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1+1=   作者: 陽菜
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咄嗟だったとはいえ汚れた軍手で手首を握ってしまったので薄く汚れがついてしまった。しかも彼女自身も汚れがついた軍手で顔を拭ったので顔にまで黒い線が一本。

リヤカーを起こそうとする汐見をとりあえず止めて先にハンカチで汚れをこする。

「い、稲葉君?」

「ああ…ごめんとれてない」

力加減がイマイチわからず押さえすぎない程度でこすったけれどあまり消えた感じがしなかった。むしろ汚れの範囲が広がった気がして逆に申し訳ない気持ちになる。

「天然め…」

「何?ごめん、聞こえなかった」

「あー、うん、後で洗うから大丈夫って言っただけ」

ぼそっとした声が聞こえず訊き返したけど首を振る汐見は苦笑い。

それを聞き流し、こすったせいか少し赤くなった頬でもう一度お礼を言う汐見をつい見つめた。

片側の目の下に入った線が薄らとだけど縦に広がったせいで、前々から思っていたことが確信に変わった気がして。

「似てる…」

「何か言った?」

「あ、ううん、なんでもない」

慌てて否定したものの、頭の中に浮かんでいるのはアライグマ。本人には言えないけれど実は汐見に似てると思ってる。眉からしてちょっと垂れ目気味だったり、柔らかくて少し丸めのラインだったり、肩口より短い癖のある髪だったり。

「ショーミ先輩何やってんの?なんか凄いことになってるけど」

「あ、ごめん!すぐ片付けるっ」

通りがかった男子の言葉にはっとして汐見がリヤカーを立て直した。俺の方も慌ててゴミ袋をリヤカーに詰める。手伝ってくれたのは確か野球部の2年生じゃなかっただろうか。お礼に応えて持ち場に戻っていく後ろ姿を見送りながら、汐見は同学年以外からも「ショーミ」で通ってることを思い出す。

汐見って呼び方より、ショーミって呼び方の方が近い感じがするかな、とか。

持ち手を掴んだ手からリヤカーを奪い直しながら考える。

「稲葉君もう電柱越えてる」

「うん…でもまだ質問途中だから終わるまではね」

空とぼけてリヤカーを持ち直したところで、不意うちの呟きに躓きかけた。

「…なんか、今ちょっと稲葉君がモテるのちょっとわかった気がする」

「…はっ?!ちょ、何いってんの急にっ」

何だそれ?!

言われた途端に赤くなった。

ばっと振り向いた先の汐見はさっきと打って変わったにこにこ笑顔。でもなんでだろう、親戚のおばさんを思い出す。

「だってホントに良い子だよー。私のことも、存在忘れるなんて酷いことされたらもっと怒っていいのに、逆に気遣うとかなかなか出来ることじゃないよ」

「いやだから良い子って……元々そんな接点あったわけじゃないし、そんな風に言われるほどのことじゃないって」

「接点の多い少ないは関係ないと思うけど。挨拶ひとつだって交流だもの。教室だってどこだって、直接接してなくたって一緒に過ごした時間はあったわけでしょ。積み重ねたはずの時間をなかったことにされたら、私だったら傷つく。たいした付き合いがない相手でも、どうでもいいって言われたみたいで悔しいし、やっぱり哀しいと思う」

なんて、ますます私が言えることじゃないけど、と茶化した声音がその後変わる。

「でも稲葉君はそのこと責めるんじゃなくて、私を心配してくれたでしょ。……そういうの、なんかちょっと感動する」

そんなに深く考えてなかったよ、なんて軽口たたくタイミングを見つけられないまま、汐見の横顔から目が離せない。

そんな風に気持ちを思いやられたら、こちらの方こそどうしていいかわからなくなる。

忘れられてショックを受けることを許せるほど、俺は自分と向き合っていない気がして。

「ありがとね」

自分の気持ちと好意的解釈との間の差異が大きすぎる。

ぽん、と腕をたたかれ頷いて、心中の戸惑いと熱くなった頬を隠した。



「というわけなので、私の答えは『稲葉君は怖くない』です」

その後、問いかけの答えを漸くもらいほっとした。

頷いたところで、今度はリヤカーを代わろうとする汐見の意識を逸らす方法を考える。運び手を代わるタイミングを質問の途中だからという理由で逸らしたので、じゃあ交代、と区切りがつく前に質問を重ねてしまいたい。

思えば訊きたいことなら他にも山のようにあったんだ。勉強の進み具合とか、志望校の話とか、後は小学生の部全国第三位の実績を持つという噂のソーラン節の話とか。

「あ、そうだこれもだ。あのさ、乙女ゲームで聞こうと思ったんだけど、汐見も割とハマってる方なの?」

「え、それを聞いちゃいますか。これでもそういうことを同世代の男子に言うのは恥ずかしいんだけど」

「あ、だめだった?」

「……う。なんかその言い方断りにくい。うーんまあ、毎日1時間続ける程度にはスキデスヨ」

妙に恥ずかしそうなのは内容故か。

珍しく照れた表情につられて妙に落ち着かない心地になる。

「今までどんなのやったの?」

「まだ1個だけだけど、この間王宮物をプレイし終わったかな」

「そうなんだ。汐見ってどんなキャラ選ぶの?」

「うーん、私の場合色々迷って結局普通キャラを選ぶんだよね。俺様とか王子様とかツンデレとか、嫌いじゃないんだけど、結局選ぶのはいつも無難なタイプ」

「ごめん詳しくないからわかんないんだけど、そういうゲームで無難ってどんな感じなの?」

「ホントに普通なキャラだよ。普通に格好良くて普通に優しいキャラ。ちょっと不器用だったりする方がツボにくるかも。立ち位置的には中途半端っていうか個性が薄いって言われちゃう感じ。世間の人気的にはマイナーなんだろうけど、そういう方が好きみたい。そして選ばないのは鬼畜系。怖可愛いとかわからないから絶対パス」

現実とゲームは違うだろうけど、なんとなくその答えにほっとする。

「なるほど。じゃあ普通キャラの次は、王子様キャラとか?」

「あ、それが私、同じ物語で違うキャラを選ぶってあんまり興味ないみたいで、次はもういっかってなるんだよね。だから次は違うゲームにしようと思って」

「ああ、それで学園物」

「う。そうなんです」

責めるつもりじゃなかったけど、項垂れる汐見を横目で見ながらふと思いつく。

自分の目にとまったゲーム設定。もしも自分の前にその世界があったなら。

「…あのさ、少しも思わなかった?リアルでも楽しんじゃおうって」

「うん?どういうこと?」

「ええと、馬鹿にしたいんじゃないからね。そこ勘違いしないで欲しいんだけど。…例えばだよ。例えば、もしもその夢が本当だったとしたら、この世界がリアル乙女ゲームになっちゃうわけでしょ。相手、じゃなくて、この場合は攻略対象っていうのか?要はポイントを押さえることでその相手と恋人同士になれるわけだよね。しかもゲームってことはそのポイントを押さえやすい。言い変えれば、そこを外さなければどんな相手とでも幸せになれる。そしたら汐見、凄いモテモテになることも夢じゃないかもしれないだろ。ゲームになるくらいだから相当格好いいタイプばかりなんだろうし、いい男に囲まれて、それこそハーレムだってできたかも」

なんて、それはむしろ都合のいい男の願望かな。

目線を戻すと、ぽかんと口をあけた汐見がいて、うっかり反応に困ってしまった。

つまりそういうことを彼女が考えたことがなかったのは明白で、一転下世話な自分を突きつけられて居た堪れない心地になる。

「あ、いや、ごめ」

焦って謝る前に汐見が唸った。

「え、ええー?それは考えたことなかったなぁ、でもどうだろう、…ええ、でも、うーん…ないなぁ。うん、ない。そもそもそれってなんか微妙な気がする。しかもあんまり嬉しくない気もする」

「え、そうかな」

悩んだ挙句の憮然とした顔と言い回しにが気になって、早々終わらせようと思った話を続けてしまう。

「うん。えーと、なんていえばいいかな、うまく言えるかわかんない、ちょっと待ってね」

額に手を遣り考える汐見は俺の意見を馬鹿にした様子でもなく至って真面目。

自分の考えが気恥ずかしい半面、汐見の答えが気になり素直に待った。

「そもそも私、稲葉君をゲームのキャラクターだとは思ったけど、他にどんな人がいたかはっきり思い出せないんだ」

「あれ、そうなの?」

「そうなの。なんとなくこんなのがいたなーみたいなのはあるけど、でも乙女ゲームならよくあるパターンの一つでしかないっていうか、他のゲームで同じような設定あるよねって言われたら区別できなくなる程度でしか覚えてないの。キャラからしてそんなだから、性格にしてもイベントにしても、押さえるべきポイントっていうのがわからない。だからまずそんな状況は実現しないと思う」

「え、じゃあ俺のもわからないの?」

「うん。稲葉君のもわからない。知ってるって思ったのは最初から名前と性格だけだったし。優等生タイプだけどどこか抜けててかわい…ってわあああ!ごめんなんでもないっ!」

「抜け…う、うん。そうか、そうなんだ」

汐見が他のキャラクターを把握してないって、そこまでは知らなかった。

というか俺、優等生キャラなのか。そして抜けてるのか。

学級委員だし成績も割と上位だし優等生はわからないでもないけど、抜けてると言われるとさすがに気になる。

…もしかしてたまに僕とか言っちゃうこととかばれてたりするんだろうか。

年頃になって一人称を直した時なかなか癖がぬけなかった事を思い出す。

「う、うん…って、あっそうか!」

「うん?」

はっとした顔で叫んだ汐見の足が止まる。

ちょうど校門脇のゴミ捨て場に着いたのでゴミ袋を下ろしていく。

それを見て慌てて手伝う汐見は未だ愕然とした面持ちで、顔色が悪くて俄かに心配になる。

「汐見、体調悪い?大丈夫?」

空になったリヤカーを反転したところで顔を覗きこんだら、汐見が強く首を振った。

そんなに振ったら頭が痛くなりそうだ。

「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないよ稲葉君!」

「そんなことって…何かあったっけ?」

「でも私ホントに知らないんだ、嘘じゃないんだ!」

「うん、何を?」

真剣な表情に引き込まれ、つられて神妙な顔になる。

「だからつまり、稲葉君の攻略方法!」

「…は?」

「ああもう本当どうしたらいいのか、どうしようー?!」

少し半泣きになりながら、汐見が俺の腕を掴んでがくがく揺さぶる。


ええとつまりどういうこと?


涙目の上目遣いにうっかり見入って声がなかなかでなかった。

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