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その瞬間、パッと電気がつき閉じた瞼に光が射した気がした。
「起きたか汐見」
「え、あれ?」
ポコン、と丸めた教科書で軽く叩かれた衝撃で目を瞬く。どこかぼうっとする頭を押さえて上を向くと、そこには呆れた眼差しの数学教師がいた。そしてくすくすと笑うクラスメイトの声に囲まれているのに遅れて気付く。
やってしまった。どうやら授業中だったらしい。
「えーと、すみません」
とりあえず謝るとはぁと大きな溜息を吐かれてしまう。
「家に帰ってからの勉強も大事だが授業も大事だぞ。いくら受験生だと言っても夜はきちんと眠らないと知識は定着しないから、オンオフわけて体調管理に気をつけろ」
「はーい」
「お前らも。寝ないと余計抜けてくからな。だからって授業中には寝るなよ」
方々からあがる適当な返事に頷いて先生が教卓に戻っていくのを見ながら両手を顔に押し付ける。
運動部が引退して追い上げにかかる生徒が増えたせいか、妙な焦りが募るようで日々の勉強がうまくいってない。体調管理にまで及んでいるらしい焦燥感を改めて自覚し小さく唸る。
そういえば何か夢をみていたんだったか、まだどこかぼうっとしている気がする頭の隅で考える。
ついでに頬をつねって覚醒を促すと、隣からくすりと小さな声が聞こえた。
「大丈夫?」
「うん。……うん?」
と、返しながら横目で確認した…相手に、正しくは彼が横にいる光景に、何故か覚えがなかった。
あれ?
「汐見?」
「う、うん」
「もしかしてまだ寝ぼけてる?」
「かも……誰だっけ?」
「え……俺?」
「うん」
「えー?俺は稲葉航。ってどれだけ寝ぼけてんの?」
「ああ……うん、そうだよね、ごめん。ありがと」
稲葉、稲葉、と小さく呟いてやっぱり内心で首を捻る。思い出せない自分に違和感を感じる。おかしい、クラスにこんな人いただろうか?
ぱっちりした目元、すっきりした鼻筋、形の良い唇、どことなく品を感じさせるすんなりとした髪型。幼さあるものの整った顔立ちの少年が怪訝な顔で見つめくる。
ただ、どことなく覚えがないではない。見覚えがまったくないわけではないから全く知らないということはないのだろう。でも、自分のクラスに、況してや隣の席にいるのはおかしいとなんとなく感じる。
クラス替えがあった?いや、1年半ばの半端な時期にそれはない。席替えしたばかり?うちのクラスは3か月に1度のはず。そもそもクラスメイトという認識事態に違和感を感じる…なら、もしかして転校生?
悶々とした時間を過ごした後早速授業終わりに友人の席に赴き尋ねると、ぽかんとした顔で首を傾げられた。
「どこかで頭でも打ったの?稲葉君は中学からずっと一緒でしょうが。しかも委員長。千花は副委員長。あのイケメン忘れるって相当な寝ぼけ方じゃない?」
勉強のしすぎ?といいつつ私の額に手を伸ばす沙紀の言葉に呆気にとられる。
中学から一緒?しかも学級委員長?自分が副委員長であることは自覚があるけど、委員長は眼鏡が似合う西野君だったはず。正当派イケメンに分類される稲葉君のようなタイプではなく、普通に無難なタイプだったはず。
「西野君は前期、後期は稲葉君。……千花やっぱおかしいよ。ちょっと無理しすぎなんじゃない?次の体育休んだ方がいいかも」
心配げに覗きこまれて困惑しつつ首を振る。
おかしい。確かにおかしい。でもおかしいのは本当に私?
「あー…体育出たら目覚めるかもしれないし。今日って試合形式でしょ?チーム人数ギリギリだし出るよ」
「そうかなー、千花の場合、ボールが頭にあたって余計色々忘れたりしそうだけれど」
確かに運動神経は良いとは言えないけれども失礼な。
混乱しつつ口では反射で返した言葉だったけど、果たして嫌な予言は的中した。
高くバウンドしたサッカーボールが頭に命中して脳が揺れたのだ。
勿論ヘディングを意識してのことではまったくなかった。
「うわ、まさか本当にやるとは!大丈夫?!千花っ千花ー?!」
パコーンと私の頭にあたったボールはてんてんと転がった。
誰もが私に注目したため気付かれなかったけれど、実は緩い速度で転がったボールはギリギリゴール線を割ったらしい。結果1点差でうちのチームが勝ったのだけれど、私は喜び溢れる顔を見ることはできなかった。
そして沙紀の声を遠く聞きながら思いだす。
彼、稲葉航がクラスメイトだったこと。
でもそれは現実とは程遠い、乙女ゲームと呼ばれるゲーム内での話であったことを。