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幽州の情勢

 袁煕が開いた沮授と張郃との話し合いは、上々の結果で終えることができていた。

 元々この二人に田豊を加えた三人には、この八年の間に田脩が接触していた。接触する際には会う人によって商人や遊侠の徒に扮するなどして近づいていき、三人全員と顔見知りになっていた。その上で価値がありそうな情報を伝えることによってある程度は信頼されるようになると、田脩は自分の背後にそのように命令している人がいることを臭わせておいたのだ。


 今回はまだ、そうしたこれまでの経緯を踏まえて二人に対して袁煕と田脩の関係を教えたことと、実際の袁煕がどのような人物なのか見せたことのみに留めている。

 それ以外では、現在の幽州の状況についての話もしておいた。二人からは袁煕が知らない情報は聞けなかったが、沮授も張郃も最近まで戦争で幽州に行っていたために現在の幽州の統治に関する具体的な状況を聞くことができた。


 そうして話し合いが終わった後は、沮授と張郃から聞いた幽州の現状について荀彧と田脩に相談して、新たに田脩に仕事を申し付けるとその日はそれで解散となった。






 沮授と張郃との話し合いの次の日、袁煕は急遽配下を集めて話し合いの場を設けた。

 今回は仕事で離れている田脩と、義勇兵たちの移動の準備で離れている趙雲の二人がいなかったため、七名での話し合いとなった。


「今日は、忙しい中で集まってもらいすまなかった。それで今日集まってもらった理由は、幽州にいる有力者たちへの対応について決めたいと思ったからだ」


 そう告げた袁煕は、目で荀彧に頼んで詳しく説明させた。


「先日袁煕様は幽州刺史となられましたが、現状ではただそれだけです。そもそも袁煕様が幽州刺史になったとはいっても、そのことによってすぐさま幽州が袁煕様の支配下に入る、とはなりません」


 荀彧がこのように言うと、尹牧と馮裕は驚き、陳羣と杜襲はやっぱりという表情になった。ただ、郭嘉だけはほとんど反応がなかった。


「おや、このことを郭嘉殿も知っていたのですか?」


 それを見た陳羣が、そのように郭嘉に尋ねた。


「まあそうですよ。と言っても、これはこの前の仕事の際に郭図殿から聞いたことですがね。それより、あなたと杜襲殿も何か知っていたような反応でしたね。そちらの反応こそどういう理由なのですかね?」


 陳羣の問いに答えた郭嘉が、今度は逆に陳羣の方へと尋ね返した。


「その程度のことは、事前に予想できるでしょう?今は戦乱の時代なのですから、官職などよりも実力の方が大切です。そのような時代に自身で統一したのではない人物が刺史となったとしても、その地を支配下におくことは非常に困難だということくらい、考えればすぐに分かりますから。何より、在野に埋もれていた頃にそうした実情を見てきていますからね。おそらく、杜襲殿も私と同じ考えだと思いますよ」


 そこで陳羣から話をふられた杜襲は、特に反応しなかった。しかし、否定したわけでもないので、陳羣の考えでだいたい合っているということだろう。

 常に物静かで、このような場においてもほとんど話さない杜襲ではあるが、荀彧から評価されていたことからも分かるように、実際には頭の切れる人物である。そうである以上、陳羣が語った様に考えていても全く不思議ではないのだ。




「はいはい、雑談はそれくらいにして話を続けますよ」


 話が逸れていきそうになったところで、荀彧が少々強引に話を戻した。


「確かに現在の幽州刺史は袁煕様です。しかし実際には幽州の一部を、より詳細に言うと涿郡たくぐん広陽郡こうようぐんを中心とした地域を治める程度になるであろうという状況であるらしいのです」


 荀彧はそう言って、今の状況はこれまで袁煕たちが望んでいたものではあるのだが、決して楽観視できるものではないということを配下の全員に伝えた。


「つまりは、幽州の一部を治めている人が別にいるということですか………。もしかして、田脩がここにいないことも、それと関係があったりするのですか、袁煕様?」


 と、今度は馮裕から質問が来た。

 馮裕にとって尹牧と田脩は、袁煕を除いて最も長い付き合いになる。それだけに、田脩がここにいないこと理由について、ほかの者よりも気にしていたのであろう。そのため、この問題をすぐに田脩と関連しているのではと考えることができたのであった。もう一人の尹牧については、まあ考えが足りないということだろうが。

 また馮裕は、この八年の間に若様ではなく袁煕様と呼ぶようになっていた。以前に若様と呼んでいたのは商人であったころの影響らしいが、そのままではいけないだろうと周りに言われたらしい。そのため、時間をかけてその癖を直したのであった。


 が、今はそんなことは横に置いて、先ほどの質問に話を戻そう。


「馮裕の言った通りだ。田脩は現在、先に幽州に行かせている。先日、沮授と張郃から幽州についての話を聞いたのだが予想以上に幽州の有力者たちの勢力が強そうだった。そこで早急に幽州の統治状況を調べることと、できれば幽州においての有力者に接触しておくようにと命じたために田脩は今ここにいないのだ。

 また、今回のことから田脩たちの情報収集力が絶対ではないということが分かった。もちろん情報収集能力の向上もせねばならないが、今後もこのようなことはあるだろう。皆はこのことを頭に入れておいてくれ」

「少しだけ田脩の動きについての補足をしておきましょう。現在の幽州における有力者の内、最も重要な人物としては鮮于輔せんうほ殿と閻柔えんじゅう殿の二人がいます。田脩殿は特にこの二人についての情報を重視して集めることになっています」


 馮裕からの質問に対してまずは袁煕が答え、同時に情報収集力が絶対ではないことを伝えた。その後で荀彧が袁煕の言葉を補足した。


「とにかく、今の状況は分かりましたがどうして袁紹様はその勢力を倒されないんです?その者たちは袁紹様の配下になっているわけでもないんでしょう?」

「尹牧、お前は父上がどうやって公孫瓉を倒したのか本当に分かっているのか?父上は公孫瓉を攻めるに当たって以前の幽州刺史であった劉虞りゅうぐ殿の配下たちと協力していたのだ。それに加えて北方民族も味方として共に戦っていたのだ。鮮于輔殿と閻柔殿は、どちらもそうした協力関係にあった勢力の中心となっている人物であり、現在までその関係を維持しているのだぞ。そのような者たちを攻撃するはずがないであろう」

「な、なるほど。そういう事情があったんですか。良くわかりましたよ」


 尹牧は自分が安易にした質問に袁煕が呆れたように答えたことで、自分の質問が当たり前の事だと思い知らされて大きな体を縮ませていた。

 それを見た袁煕は、今はいちいちそのようなことを気にしている時ではないために尹牧のことはそれで放っておき、改めて続きを話し始めた。


「とにかく、そうした事情によって直接的な支配地は幽州の一部にとどまることになる。だが、当然それに甘んじているつもりはない。その問題を早期に解決し、できるだけ早い段階で彼らが治める土地も支配下に入れたいと思っている。それを踏まえて行動していく以上は、我らの想定とは違った動きになることもあるだろうがよろしく頼むぞ」


 袁煕はそう言うと、今回配下たちを集めた本来の理由に話を戻した。


「さて、そこで有力者たちへの対応について話を戻そう。具体的にはどうしたら良いと考えていのるか、意見を聞かせてくれ」








「私としては、現状では幽州の有力者たちとの関係は一定の距離を保って付き合うのが良いと思いますね。その上で将来的には敵対する可能性を考えておき、相手の情報を集めながら関わる必要があるとは思っていますがね。」

「敵対するだと?それはどういうことだ?」


 初めに意見を述べた郭嘉からの物騒な物言いに対して袁煕が反応してそう尋ねた。


「あくまで将来的にですよ。少なくとも袁紹殿が生きている間はそのような心配をする必要は少ないでしょうね。それでも絶対に、とまで言うことは出来ないでしょうがね。ですが、その状況が一変しないとも限りませんよ。それに、彼らとつながりが強い北方民族の力を組み入れるためにも、最後は実力で降すという方法が良いのではないかと思いますね。

 そのための布石としてまずはある程度の距離をおいて関わっておき、相手についてよく理解しておくことが良いと思いますね」

「その考えには承服できかねますね」


 郭嘉が意見を言い終わると、すぐさま陳羣がそれに対して異議を唱えた。


「確かに力で以って降しておけば、その勢力を丸ごと組み込めるために我々の勢力の強化とはなるでしょう。しかしそのようにして力をつけたとしても、その対価がそれに費やす労力に見合うとは到底思えません。そもそもが、そうなった場合に最も争いが激しくなるのは幽州となるのが必然です。そうした場合には我々の勢力にとって重要な基盤となるであろう土地が荒れることになるのですよ。私としては、そこまでして敵対する必要はないと考えますね。

 むしろ、初めから一貫して積極的に関係を深めていく方が良いかと思います。その手段として交易を積極的に行えば、相手との関係を深めることもできますし我々の利益にもつながります。そのように行動した方が、より利を得られるのではないかと思いますが」

「確かにそのように考えることもできますね。しかしながら、この乱世においていつまでも今の関係が続くとも思えません。彼らが独立した勢力である以上、袁家から他家に乗り換える可能性も考えておく必要がありませんかね?そう考えると、彼らの軍事力を組み入れる方が後々のためには良いのではないですかね」

「しかしですね、それでは………」

「私からも意見を言ってよろしいですかな?」


 陳羣の意見に対して郭嘉もまた反論しさらに陳羣が意見を言おうとしたところで、ここまで黙っていた杜襲が口を開いた。

 普段はあまり意見を言わない杜襲から言葉を挟まれたことで、郭嘉と陳羣の議論はひとまず棚上げされる形となり、全員が杜襲の意見に対して耳を傾けた。


「それについての私の考えとしては、周りは気にせずとも良いのではないか、というものですね。幽州の有力者たちとも最低限の交流は必要ではあるでしょう。ですが、その者達のことばかりに気を取られすぎるのもいかがなものかと。結局は、こちらが強大となって相手の選択肢を減らしてしまえばいいことではないのですかな?

 こちらが大きくなれば彼らが敵対するのか協力するのか、はたまた配下に加わるのかはおのずと見えてくることであると思われますし。ですから私としては他の者達は気にせずに、我々が強大となるための行動を取っておれば良いと考えます」


 杜襲が話し終えると少しの時間その場が静かになり、ほとんどの者が考え込んでしまっていた。

 そうした中、沈黙を破ったのは袁煕であった。


「荀彧、いまだに考えを述べていないがお前はどう考えておる?」


 袁煕からそう問われた荀彧は、考え込んで顔を下に向けた状態のまま返事をした。


「私の考えとしては、幽州の有力者たちとのつながりもある程度は必要ではないかと。しかし、深く関わりすぎないようにはした方が良いとも思います。そうしておき、後々には配下として取り込むように動くのが良いのではないでしょうか。そのためにもまずは情報を集めて、相手について知っておくことが重要であると考えますね」

「そうか………馮裕と尹牧はどうだ?何か意見があるならば言ったら良いぞ」

「私としてはこれまでの話についていくだけで精一杯で、自分の意見まで考える余裕は無いですね」


 袁煕からの呼びかけにまずは馮裕がそう答えると、それに続いて尹牧も返事を返した。


「俺は馮裕よりもひどいですよ。話についていくことさえおぼつかない状況ですから、意見を考える以前の問題ですよ」

「そうか………………皆の考えはしっかりと理解した。それらの意見を踏まえた上での有力者たちへの対応だが、当初は情報収集に集中しようと思う。すでに田脩が集めていた情報もあるが、幽州へと行かねば分からないこともあるだろうからな。とりあえずはそうして情報を集めてから再び考えるとしよう」


 尹牧の答えを聞いたことで今居る配下全員の考えを聞いた袁煕は、考えをまとめてこれからの方針を伝えた。そこから分かることだが、今回は対応についての具体策は決まっていないに等しい。しかし、配下の者たちと情報を共有しておき今後に備えるという意味では必要なことではあったのだ。




 そうして有力者たちへの対応がひとまず決まると、幽州へ行ってからの行動についての話へと移っていった。そのようなことで時間が過ぎた後に、その日は解散となった。


 それからも何度か話し合いをしていく中であっという間に日は流れ、ついに袁煕は幽州へと出立していった。


 ここで、幽州という呼称のとらえ方について一応説明しておきます。

 後漢の行政区画の上では幽州には全部で十一の郡があります。

 ですがこの話の中での幽州とは、遼西郡から西にある七つの郡(涿郡、広陽郡等)の事のみを指しています。

 残りについては幽州とはとらえず、『遼東』などの呼び方で表すということにします。


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