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1+1=   作者: 陽菜
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授業中目が覚めてからこちら、混乱するばかりだった私の頭の中を晴樹君が整理してくれた。

私の拙い話しぶりから、事実と妄想をひとつひとつを確認して分類し系統づけるのはとても大変なことだったんじゃないかと思う。しかも曖昧な部分が多すぎる。ごめんよ晴樹君。心で詫びながら気付く。今日1日私謝ってばかりいる気がする。本当にごめん。

その上で晴樹君は色々な裏付けをとってくれた。


曰く、稲葉君と一緒に写ってる写真はないのか。(イベント写真は自分が写って分しかないので彼が写っているものはなかった。残念)

曰く、クラス名簿はないのか。(犯罪防止のために住所は記載されないがクラス名簿はあった。稲葉君の名前もあった)

曰く、子供の頃の写真を誰かが持っていないか。(沙紀にメールしたら写メをくれた。イケメンネットワーククラブ会員の中で出回っているらしい。何それ怖い)

曰く、聖陽暁学園という名の乙女ゲーム、あるいは類似したゲームが存在しているか。(似たような名前のゲームはたくさんあったけど、まんまの名前はなかった。そりゃそうか。実在する学校と同じ名前をつけたら問題がありすぎる)

曰く、稲葉航という名の乙女ゲームのキャラクターは存在するのか。(名字や名前だけなら似たものはあったけど丸々同じものはなかった)


結果彼は確かに実在するということが判明したのだけれど、人の証言以外で1人の人が存在することを証明できたということは私にとって大きな収穫だった。とりあえず宇宙人亡命説は消していい気がする。

何より晴樹君に打ち明けて気持ちを整理できたのは私の心を安定感のある場所に導いてくれた。

これを我が家ではケセラセラの精神と呼んでいる。

なんというか、例えばこれが大規模なドッキリだったとしても今の私には指摘する術はない。けれど、それならそれでいいかと思える程度の開き直れる余裕が戻ってきたのだ。

確かに私は、実在の人物をキャラクターに乙女ゲームを考え、且つそれを夢だったと思いこむような痛い娘さんなのかもしれない。けれど、それならそれでいいやと思えた。うん。多少痛いことは目を瞑ろう。


そして稲葉君には潔く謝ろう。

晴樹君はわざわざ伝えなくてもいいと言ってくれたけれど、私が彼の存在を覚えていないのは確かなのだ。

そのうち思い出すかもしれないけれど、今はやっぱり覚えてない。馬鹿みたいだと思うし、うまく説明できる自信もないけれど、それよりなにより彼に対して失礼だと思うのだ。


晴樹君が言っていたけど、人の思い込みというものは本当に強いものらしい。

事故で失ってしまった足が痛いと感じることもあれば、想像で妊娠してしまうこともある。


私が稲葉君を忘れたいと思ったかどうかはわからない。

正直言えばその時の私がそんなことを思うほど稲葉君と接触があったようにも思えない。

けれど実際私の中の記憶は抜け落ちてしまい、自分が誰かを忘れてしまうこともあるという怖いことも起こり得るのだと私は知った。

ならば、忘れてしまわないための努力もしようと思うようになった。今あるものを大事にして、そこにあるものありのままに受け止めて。一生懸命生きて、できるだけ後悔しないように生きねばと思ったのだ。


本音を言えばまたこんなことが起こるかもしれないと思うと正直怖い。

そんなわけで一応病院にも行ってきた。

先生には、そんなこともあるさ。そのうち思い出すこともあるから気長に様子を見ましょうか、という言葉をいただいた。たぶんもっと学術的な言葉だったり真摯に聞こえる言葉だったと思うのだが私はそう解釈した。


長い人生だもの。そんなこともある。でもだからって忘れることを怯えて縮こまってしまうのは勿体ない。だって記憶なんてそのうち思い出すこともあるものだ。これは本当にそうらしい。記憶喪失になってしまった人が10年たってふっと失くした記憶を思い出したりする例が実際に確認されているのだとか。

だから大丈夫。

きっと大丈夫。


言い聞かせながら私は荷物を手にし扉を開く。

今日も学校へ行って、授業を受けて、勉強をして、高校を目指す。

ボケ防止のために日記をつけて、友達との写真も残して、私が私であることを、きちんと足跡に残していこう。


朝の眩しい光が瞼を射した。

思わず眇めたその先に、見覚えのある頭があった。


「あれ?」

「おはよう、汐見」

「おはよう…って稲葉君?あれ、何で?」

「今日は学校出るらしいって高見沢さんから聞いたから」

「沙紀?あ、うん伝えたけど……もしかして迎えにきてくれたとか?」

私の家は彼の家の通り道だと言っていた。けれどこれまで偶然でも鉢合わせたことは一度もなかった。

にこっと笑った稲葉君に答を知って、私は妙にわたわたしてしまう。

そうだ彼には謝らなければ。

でもなんでお迎え?あれ、そういえば私、話があるって伝えたんだっけ?

「体調はもう大丈夫?」

「えっう、うんっ平気っはい!」

なんだかテンパってしまってどうにも答えがおかしい私。

朝日の中で見る稲葉君はとても爽やかで妙に眩しく感じてしまう。

彼を正面から見たことがないわけではないはずなのに、まるで初めてみたいな気持ちになる。

なんだろうこれ、どうしたんだろう、私やっぱりおかしくない?

「千花、何してんのお前。百面相してないでさっさといけ。入口塞ぐな」

そこにいられると邪魔なんだけど、と続いた晴樹君の声に目が覚める。

「あっ、うん、そうだ、ごめんねありがとう」

「おう?……あーなるほどね、おい、ちょっと待った稲葉君?」

慌てて階段を駆け下り稲葉君と並んだ私の上から晴樹君の声がかかる。

「とりあえず年相応でよろしくな。後、油断大敵って刻むの忘れるな?」

「……心に刻んでおきますよ」

「おー。んじゃ頑張れ受験生」

「え、なに、どういうこと?晴樹く」

「いこう汐見」

「え、えええ」

不意に腕をとられ引かれたのでつい歩きだしてしまった。


二の腕、掴んでるのは誰かじゃなくて稲葉君であって、うわあどうするよその場所はとてつもなく恥ずかしいんですが?!

あああ、でも触れてるってことは彼はやっぱり本物なのだということで、その点はちょっとほっとするというかなんというか、でもこの状況の意味がわからないのはどうしようもないというかどうしよう?!


すたすたと歩く彼はまるで何かに怒っている、というか気合いが入っているような雰囲気で、少しいつもと違う気がする。


あれ、いつもっていつのこと?


「いっ稲葉君待って、私1人で歩けるからっあの、腕を離してもらえるとっ」


心にふと浮かんだそれを吟味する間もないままパニックになりかけ涙目で伝えると、振り向いた稲葉君が息をつめて足を止めた。

瞬時といっていいかわからないものすごい速さでぱっと腕を放され私はほっと一息吐いた。

びっくりしすぎて色々心臓に悪すぎる。

けれどそれよりついでというのは失礼だけれど伝えねばならないことを伝えねば。

吸って吐いて息を整え、強い決意で彼を見上げる。


「ええと稲葉君、話したいことがあるんだけど、今日の放課後時間あるかな?」


言った途端に「今」の方が良かったんじゃないかと思った。

けれど言葉はそこから続かなかった。


「稲葉君…?」


何でそんなに真っ赤なの?


疑問が音にならなかったのは、私が自分の熱さを意識したからではないと思いたい。








半年後、私は沙紀と共に無事聖陽暁学園に合格した。

しかもなんと稲葉君も同じ学校だった。これじゃますます誰かさんの妄想通りっぽいとちらっと思ってしまったけれどまさかそんなことはないと思う。

その後どうにも色々それっぽい先輩やら教師やらOBやらに出会ったりしたけれどまさかまさかだってねぇ。来年入ってくる後輩に今から噂の人がいるとか学校外の人と絡んだりとか、することになるなんてさっぱり思わない私は、自分の妄想力に密かに戦慄するばかりだったりする。

そして気がつけば、


「汐見?」

「うん?」

「そろそろ俺の呼び方変えない?航って名前で呼んでくれると嬉しいんだけど」

「はい?!」

「お、俺も名前で呼ぶし」

「は、はいぃっ?!」


お願いだから真っ赤な顔でそういうことを言わないでください!とお願いするのが、いつの間にか私の日常になっていくとは。

まったくもって人生ってわからないものだと思います。

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