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新たな一歩

 馬上で揺られながら、袁煕から仕事を任された沮授が数名の従者たちを引き連れて道を進んでいた。

 沮授は馬に乗って道を進んでいる間に、自分の現状が考えていたものとは全く違っていたことに対する驚きとこれが自分にとっての大きな転機なのでは、という近ごろずっと頭の片隅にある予感のようなものについて考えていた。


 そのうちに考えている中で出てきた転機という言葉から、ふと自身のこれまでの人生について思い返していった。




 自身が若かった頃は、いまだに後漢がしっかりと存在していた。盤石であるとは言えずとも、後漢という国家としての形態は保っていた。

 そのような中で、学問を積んできたこともあって茂才として推挙されて官吏として働くようになった。

 そのようにして働き始めたと思ったら、間もなく世の中は戦乱の時代へと突入していった。自身も時代の流れにもまれながら生きていく中で袁紹様の配下となり、取り立てられて重要な地位に座るまでになることができた。


 しかし今になって思えば、そのころから醜い政争に深く関わるようになっていたのだろう。

 出身地の違いによる派閥形成や後継者についての争い、そういった中で立ち回っていた時期はこれまでの人生の中であるいは汚点とも表現出来よう。

 しかし、そのような政争があったおかげで今の自分の境遇があるのだということもまた事実である。私は政争に敗れる形で、袁煕様の補佐をすることに決まったのであるから。


 その人事が告げられた時には、言いようのない感情に襲われた。不安、悲しみ、怒り、諦め、というような様々な感情が心に中で混ざり合って、自分にとってその先の展望が暗転していくだろうということしか考えられなかった。


 それがどうであろうか。実際に訪れたのは、自分の考えとは全く違った状況である。

 まずは袁煕様に挨拶をした時から、予想を裏切られた。実際に話してみると凡庸などではなく、十分に優秀な方であったのだ。それに加えて田脩を通して以前より気にかけてくださっていたと言う事実は、袁紹様の陣営において立場が下がっていた自分にとっては想定外の事であったのと同時に、非常にうれしいとも感じた。そのことも袁煕様への好印象に少なからず影響していたのだろう。

 その後に幽州へ入ってからも荀彧殿をはじめとする知恵者たちとともに、良い意味での論争を繰り広げながら幽州の統治に取り組み始めているのが現在の自分の状況であるのだ。 


 最も、自分と張郃はあくまで袁紹様の臣下として袁煕様の下に派遣されているということになっているので、表向きはあくまで袁紹様の配下である。しかし、心の中ではこのまま袁煕様とともに歩んで行きたいと思い始めている自分も確実に存在している。………まあこの答えは今すぐ出さなければならないことではないのだから今は置いておこう。

 




 沮授がそのように自身の思考にふけっていると、ようやく薊のさらに東に向かった場所にある漁陽県の城郭が目視できるほどの距離にまで近づいていることに気付いた。

 そのことを認識すると、気を引き締めて進んでいった。






 そのまま漁陽へと入った沮授とその従者たちは、まずは宿へ行った。沮授はそこで体を清め、衣服を変えてから一軒の家へと向かった。


 そうしてから沮授が漁陽へと来ることになった人物の下へと向かった。その人物の家につくと客間に通され、もうすぐ主が来るのでそこで待つようにと伝えられた。

 沮授はそこで相手が来るのを待つ間に、再び今回の仕事をすることになった経緯について思い返していった。






「田豫殿を治中従事として招くのですか?」

「そうだ。そこで沮授殿には田豫殿への使者となってもらいたいのだが、どうかな?」

「それは構いませんが、そのようなことをしては危険が大きいのではないですか?田豫殿と言えば鮮于輔殿の右腕として働いている方ですから、こちらの情報が筒抜けになってしまいますよ」

「もちろんその危険性については理解している。しかし、それを逆に利用してこちらの勢力について見せつけて相手から敵対の意思をなくすことができるとも考えている。もちろん今のままでは効果はないだろうが、これからの発展次第では十分に可能だろう?」

「確かにそうですが、やはり危険が大きすぎるのではないでしょうか。こちらの情報を知ったところで敵対する可能性もあるでしょうし、やはり考え直した方が良いのでは」

「大丈夫だ。田豫殿を招くことには他にもいくつか意義があるから問題ない。事前に荀彧や郭嘉とも話して大丈夫だろうとの結論も出ているしな。では、使者としてよろしく頼むぞ。それから………」


 そうして使者となることが決まった沮授は、準備が終わると漁陽へと向かったのだった。

 そのような経緯で使者となったため、沮授自身としては田豫を招くことに消極的ではあった。

 それと同時に、自分には相談されなかったことからまだまだ袁煕からは信頼されていないということも感じ取っていた。




 そのようなことを考えながら待っていると、ついにこの家の主である田豫が沮授の前へとやって来た。


「初めまして、沮授殿。私がこの家の主の田豫でんよと申します」

「こちらこそ初めまして、私は沮授と申します。どうぞお見知りおきを」


 このような挨拶から二人の会談は始まった。


「さて、時間がないためにいきなりで悪いのですが今日来られた目的をお聞きしてもよろしいですか?私には袁煕殿を補佐されているはずの沮授殿が、このような時期にこの場所を訪れるほど重要なことがあるとは考えられませんのでね」


 挨拶が終わると、田豫は沮授に対してさっそく会談の本題を促した。


「そうですね、では本日の目的についてお話ししましょう。本日私が田豫殿にお願いしたいことは、どうか幽州の治中従事に就いていただきたい、ということなのです」

「私を治中従事に、ですか。………しかし、私は現在鮮于輔様の下で長史として働いております。そのことを把握したうえでそのような頼みをされているのですか?」

「もちろんそのことを理解した上で頼んでいます。こちらとしては、鮮于輔殿からの許可をいただいてから来てもらえれば良いので、今すぐに決める必要はありませんよ。どうぞよく考えた後に結論を出してもらって結構ですからね」


 そのような沮授の言葉を聞いた田豫は、まず相手の意図について考え始めた。




 その様子を見ていた沮授は、田豫に対して多少の同情を覚えていた。


(田豫殿はかなり悩むこととなるでしょうが、まあ仕方ないでしょうな。何しろ治中従事となれば州の官吏の中で州刺史、別駕従事に次ぐ地位となるのですから。そのような地位に完全に外部の者を招聘するとは、普通は考えられぬでしょう。すると、何か思惑があるのではという考えへと向かうものです。今も懸命になって人質とされたり罠に嵌められるといった様な可能性について考えているのでしょうかな。実際にはそのようなことはないとは言え、向こうはそのことを知らないのですから大いに悩む破目になるのでしょうなあ。)


 そこまで考えた沮授が再び田豫に目を向けると、いまだに頭を悩ませていることが見て取れた。


「田豫殿、まずはこのことを鮮于輔殿とも話し合われてはいかがですかな?田豫殿おひとりでは決めれぬこともあるでしょうから、先ほど申しました通り現在の主である鮮于輔殿と相談されてから結論を出していただいて構いませんので」


 田豫の様子を見た沮授は、改めてそのように提案した。この提案は田豫が招きに応じた場合には、同時に鮮于輔からの承諾も必要だと事前に袁煕から言われていたためでもあった。


「………そうですね、そうしてくだされば助かります。ですがその場合は返事はどうすれば良いのでしょうか?沮授殿は薊へと帰られるのですかね?」

「いえ、私はしばらく漁陽に滞在しております。その間に使用する宿も決めておりますので、返事が決まればそこへ連絡を下されば私の方から再び伺いますよ」

「そうですか、ではそのようにお願いいたします」

「分かりました。では今日の所はこれで失礼をいたします。突然訪ねたにもかかわらずお会い下さり、感謝いたします」

「いえ、こちらこそ大したもてなしもできずに申し訳ございませんでした。では、お気をつけて」




 そうしてあっという間に二人の一度目の会談は終わりを迎えた。


 会談が終わると、沮授はすぐに宿に戻ることはせずに漁陽の町を探索し始めた。

 こうして沮授が漁陽を訪れた理由としては、田豫と会うこと以外に漁陽の町を観察するためといった目的もあったためである。


 結局、その日は日が傾いてくる時間まで沮授は町の探索を続けていた。


 沮授は宿に戻ると、最初にその日見た漁陽の町についての報告を書くために見聞きしたことを思い出していった。 


(さて、今日見てきた漁陽の町についてまず思うことはかなり賑やかだった、ということですかな。確かにこのあたりは鉄や塩であるために中央より離れていても人が多いだろうとは思っていましたが、予想以上に賑わっていましたね。まあ漁陽の周辺は先だっての戦争における最前線から離れていたことも関係はしているのでしょうが。………薊の方も早くこのくらいまでは発展してもらいたいものですなあ。

 おっと、余計なことは考えずに報告を書くことに集中しないといけませんね。ほかには………)




 沮授はそのようにして漁陽についての報告をまとめていき、それが終わってから床に就いて夢の中へと入っていった。


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