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郭嘉の思惑

 ある日の昼過ぎ、いつものように仕事を終わらせた郭嘉はまだ働いているほかの者たちを尻目に帰って行った。

 郭嘉は軍師の役職であるため、本格的な幽州軍の編成もできていない現時点ではそもそも仕事が少ないのだ。これが真面目な陳羣であったなら他の部署の仕事を手伝おうとするのであろうが、あいにくと郭嘉はそこまでの殊勝な心を持っていなかった。何より袁煕が郭嘉のそのような態度を許していたため、誰からも文句を言われることなく堂々と帰っていたのであった。




 郭嘉は昼を過ぎるとかなり頻繁に酒場に顔を出している。そこでは様々な情報が入ってくるため、いつも誰かしらに声をかけて酒を飲んでいる姿が見受けられた。軍師としては情報収集が目的だと言い切ってもらいたいところだが、しかしながら郭嘉にとっては酒を飲むことの方が大切であるようだ。


 郭嘉はその日もいつものように旅人の話を聞きながら酒場で酒を飲んでいた。普段から酒場で良く話を聞いているからか、郭嘉は酔った人から話を聞き出すのがうまかった。ほとんど聞き役に回っているが、だからこそ多くの情報を得られていた。加えて、優れた洞察力を持っていたため何気ない情報から重要なことを推察することができる。その日も、


「并州刺史になられた高幹様は優れた方らしい」


という話を聞き、頭の中で一つ懸念を思い浮かべていた。最も、その懸念は表情には全く出してはいないが。


 そろそろこの旅人から聞ける話もなくなったか、と郭嘉が思い始めたころにその酒場へと新たに一人の者が入って来た。

 郭嘉はその者の方を一瞬だけ見ると、それまで話していた旅人との会話をうまく打ち切りその者が向かった奥の席へと近づいていった。




 郭嘉は普段のように気軽にその者に話しかけると、二人は周囲の騒音に紛れて話し始めた。


「それで、わざわざこんな場所まで探しに来るとは何があったのかな?」

「申し訳ありません。少々急ぎで指示をいただきたい事態が起きまして、探させていただきました」

「分かったから。何があったか教えてくれるかな」

「はい。田脩様からの報告によると、まずは黒山の張燕が曹操との接触を図ったそうです。涼州方面から使者を曹操の下に送り、まずは挨拶程度らしいのですが繋がりを作っているようである、とのことです」

「そうか……まあ当然でしょうかね。それより、報告はそれだけではないでしょう?」

「はい。もう一つありまして、急いでいたのはそちらの件について伺いたかったためです。実は田脩様のことなのですが、黒山の中での地位が上昇しそうとのことです。なんでも田脩様の実力が認められての昇格とのことで、どう対処すれば良いかの指示をいただきたく急いでおりました」

「それはまた……急な話ですね」

「ええ。黒山の中では上の者に認められると立場が大きく上昇することは珍しくはないようですから。今回は偶然にも田脩様がそれに当てはまってしまったということらしいです」


 そうして報告を聞いた郭嘉は、軽く酒を口に含むとゆっくりと飲み干しながら思考を研ぎ澄ませていった。




 会話にも出てきたが、田脩は幽州の諸勢力についての調査を終えると一転して黒山賊の中に入り込んでいる。これは郭嘉の進言したことを、袁煕が許可したことで実現していた。


 そもそも郭嘉は幽州で育てた軍で一度は戦争をしておくべき、という考えを持っていた。荀彧や杜襲、陳羣の意見を聞き鮮于輔や閻柔との戦争は避けても良いかとは思うようになっていたが、どこかで実戦を経験する必要があるという考えであった。今の所その相手として最適だと郭嘉が考えている相手こそ黒山賊であった。


 黒山賊とは黄巾の乱に乗じて華北で暴れていた盗賊団であり、始めは張牛角ちょうぎゅうかくという人物が仕切っていた。その後に張牛角が亡くなると、新たな頭領として褚燕ちょえんという者が張燕ちょうえんと名を改めて引き継いで現在に至っている。

 張燕は自ら後漢に帰順して官位をもらうなどの巧みな処世術と、幾度も後漢の軍を撃破するほどの優れた指揮能力を活かして盗賊ながら黒山賊の立場を築き上げた傑物である。後に袁紹と敵対した際には公孫瓉と結んで対抗していたが、一時的に袁紹の下にいた呂布によって勢力を削られていた。それでも現時点まで袁紹に滅ぼされることなくその勢力を保っている未だに手ごわい相手であった。


 郭嘉は黒山を仮想敵と定めると、田脩を密偵として忍び込ませたり自ら情報収集をおこないより詳しく知ろうとしていた。加えて袁紹が黒山賊への抑えとしている并州刺史の高幹についても田脩配下の者に探らせていた。

 その結果として高幹が優れているという声を多く聞いたわけであったが、これに郭嘉は疑問を抱いた。


 現在の袁紹軍の主敵は曹操軍であり、高幹は基本的に黒山賊の抑えが仕事のほとんどであるとも言える状況にあって、高幹の評判がなぜ高いのか。

 これは黒山賊がそのような噂をばらまいているからだと郭嘉は考えている。高幹の評判が上がれば袁紹の意識から黒山賊を排除することができ、力を蓄えることができる。高幹にしてもうかつに攻撃して袁紹に背後の不安を抱かせ、不興を買いたくはないであろうからこの噂は助かるだろう。仮に袁煕も黒山賊の警戒の対象だとするならば、鮮于輔や閻柔に目を向けさせるためであろうか。


 こう考えていくと、高幹の評判が高まることで最も得をするのは黒山賊ということになる。


 黒山賊としては袁紹と曹操が戦い、勝利した方に帰順すれば問題はないのだろうから十分な時間稼ぎとなるだろう。最も張燕は曹操に使者を送っているのを見るあたり、曹操有利と考えているようではあるが。




 郭嘉はしばらくしてから新たに酒を一杯飲むと、ようやく口を開いた。


「田脩から黒山内部の序列については聞いているかい?張燕以外にも命令を出すような人物がいるという話は無かったと思うんだけど間違いはないかな」

「その通りです。すべての命令は完全に張燕から出されている模様です。張燕の側近にもなれば事前に相談などもあるようだとは言われていましたが、最終判断はすべて張燕がしているようだとのことです」

「なら問題はないか。田脩には素直に昇格を受けて残るように伝えておいて。命の危機が来ない限りはそのまま黒山に留まっておくように、とも伝えてね」

「かしこまりました。それ以外に伝えることはありますでしょうか?」

「今はそれだけかな。じゃあよろしく」

「失礼いたします」


 そういうと、郭嘉を残して席を立ち何気ない様子で酒場を後にした。




 郭嘉はその後に一杯だけ酒を呷るってから、その日はいつもより早めに自宅への帰路についた。


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