怪話篇 第五話 電話
1
『……竜児さんは、日課のジョギングの途中で、首を絞められたもので、何も取られた物のないことから、警察では通り魔の仕業ではないかとして、捜査を続けています』
「ほう、最近は物騒になったもんだなあ」
『……次に、昨夜カナダで行方不明となった旅客機は、日本時間の今日6時過ぎに、東部の森林地帯で発見されました』
「なんだ、また事故か……」
『詳しい事は未だ判っておりませんが、現地の模様などから見て、乗客・乗務員の安否は全員絶望とみられています。乗客の内、日本人は次に読み上げます方々です。東京都の……』
「……割と、乗ってたんだなあ。農協でも乗ってたのかー。あれっ。はっ、はは。まさかなあ。でも……。おーい、ちょっと来て見てくれよ」
『では、現地の山田さんに訊いてみましょう。山田さん』
「はーい」
「これ、岡山の芳樹じゃないのか?」
「どれ。あら、なーに? 凄いわねえ」
「あほう! もう、消えてもうたじゃないか。飛行機事故の名簿に、芳樹の名前があったんじゃあ」
「だって、芳樹はアメリカに行ってんでしょう」
「ええい、馬鹿もん! カナダっちゅうのはアメリカのすぐ隣だ!」
『……捜索は、続いてます』
『では、生存者のいる可能性はあるんでしょうか?』
『ええ。この寒さでは、たとえ生存者がいても、凍死してしまうでしょう。カナダのレスキュー部隊の隊員の一人に訊いたところでは、こんなところです。今回は、M電機の北米在住邦人の内、支店長クラスの人達の会合がオタワであった為に、大勢の日本人犠牲者が、出た模様です』
『それでは、日本人犠牲者の大半は、M電機の社員なんですね』
「そーれ見ろ。芳樹の会社のことじゃあないか」
「だけど、芳樹が乗ってたって訳じゃ……、」
『では、機体の未だ見付かっていない部分に伊東さん達が……』
「伊東さん達って……」
「静かにしろ」
『では、現地からのレポートを終わります』
「馬鹿! ゴジャゴジャ言ってる内に終わってもうた」
「でもねえ、やっぱりまさかねえ。あら、乗客名簿が出てるじゃない。これやっぱり、そうみたいねえ。ねえ、どうしましょう」
「どうしようたって、どうしよう」
「取敢えず、大阪のおばあちゃんとこへ電話してみようか?」
「ん、ああそうして……いや、それより賢樹のところだ。おお、おまえ、電話帖持ってこい。俺がかける」
「ねえ、賢樹君、一人で大丈夫かしら。ねえ、……どうしたんだい」
「ん、かからん。話中か。だが、おかしいぞ」
「電話局は?」
「うん。……あー、もしもし。電話が継がらんのだが。はい、番号は、***-****で、……。う~、遅い。う~~、……はいっ、はい、えっ。断線? 墓地の中でぇ、……嵐で直せない? 何とかならんのですか? ……駄目。ああ、そうですか、……すいませんどうも。いえ、はい、はい。どうも。……駄目だな。断線だそうだ」
「どうしましょう……、取敢えずおばあちゃんとこへ電話しますぅ?」
「ああ、そうしてくれ」
2
「もしもし、伊東ですが」
「あー、賢樹か? わしだ、わし。元気しとるか」
「何だ、父さんか。いったい、今何時だと思ってるんだよ。そっちは昼でも、日本じゃ夜中だぜ」
「ははは、悪い、悪い。珍しく、そっちと上手く回線が継がったものだから。どうだ、元気か」
「まったくもう、何考えてんだよ。こっちは明日、期末の試験なんだぜ。俺、これを落としたら留年なんだ。判る?」
「ああ、そうかー」
「そうかじゃないよ。んにしても、何だいこの電話。凄く悪いじゃないか、雑音ばっかで。ひょっとして、今言ったのちゃんと聞こえてるのかー」
「んー。ちゃんと聞こえとるぞー。そういや、あんまりいい状態じゃないなー」
「ああそうかい? ところで、これ、国際電話だろう。電話代で首が回らなくなっても知らないよ」
「えっ。ああ、電話代ね。心配いらんよ。特別の回線だから」
「ああー、会社のだなー。いくら支店長になったからって、会社の電話を私用に使っていいのかー」
「大丈夫、大丈夫」
「本当かー。それで、いったい何の用だよ!」
「ああ、そうだそうだ。あのなあ、……まあ、ちょっと言いにくいんだが……」
「さっさと言いなよ」
「ああ。あのなあ、わしら……、もうそっちには帰らんつもりなんだ」
「帰らんって、どういうつもりなんだよ」
「どういうつもりって、……早い話がなあ、そのう、……」
「だから何だって、んー、雑音がひどいねー」
「だからわしら、こっちで、そのう、永住しようかと……」
「えー、永住。母さんもかよ」
「ああ。わしも母さんも、結構ココが気に入っててね。まあ、多少は殺風景なとこではあるし、涼し過ぎるとこもあるが、住んでみればいい処なんでなあ」
「そりゃあ良かったなあ。好きにすれば」
「うん……。まあ、そうなんだが。出来れば、……そのう、おまえにも来て欲しいんだが」
「俺も? あのなあ、俺、大学あるんだぜ。それに、英語もフランス語も、苦手なんだよなあ」
「言葉の事なら、全然心配いらんぞ。わしでも何とかなってる。それに、こっちには知った人も割にいてなあ。ほら、昔近所に住んでた竜ちゃん。こないだ、偶然に会ってなあ。おまえにも会いたがってたぞ。竜ちゃんもこっちに住むそうだよ」
「竜ちゃん? あいつ、そっち言ってたのか。変だなあ。このあいだ、暑中見舞いもらった時は、毎朝町の中走ってるって言ってたのになあ。外国に行ったなんて、全然聞いてないよ」
「いやあ、偶然会ってねえ。元気だったぞ」
「ふうん……、竜ちゃんそっちに住むのか。そっか、永住か……」
「それから、そうそう。おまえが小学校の時の担任の先生。先生も見かけたぞ」
「ええー、それ人違いだよ! だって先生、5年も前に脳溢血で死んじゃってるんだよ。それに先生、凄い外人アレルギーで、絶対にそっちなんかに行く筈ないよ」
「そうか。うん。そうかも知れないな。けど、……なあ、賢樹。父さん達も、もういい歳だしなあ。いや、わしは何ともないぞ! わしはなっ。だが、母さんがなあ。大学だけが、人生じゃないぞ」
「勝手な事、言うなよな! 今は俺、大学生なの」
「んー、じゃあこっちの大学にこいや」
「あのなあ、父さん達が、勝手にそっちに永住するって決めたんだろう。それを、何のかんの言って……」
「まあ、そう言わずに。おまえだってココが絶対気に入るって」
「そう言う問題かよ」
「母さんの事考えろ。親孝行だぞ」
「誰の為だか。本当にもう。子供を何だと思ってるんだよ」
「なっ、なっ。いいだろう。母さん淋しがっとるぞ」
「泣き落としかよー。んっとにもう、強引なんだから」
「なあ、いいだろう、賢樹」
「判ったよ! もう」
「そうか! いやあ、よかった、よかった」
「だけど、未だ永住するって、決めた訳じゃないよ。まあ、そのうちに父さん達の顔見に行くから」
「そうか、そうか、来てくれるのか」
「今度の試験休みにな」
「うん、うん。すぐ、迎えに行こう」
「すぐって、もうせっかちなんだから。試験なの、試験。あー、うるさい」
「あーん、よく聞こえんぞー。兎に角、迎えをやるか……楽しみに……」
「勝手に決めんな。都合の悪いとこだけ聞こえないなんて、ずるい」
「ああ、母さんも喜んで……」
「あー、こら。くそ! 切っちまいやがった。なんて奴だ」
3
「折角電話線が直ったのになあ……」
「そうですねえ……、かける先が無くなってしまいましたね」
「ああ。しかし、……こんな事ってあるかい?」
「そうですよ。おばあちゃんも、ショックで寝込んじまいましたからねえ」
「今頃は、あっちで一緒だろうよ……」
eof.
初出:こむ 6号(1987年5月5日)