでこう宥めた。
「大国主の娘よ、恐れることはありません。わたくしは源主神。そなたの気高き仏心に感銘を受けて、いよいよ真実を打ち明ける時が来た事を知り、我が本性を現わしました。豊瑞穂の愛しき一切衆生よ、親兄弟を慈しみ死者を悼むその気持ちは清く尊いが、それがために心を頑なにして、異国の仏の教えを遠ざける必要はありません。なぜならば、そなたらが崇めてきた我ら国神こそ、仏そのものだからです」
尼公殿下は神と相対して大層驚いたが、その御言葉を受けてさらに驚かれた。
「国神が仏であらせられるとは、一体どのような意味なのですか? 愚僧にはにわかに理解しがたいお言葉です」
混乱する殿下に、源主はその真理を説く。
「仏陀の誕生した国から遠く隔たれた無仏世界の豊瑞穂では、人の手でその教えが届くまでに多くの命がこの世を去ってしまいました。また彼の生きていた国とは風土や人の生き方も異なるから、仏の教えを闇雲に信じるだけでは悟りを啓くのは難しい。そこで幾千万憶の仏たちは、その全知全能の力によって過去・現在・未来全ての一切衆生を救うために、この世界が始まったその瞬間へあらかじめ生まれ直し、神として原初から豊瑞穂に存在していました。そして洞窟で団栗を食べていた愚鈍なそなたらの理解力に合わせて、神々の恵みと祟りを巧みに用いて人々を律し、豊瑞穂の方法で悟りへ導いていたのです。かくいうわたくしは、そなたがたった今読み上げた教えの中にも記されている、『龍女』の生まれ変わりなのですよ」
「……たしかに経典の中には、女人成仏・畜生成仏・即身成仏を成し遂げた『龍女』という龍蛇の娘の説話がございますが」
「そう、それが前世のわたくしです。『龍女』はわずか八歳の水神の童女にして悟りを拓いて成仏し、南方無垢浄土に往生しました。わたくしもまた不老不死の変若水を守る若々しい水の女神であり、またこの出瑞山は中原の都から見て南方に位置しています。輪廻転生の理を学んだそなたならば、この共通点に深い因縁を感じずにはいられないでしょう?」
「はぁ、まぁ、そう言われればなんとなく、似てるような気もいたしますね……して、仰られます『豊瑞穂独自の悟り』とは、具体的にはどのような?」
「そなたの祖先たる荒彦と賑姫を思い出しなさい。かの夫婦はわたくしが薦めた変若水を固辞し、代わりに瑞穂国という人の国を造りました。不老不死のもたらす安寧が心を堕落へ誘うと看破し、己の亡き後も末永く万民を安んじられる泰平楽土の創造を選んだのです。これを仏の慈悲と言わずしてなんと呼ぶのか。かの男女は仏の教えを知らずして諸行無常の理に気付き、悟りの境地に目覚めていたのですよ――ここまで語れば、わたくしが生まれもっての仏の化身であり、密かに豊瑞穂の者たちを教化していたという事実を、もはや疑う余地はありませんね?」
「はぁ……そうなのですか」
困惑を隠せない尼公をよそに、『仏』の化身を名乗る『神』源主はとくとくと語った。
「仏の教えが人の努力でようやく豊瑞穂にまで届いたことに、わたくしは喜ばずにいられません。どうして拒む理由がありましょうか。とはいえ先ほども申したように、仏の教え一言一句を盲目的に信じれば必ず悟りを啓けるというものではない。荒彦や賑姫のように神々の助けを得て、豊瑞穂なりの様々な方法で悟りを拓く者はこれからも現われるでしょう。だからそなたらは今まで通り神々を敬い、神酒を絶やしてはなりません。そして志高き者は、余所者がもたらした仏になるための修行に勤めると良い。二つの共存には、何の矛盾も不都合もないのですから。よろしいですね」
「……」
偉大な国神の口から明かされた深淵神秘なる驚愕の真実を、尼公殿下は無言のまま、色々と筆舌に尽くしがたい表情で受け止めた。
「さて、今まで長々と語った事は全て忘れてかまいません。これから述べる短い言葉に集約されるのですから――『神は仏の転生にして、二つは等しく尊きもの。隔てる事こそ、愚かと知るべし』――と。大国主の娘よ、山を降りてこの真実を人々に告げ、つまらない事に拘り争う者たちを諌めなさい」
神託を告げた源主が岩屋御所へ戻ろうとした時、尼公は最後に問うた。
「掛け巻くも畏き源主神、いえ、龍女さま――の化身に、畏れ多くも申し上げます。本当にあなた様は仏の生まれ変わりであられるのでしょうか? 神の御姿は変幻自在と聞き及んでおります。我ら国人の争いを鎮めるために、拙僧の読み上げた経典を引用して、あえて身を偽られているのでは……?」
「悟りを啓けば、そのような雑念に苦しむ事は無くなるでしょう」
源主こと『龍女』は、仏像の如き穏やかな笑みを見せて岩屋御所の暗闇へ隠れたという。
この時より、出瑞大社の源主神は、異国の仏典に記される『龍女』と同一の存在と認識され、仏道修行に励む者からは『龍女菩薩』と崇敬される事となった。
また、神託を降された尼公殿下の提言によって、中原の朝廷から出瑞大社の神々に対して『出瑞権現』の神号が贈られる。権現とは『仮の姿で現れた者』の意。
すなわち、『出瑞山に神の姿で降臨した仏』である。




