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視察

 袁煕が幽州へと来てから半年が過ぎていた。

 つい先日には新たな年の訪れを皆で祝ったところであったが、それからというもの袁煕は次第にそわそわとするようになっていた。


 袁煕がそわそわしていた理由としては、おそらく今年が官渡の戦いの起こる建安5年|(西暦200年)であろうことからだ。(特に西暦の200年という数字は覚えやすいため袁煕もはっきり覚えていた)

 自身の運命も大きく動かすこととなる大戦がもうすぐ起こるのかと考えると落ち着いていられなかったためそわそわしているのであった。




 とはいえ袁煕としても力を蓄えることしかできないので、やるべきことはしっかりとしているが。


 そんな中で袁煕は年明けから半月ほどが過ぎたある日、初めに張郃が育て上げた騎馬隊の様子を見に郭嘉と来ていた。


 張郃を中心とする騎馬隊には一万の兵が所属している。この騎馬隊は袁煕が最優先として兵となる人材を集めたため、袁煕の幽州入りの後かなり早期に編成されていた。したがって、軍としての成熟度の方もそれなりに高まってきていた。

 今回の袁煕と郭嘉の視察はその状況の確認であったのだ。


「おお、しばらく見ない間にかなり良く動けるようになっているようだな。以前とは違い指揮が素早く伝わっているのか、よりまとまって動いている様子を見ると圧巻だな」

「そうですね。初めから馬に乗れる者だけで編成されているため基本的な部分は問題なかったのですが、命令系統の部分ではいろいろと混乱がありましたから。加えて私の定めた軍法を理解させていくことにも苦労はしたようですが、さすがは張郃殿と言うべきでしょうかな」

「まあもとより張郃が優秀であることは事実なのだからある意味では当然とも言えるか。……それにしても、これでもまだ不十分なのであろうか?私からしたらすでに十分に実戦にも耐えられると思うが」

「まだまだ訓練は必要ですよ。現状では最大でも一部隊が千名までとなっているようですからね。残念ながら現段階ではそれ以上の規模での訓練となると綻びが表に出てくるらしいのです。その辺りも徹底できるようにしないことには実戦とはいきませんでしょうしね」

「そうか。まあ幽州の兵が動くのはまだまだ先だろうから焦らずとも良いが、できれば早く完成した状態を見てみたいものだ」

「そう焦らずとも、じきに見られますよ。気長に待ちましょう」

「ああ、そうするよ」


 最後に軽く袁煕がそうつぶやいてしばらく後、訓練が一段落した時を見計らって郭嘉を伴ってその場を後にした。




 二人は次に、歩兵の訓練を担当している趙雲の所へと赴いた。


 趙雲が訓練をしている歩兵は総勢で三万になる。しかしながら、この中には趙雲が義勇兵として訓練を施していた者から元々は流民であった者、果ては公孫瓉軍の下で兵士だったものまでさまざまな人が混じっていた。募兵の際にある程度の選抜をしているとはいえ、その練度において個人差が大きくなるのはどうしようもなかった。

 その上、騎馬隊よりも兵数は多いのであるから趙雲はさぞ大変であるだろう。


「ふむ、今は武器の素振りをしているようだがなかなか息があってきているみたいだな。始まりを思えばこちらも見違えたな」

「本当ですね。まあ実戦形式の訓練になるといまだにまとまりが不十分であるらしいですが、素振りがきれいに揃っているだけでも大きな進歩ですよ。あの惨状を思い出すだけで何やら込み上げてくるものがあるようにさえ思えてきますから」

「ははっ、それは少々大げさな表現だろう。言いたいことは分から無いではないんだがな。……趙雲には本当に苦労を掛けてしまうが、もうしばらくは我慢してもらわなければならんな」

「やはり武官が少ないのが問題ですね。こうして実際に統治する州について考えると武官の必要性が痛いほど突きつけられますから。必要と分かっていても無闇に増やせるような状況でなかったことも理解してはいますが、何とも歯がゆいですな」

「……そういえば張燕を降伏させたいと考えていることには、張燕を武官として迎え入れて人材を増やしたいからという意味合いも大きいのか?」

「まあ無いとは言いません。こちらが降した者とあちらから降って来た者、どちらが使いやすいかは明白ですから。優秀でなおかつ使い易ければよりありがたいですしね」


 簡単そうに言う郭嘉の表情を袁煕はちらっと見たが、その泰然自若とした様を見てとりあえずは納得することにした。袁煕としては張燕を心服させるのは難しいかもしれないと思っていたのだが、郭嘉は張燕をうまく操る自信もあるようなので素直に郭嘉へ任せようと思ったのであった。


 そのようなやり取りをしながら歩兵の視察も終えると、二人は城内へと戻っていった。




 袁煕が城へと戻りその日の仕事をある程度片づけると、張郃と趙雲が袁煕の下へとやって来た。

 訓練の様子について実際に感じていることを話してもらうために袁煕が事前に呼んでいたのだ。二人が来てからすぐに郭嘉がやって来ると話し合いへと突入した。


「今日はそれぞれの訓練の様子を軽く見させてもらったが、いずれも順調のようで安心した。こうして呼んだのは二人の口から感じていることを直に聞きたかったからだが、まずは張郃から頼む」

「分かりました。こちらは騎兵全体での動きなどで改善すべき部分はありますが、それ以外では特に問題はありません。兵の気質の違いなのか集団の動きに戸惑っていることが時々見られますが、かなり改善されてはいます。後は全軍での動きがある程度まで習熟すれば、実戦においても十分に役立つようにはなるかと思っています」


 張郃の報告を聞いて袁煕は一つうなずくと、同様に趙雲にも尋ねた。


「兵によって練度に差はありますが、まとまって動くことにも何とか慣れてきたといったところですね。実戦形式の訓練となるとばらつきだ出てしまうので今後はその点の改善に力を入れたいと思います。後は一度も実際の戦闘を経験したことのない者がそれなりにいますので、その者達にはどこかで実戦を経験してもらうことも大切かとは考えているのですが」


 趙雲はそう言うと、軍師である郭嘉の様子を窺った。

 しかしながら郭嘉は目を閉じたままじっとしているばかりであったので、趙雲もすぐに顔を袁煕の方へと戻したが。


「とりあえず、実戦の経験が欲しいということはよく分かった。機会があればそうしよう。そういえば尹牧の様子はどうだ、趙雲。あいつもしっかりと成長できているのか?」

「ええ、尹牧も以前と比べると見違えるほどに成長しております。元々膂力はあったため一対一では強かったのですが、指揮官としても一定の力を発揮する程に成長できていますよ。千人規模ならば問題なく指揮していますから、機を見てさらに多くの兵を指揮させてみるのも良いかと考えています」

「そうか、それは良い。ここには武官が少ないから優れた武官が増えることは歓迎だからな。趙雲の判断に任せるからそのうちより多くの兵を任せるようにしてくれ」

「承知しました」


 そうして締めくくると、袁煕は張郃と趙雲の二人を帰らせた。


 二人が部屋から離れたことを確認すると、ずっと目を閉じたまま座っていた郭嘉へと声をかけた。


「どうした、ずっと黙っていたが。何かあったのか?」

「すみません。ちょうどこちらへ向かう直前に一つ報告を受け取ったために、少し考えに耽っておりました。それに、実戦と言われましても未だどうなるのかはっきりとはしておりませんので。この先どうなるかは全て袁紹殿と曹操殿の決戦の結果次第でしょうから」

「まあそうではあるんだがな……。それより、報告を受け取ったそうだが何があったんだ?」

「そのことですが、どうやら冀州にて密かに戦の準備をするようにと指示があったとのことでした。本格的な動きではないようですが、袁紹殿が南下に向けていよいよ動き出した模様です」

「!!そうか、ついに始まるのか」


 三国志において一つの大きな分岐点となる戦い、官渡の戦いがすぐ近くまで迫っていることを知った袁煕はその事実を呑み込むように一つ大きく息を吸いこんだ。

 少し間をおいて息を一気に吐き出すと、再び口を開いた。


「そういえば、張郃と趙雲には伝えなくても良かったのか?せっかく共にいたのだから伝えても良かったのではないか?」

「趙雲殿ならともかく、張郃殿には正式な知らせが来るまでこちらから伝えない方が良いでしょう。一応は袁紹殿の配下ですからね。さらに言えば、この話が知れ渡るのは少しでも先に延ばした方が良いのではないかと思うのです。この話を知った者たちがどう動くか見極めるために間者たちを配置するまでの準備期間となりますから」

「なるほどな。そういうことならば納得だ。しかし荀彧だけには伝えておきたいと思うが構わないか?できればこの後にでも伝えておいてくれると助かるのだが」

「分かりました。荀彧殿ならどこかからすでに聞いているかもしれませんが一応私からも伝えておきましょう。……袁煕様、これからの戦がどのような結果となるのか覚悟して見守って下さいね」


 普段からは想像できないような郭嘉の迫力に思わず気圧されそうになった袁煕であったが、なんとか踏みとどまって「分かった」とだけ返すことができた。

 その言葉を聞くと、郭嘉は普段のような飄々(ひょうひょう)とした雰囲気へと戻った。そのまま一礼をすると、部屋から去っていった。




 郭嘉が最後に一瞬見せた態度からもこの先は自身にとっても厳しい道のりになりそうだと肌で感じながら、袁煕もその部屋を後にした。


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