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第5話 帳簿を整えたら、予算が増えてきました

 離宮に来て1ヶ月が経った。


 正直に言うと、私は今、かなり充実している。


 朝は決まった時間に起きて、涼しい空気の中で白湯を飲む。

 朝食は温かいし、昼は適度に動いて、夜はちゃんと眠れる。


 前世では「ちゃんと眠れる」なんて最高の贅沢だった。

 今は毎日それができている。


 ……人間、これだけで十分幸せになれる。


 そんな平和な離宮に、また王城から人がやってきた。


 今度は会計担当の上席文官。

 先週来た若い文官より、かなり上の立場らしい。

 老執事が緊張した様子で迎えている。


 「第七王女殿下の離宮の会計について、精査に参りました」


 上席文官は細身で眼鏡をかけた、いかにも几帳面そうな人物だった。

 彼は台帳を受け取るなり、ページをめくる手が止まった。


 「……これは」


 「何かございましたか」


 「先月と書式が全然違います」


 「はあ」


 「統一されている。品目ごとに整理されている。使用量と在庫が照合できる」


 「……先々月の台帳もご確認になりますか?」


 「見ます」


 しばらく沈黙。


 文官はページを行ったり来たりした後、ようやく顔を上げた。


 「一ヶ月前から記録の形式が完全に変わっている。誰がやったんですか」


 老執事がまた私の方を見た。


 仕方なく、私は茶を飲みながら答えた。


 「私です。分かりにくかったので少し整理しました」


 「少し?」


 「使用量が見えた方が、補充タイミングが分かりやすいですよね。あとここ、同じ品物が三種類の名前で書かれていたので統一しました」


 文官は少しの間、私を見た。

 品定めするような視線だったが、私は気にしない。

 前世の職場で上司の視線には慣れている。


 「……殿下は、以前から会計に詳しかったのですか」


「詳しくはないですが、分かりにくいのは苦手なんです」


 「そうですか」


 文官はまた台帳に目を戻した。

 しばらく計算していたかと思うと、静かに言った。


 「実は離宮の予算は慢性的に不足していましたが、使用量と実績がきちんと出ていれば、本来配分できる枠があります」


 「枠?」


 「王城側の予算配分は、実績報告の精度に連動しています。これまでの離宮の台帳では、正確な実績が出せていなかった」


 「つまり……帳簿が整ったから、正当な予算が申請できるということですか」


 「そういうことになります」


 沈黙。


 文官は目を細めた。


 「殿下、意図してやりましたか」


 「いいえ。ただ分かりにくかったから整えただけです」


 本当だ。

 予算を増やそうとしたわけではない。

 ただ、管理台帳が読みにくいと私が困るから整えただけである。


 でもまあ、結果として予算が増えるなら、それは嬉しい。


 修繕したい場所はまだある。

 フェルドの言っていた生け垣も、厨房の古い棚も、廊下の雨漏り補修も。


 「申請が通れば、修繕費の一部が下りる可能性があります」


 「ありがたいことです」


 「……殿下は本当に変わっておられますね」


 「よく言われます」


 文官は小さく苦笑した。

 笑うんだ、この人。

 ちょっと意外だった。


 「王城の会計では、離宮はずっと()()()()()()()という扱いでした」


 「でしょうね」


 「ですが今月の報告書を出せば、それは変わると思います」


 「そうですか」


 「……殿下が戻りたくない理由も、少し分かった気がします」


 そう言って、文官は立ち上がった。

 帰り際に一礼していくところが、誠実な人だな、と思った。


 老執事がほっとした様子でため息をついている。


 「殿下……予算が下りるかもしれないとは、夢のようなお話です」


 「まだ通ったわけじゃないですが、可能性は出ましたね」


 「これも殿下のおかげで……」


 「帳簿を整えたら出てきた話ですよ。もともと受け取るべき分を、記録の不備でもらえていなかっただけです」


 執事はそれでも深く頭を下げた。


 私は照れくさくてお茶を飲んだ。


 前世では、整理した分だけ仕事が増えた。

 でもここでは、整理した分だけ暮らしが良くなる。


 ……やはりここは、前世のブラック企業より圧倒的にまともだ。


 翌日、修繕費の仮申請が通ったと連絡が来た。

 廊下の雨漏りと、厨房の棚の交換が、来月中に対応できる見込みらしい。


 料理長が厨房で小さくガッツポーズをしていた。


 私は廊下で、こっそり同じポーズをした。

 誰にも見られていないことを、一応確認してから。

 

読んでいただきありがとうございます。

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