00 不思議な夜の出会い
「可愛らしいお嬢さん。どうしてそんなに泣いているんだい?」
真っ黒な青年と、真っ白な少女。
この出会いが、全ての始まりだった――――。
不思議な人だった。
その人を一言で表すなら、黒。
艶のある黒髪に、吸い込まれそうな黒い瞳。
黒いローブを身に纏っていて、しかし肌は陶器のように白く、その黒さをさらに際立たせていた……気がする。
気がするというのは、この人に出会ったのは私が5歳のときだからだ。
あの時の私は、自分の異質な外見に対する周囲の目に耐え切れず家を飛び出し、夜の公園のベンチでひたすら泣いていた。
そしたらその人は隣に座りながら声をかけてくれた。
「だれ……?」
「僕はクロ。君の泣いてる理由は何?」
「みんなが、わたしのこときもちわるいっていうの! わたしは……ばけものだって!」
「どうして?」
「わたしのかみ、まっしろだもん。みんなとちがう。めだってほら!」
そう言って私は自分の金色の瞳を指差した。
白髪に金色の瞳。遺伝子をがん無視して生まれてきた私に、周囲の反応はそれはまあ冷たいものだった。
もともと虚弱体質だった母上は私を生んだときに亡くなったらしい。
私は母親殺しの化物という不名誉なあだ名をつけられ、基本的には疎まれた。
「ちちうえともちがうの。みたことないけど、ははうえもちがったんだって。みんなみたいにははうえがいないのは、わたしのせいなんだって」
「それで、泣いているのかい?」
「うん……わたし、ばけものなのかなあ」
「どうだろうね」
私はそこで涙をさらに加速させた。
否定してほしかったのだ。そんなことはないと言ってほしかった。
でも返ってきた答えは曖昧なもので、大泣きする私にその人は苦笑して謝った。
「……くろも、わたしのこときもちわるい?」
「いや、全然?」
「ほんと!? きもちわるくない!?」
「もちろん。でも、泣いてる君は好きじゃないな」
そう言われて私は必死に目をこすって涙をぬぐった。
赤くなったであろう目元を見ながらその人はまた苦笑して、私の頭をなでた。
「君、名前は?」
「かんざきましろ!」
「ましろ、一つ教えてあげる。どんなに辛くてもね、泣いちゃあダメだよ。泣いたら心は弱くなっちゃうんだ」
「こころがよわくなるとどうなるの?」
「弱い心ではね、悪い心に負けちゃうんだ。だから心は強くなくちゃいけない」
「くろはつよいの?」
「どうだろうね、わかんないや。でも僕は、強くありたいっていつも思ってるよ」
「わたしもつよくなりたい!」
そう言った私に深い意味なんて無くて。ただめったにいない自分の理解者に気に入られたくてとにかく必死だった。その人はそんな私の言葉を聞いて、にっこり笑った。
「じゃあましろ、約束して。辛くても泣かないこと。そのためにも、自分を否定しないこと」
「じぶんをひていしないって、どういうこと?」
「自分を嫌いにならないで、ってことだよ。その髪と目も好きにならなきゃね」
「むりだよそんなの! わたしみんなとちがうこのかみとめがだいっきらいだもん!!」
「でもね、その髪と目のおかげで僕はましろを見つけることができたんだよ?」
「そうなの?」
「うん。ほら、良い事もあるだろう?」
「そうなの……かなあ」
「そうだよ。じゃあ、僕はそろそろ行くね。ましろも家に帰りな」
立ち上がるその人に私は驚いて、慌てて声をかけた。
このままお別れしたら、もう会えなくなってしまう気がした。
「まって、くろ!! ねえ、くろはわたしと……ともだちになってくれる?」
その人は一瞬驚いて、少し考えたあと、答えた。
「今はまだ、君に構ってあげられないんだ。だから、友達にはなれない」
「やだ! いかないで! ともだちになろうよ!!」
私はまた大泣きして、その人の服にしがみついた。
今思えばよく初対面の人にそんなことできたなと我ながら恐ろしいが、とにかくその人は私にとって必要な人だと子どもながらに思った。
何の根拠もないけれど、この人のそばにいたいと直感したんだ。
その人は困ったように笑って優しく私を自分から離した。
「じゃあ、僕も約束しよう。君とはこれからずっと会えなくなっちゃうけど……」
そう言ってしゃがんで、私の頭に手をぽんっと置いた。
「いつかまた、必ず君を見つけるよ」
頭に感じる優しい重みにはひどく安心感があって、強く言ってくれたその言葉に、私は無意識に頷いた。
涙はもう、止まっていた。
「その時は『仲間』になろうね、ましろ」
その人はゆっくり私から離れて、去っていった。
しばらくして本当に今更ながら父上が怒っているに違いないと恐怖を思い出し、急いで家に帰った。
あの時の父上は本当に怖かったけれど、家を抜け出した事を後悔することはなかった。
――――いつかまた、必ず君を見つけるよ
この不思議な夜の出会いは私にとって、とてもとても大切なものとなった。