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1+1=   作者: 陽菜
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稲葉っち視点です。3話完結。

「稲葉、ショーミ、俺に新しいビニール袋をくれ」

背後からかかったクラスメイトの声に頷いて差し出した右手がもうひとつの手と被る。

「ああ、はい」

「お疲れー」

「サンキュー、あとこれ、いっぱいになったやつね」

2つの内、先に差し出された方の袋を受け取った相手が、代わりにゴミがいっぱいに詰まった袋を差し出す。本日に限りお決まりの動作を、今度は先を越されないよう、伸ばされた手を遮って袋を受け取った。

地域のゴミを減らすことをテーマにした郊外活動。午後の時間をめいいっぱい使い、各学年クラス単位で決められた範囲をゴミを拾いながら歩いて回る。効用の割に生徒からはあまり評判が良くない行事だけど、受験シーズン中に限っては思いがけず気分転換になるせいか案外真面目に精を出す人も多い。おかげで男子が持ってくる袋は持てるだけ詰め込むせいでずっしりとした重さが発生。女子が受け取るには荷が勝つように思うのだけど、副委員長の立場にある彼女はたぶんそういったことにあまり頓着しない。だから毎回彼女が受け持とうとする仕事を横やり入れて奪う形になることが多くなる。俺としてはフォローしているつもりなんだけど、対する彼女は少しむくれた顔。また先越されたー、という呟きに突っ込むべきか実は毎回迷う。

「そろそろリヤカーいっぱいだね。まとめてゴミ置き場に置いてくるよ」

「や、俺が行くよ。重いし、汐見は残って見てて」

「だめだめ、稲葉君さっきもそう言って行ってくれたじゃない。仕事は公平に。副委員長は委員長を助けるものなり」

「こういうのは男の仕事でしょ。沢口も手ぇ貸してくれてるんだし気にしない」

「いやいやそしたらゴミ置き場と往復する分美化委員と委員長だけが運動量が多くなるでしょ。そしたら私の密やかなるダイエット計画はどこにいくのさ?!」

「今大声で宣言した時点で秘密じゃなくなったのはいいの?」

「は…っ!なんたる失態巧みな罠っ」

「汐見はフリーダムだなぁ…」

軽口の応酬が終わると、ぷっ、と小さな笑い声。

振り向いたところで目を三角にした小柄な少女が手を差し出した。

「2人で捨てにいったらいいんじゃない?クラスは私が見ててあげるから」

にっこり、というよりはニンマリ、と表現するのが正しい笑みにそれこそ巧みに促され、気付けば2人でゴミ置き場への道を歩いていた。いやまあ確かにゴミ捨ては誰がいってもいいわけだけど、通常クラス委員長のどちらかは現場監督の任を持つものだから、2人で割り当てられた場所を離れるのは少しだけ後ろ髪ひかれる思いがする。というかあれよあれよという間にこの状況に持っていける彼女が凄い。「沙紀は強引だからなー」なんて隣で暢気に呟く以上の力があることを、いつも一緒にいる汐見はわかっているんだろうか。

「高見沢って強引だよね」

「うんうん、沙紀って面白いよね」

「……」

男と女の意識の乖離は簡単には越えられない。にこにこ笑顔の汐見を見つめて、俺は話の矛先を変更した。

なんだかんだで2人きりになるのは久しぶりだ。それが誰かの意図した結果だとしても、流石に逃す手はないと思う。


「あのさ汐見、聞きたいことがあるんだけどちょっといい?」

「うん?うんいいよ、じゃあ次の電柱までは稲葉君の質問タイムね。次からは私。リヤカー引くのも私」

「あ、そこまだ拘ってたんだ…まあいいいよ、最初は俺ね」

一旦停止し、ずれてきた軍手をつけ直す。

ゴミ回収用に各クラスに1台配布されたリヤカーは、ゴミ袋が詰まると途端に運転の難易度があがる。持ち手の力のあるなしが思い切り操作に出るため女子1人で運ぶのは難しい。それにも関わらずしきりに持ち手を代わろうとするのは汐見の責任感、とたぶん罪悪感。しっかりちゃっかりもしてるのにこういうところでは甘え下手なんだろうか。なんとなく可笑しくて緩みかける唇に力を入れた。

って、待った。どうも最近気付くと思考が逸れてる気がする。

小さく咳払いをして気持ちを切り替えた。

「えーと、一回ちゃんと聞きたかったんだけど、汐見、俺のこと怖かったりしない?」

「え、怖いって何で?」

「この間聞いた記憶喪失の話の続き」

「あうっ!そ、その節は大変失礼いたしまして、というか未だしっかり思い出せず大変申し訳なく…」

「あ、うん。それは散々謝ってもらったから大丈夫。やっぱり信じられないとかそういうこと言いたいんじゃないんだ、だからそんな顔しないで、言い方悪くて俺もごめん」

急に悲壮な表情になる汐見に慌てて訂正を入れる。

事の起こりはついこの間の話。驚くべきことに、汐見は部分的記憶喪失に陥ってしまったらしい。

そしてその部分が指していたのが、俺。要するに、彼女が忘れてしまったのは稲葉航というクラスメイトの存在だった。

そして彼女に自分という人間の存在を忘れられてしまった俺は、そのことについて土下座で謝られるという、できれば二度と経験したくない珍事を体験した。

最初に見事なスライディング土下座を決められたことに驚きすぎて、話があると伝えられた時から続いていたそわそわ感が吹っ飛んだのは言わずもがな。いくら日本人の由緒正しき謝罪の形と言われようとも、本気で土下座された経験がある人は少ないと思う。知らなかったけど、あれはとても居た堪れないものだ。必然的に究極の上から目線になるし当然の如く人目も浴びる。相手が女の子で、しかも本人が意図したことでないもので謝っているとわかった場合、それによって生じた不都合はどうあれ、許す以外の選択肢を見つけることは難しい。殊勝に謝る相手に許す許さないの選択を迫られる一方で、自分の人間性を試される。恐ろしい行為なのだと今回学んだ。

数分の間に随分げっそりした後詳細を訊ねたことで、彼女がある日突然僕のことを忘れてしまった事実に纏わる色々を聞くに至った。


つまり、俺が彼女のクラスメイトであるという記憶を失ったこと。

そして、俺を乙女ゲームのキャラクターの1人と認識していた、ということを。


これが当事者でなかったなら、へぇ面白い、なんて言って片づけていたかもしれない話。

最初は正直半信半疑だった。それでも最終的に受け入れたのは、彼女が俺に嘘をついたところで利点がないということが一番の理由だと思う。

汐見と俺は同じ学級委員ではあるものの、特にこれといって揉めた記憶もなければ言うほど接点があったわけでもない。後期は学校行事も殆どないし、受験生ともなれば誰もが自分の事で精いっぱい。汐見と俺は小学校も違ったし、個人的なつきあいも挨拶や世間話程度のものしかない。そんな中で忘れたくなるような理由も忘れなければならない理由も思い当たらず、2人の間に何かあったのかと問われても、心当たりはないとしか答えられないのは俺も一緒だ。

事情は理解したし起こった事態は彼女自身のせいでもない。混乱して落ち込んで、辛かったのはきっと彼女自身だと思い至れば同情もする。

いくら忘れられたとはいえ自分が被害者面するのも違う気がするし、引き摺るのは格好悪いと割り切った。

それよりむしろ、打ち明け話の後訊ね損ねていることの方が気になって。

「…考えたんだけど、俺がクラスメイトって意識が汐見にないなら、知らない奴がいきなり知り合いみたいな顔で話しかけるのって気持ち悪くなかったかなって。しかも周りも自分を否定するって、実は結構キツい状況だっただろうなって。…って、あ」

口にしながら思いだす。

「…ごめん、しかも俺家にまでついてったね。家まで迎えにいったのも、実は相当怖かったんじゃない?……そんなつもりじゃなかったけど、本当ごめん」

「稲葉君……」

というか、悪気なくても結構ダメだろ。

口にすればするほど墓穴を掘ってしまう自分に気づいて落ち込んだ。

いくら知らなかったとはいえ、無造作に話しかけたり、家を訪問したり。彼女に良かれと思ってとった行動が実は全て裏目に出た可能性が高いことに頭が痛い思いがする。

というか今更気付いたのがまた痛い。

これまで自分が無神経だと思ったことはあまりなかった。だけど、事情を知らなかったとはいえ、もう少しやりようがあったんじゃないだろうかと思うと唇を噛みたい心地がする。

もし何かひとつ違っていたら。

もし本当に彼女のためになる気遣いができていたなら、最初に打ち明けられていたのも頼ってもらえたのも自分だったかもしれない。

ふと沸いた思いに少し胸が重たくなった。

汐見が家族と病院に行く前に、兄貴分だという晴樹さんに話して気持ちの整理ができたと言っていた。たぶん、その言葉が未だに耳にひっかかってる。


黙り込んだ僕と汐見の間で沈黙が落ちた。


と、思ったら、ずず、と鼻をすする音がした。

「しお、……えっなんでいきなり泣いてんの?!」

「うう、だって稲葉君……私はびっくりだよ、いくらなんでも人が良すぎでしょっ君はなんて良い子なんだ…っ殴りたいっ忘れる瞬間の私を殴って正気づかせたいよ!はっ今殴っても思い出せるかも?!」

「良い子って…いやいやいや!殴らない!殴らないで汐見!俺がっ俺が痛いからやめてくれ!」

「そうは言うけど稲葉君!」

「俺を思うなら俺のためにやめてくれ!」

勢い悲鳴のような声音で彼女の腕を掴んでなんとか止める。

両手を離してしまったのでリヤカーが倒れた。派手に響いた音はとりあえず横に置く。

「あっリヤカー、」

「それは後!」

汐見はこう、自分が悪いと思った時の行動が極端で心臓に悪いんだ。

どくどくと早鐘を打つ心臓を深呼吸で宥め、汐見の顔を覗きこむ。

「もう止める?」

「う、うん……ええと、ごめん」

つい、という言葉に、ふうとひとつ息を吐く。

こういうところがたまに彼女を目で追ってしまう理由かもと思った自分にちょっと驚いた。

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