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第4話 庭の草木も、整えると落ち着くんですよね

 離宮に来て3週間が過ぎたころ、私は庭が気になり始めた。


 住環境において、窓から見える景色は意外と重要だ。

 前世の私は、殺風景なビルの窓しか見られないオフィスで、ガラスに映る自分の顔が疲れ切っているのに気づいて、そのままぽっくり逝った。


 たぶん。


 詳細は記憶にないが、たぶんそんな感じだったと思う。


 だから今世では、せめて窓の外を眺めて「あ、悪くないな」と思える景色が欲しい。


 「ちょっとよろしいですか、ルナさ……」


 言いかけて、少し止まった。


 侍女に「さん」を付けるのは変だな、と気づいた。

 前世の感覚が抜けていない。

 職場では相手の立場に関わらず「さん」付けが基本だったから。

 でもここは王城で、私は一応、王女だ。


 「……ルナ、ちょっとよろしいですか」


 侍女のルナが廊下を小走りに来る。

 少し不思議そうな顔をしていた。


 「今、呼び方が変わりましたか?」


 「今さらですが、呼び捨てにします。さん付けの方が変でした」


 「……はい」


 ルナは少し間を置いてから、なんとなく嬉しそうに頷いた。


 最近は私を見ると少し笑顔が出るようになった。

 最初の頃は「可哀想な王女様を腫れ物に触るように扱う」顔だったが、そういう気配がだいぶ薄れてきた。


 「庭の手入れって、今どなたが担当なんでしたっけ」


 「えと……以前は庭師のフェルドさんがひとりで見ていたのですが、腰を悪くされてから……」


 「誰も担当になっていない?」


 「はい。急いで対応しなければいけない場所から、少しずつ、という形で……」


 なるほど。

 属人化して、担当者がいなくなったパターンだ。

 よくある。

 すごくよくある。


 「フェルドは今も離宮にいますか?」


 「はい。動けないほどではないのですが……」


 「話を聞きに行っていいですか」


 ルナがまた少し驚いた顔をした。

 そんなに不思議かな。

 現場を知らずに改善しようとするのが一番無駄なのに。


 老庭師のフェルドは離宮の端にある小さな棟で暮らしていた。

 白髪の老人で、私を見るなり立ち上がろうとしたから、「座っていてください」とすぐ止めた。


 「腰が良くないと聞きました」


 「恐れ多い……殿下がわざわざ」


 「庭のことを教えてください。何を優先すべきか、何が後回しにできるか」


 フェルドはしばらく黙っていた。

 たぶん、王女がそんなことを聞くとは思っていなかったのだろう。


 でも数分後には、ぽつりぽつりと話し始めた。


 北側の生け垣が伸びすぎていること。

 南の花壇は今が刈り込みの季節であること。

 中庭の石畳のあいだから生えた雑草は、今のうちに抜かないと秋に本格的に面倒になること。


 「つまり今すぐやるべきは、中庭の草取りと生け垣の整理、ですね」


 「左様にございます。花壇は来月でも間に合います」


 「分かりました。使用人の手が空いたときに少しずつ回しましょう」


 「殿下が……直接お動きになるおつもりで?」


 「さすがに草取りは自分ではやりませんよ。でも手順を整理して、誰でもできるようにするだけなら」


 フェルドは不思議そうな顔をした。

 けれど最後には、ふっと表情をゆるめた。


 「……殿下は、変わったお方ですな」


 「よく言われます」


 その翌日から、余った時間を使って侍女たちが中庭の草取りを始めた。

 一気にやろうとせず、朝の30分、夕方の30分。

 フェルドに聞いて作った優先順位リストの順番に、少しずつ。


 一週間後、中庭の石畳はかなりすっきりした。


 「きれいになりましたね」


 ルナが窓から外を見てうれしそうに言う。


 「見た目だけじゃなくて、石畳の凸凹で転ぶ危険も減りましたね」


 「確かに。物を運んでいるとき、あそこで躓きそうになることがあって」


 「そういう小さな危険を先に潰しておくと、後が楽ですよ」


 ルナが「なんだかすごい」と言うように目をまるくした。


 安全管理の話だけど、そう見えるならまあいい。


 その日の夕方、私は自室の窓から庭を見た。


 まだ全部きれいではない。

 奥の生け垣はまだ伸びたままだし、花壇もこれから。

 でも中庭だけは、すっと整っている。


 ……良い。


 前世のオフィスには窓すら満足になかった。

 あったとしても、見えるのは隣のビルの壁だった。


 今は、草の少なくなった石畳と、夕暮れに染まる木の影が見える。


 贅沢だな、と思った。

 本当に贅沢だ。


 夕食のとき、料理長が少し得意げに告げた。


 「今日は庭のハーブが少し採れましたんで、スープに入れました」


 「え、もう使えるんですか」


 「乾燥してたやつが物置に残ってたんですが、置き場所が整理されてから見つかりまして」


 「あ、あれがあったんですね」


 「ええ。おかげさまで」


 スープを一口飲む。

 かすかにハーブの香りがした。


 ……温かくて、おいしい。


 前世のコンビニ飯より、圧倒的に良い。


 満足しながら椀を置いたとき、ルナがくすっと笑った。


 「殿下、いつも食事のとき本当に幸せそうですね」


 「そうですか?」


 「はい。最初来たころから、ずっと」


 「まあ、おいしいものを食べているときは幸せですよ」


 「……殿下って、本当に不思議なお方です」


 不思議と言われるのは慣れてきた。


 でも別に不思議なことはしていない。

 ただ、静かに暮らしながら、少しずつ住みやすくしているだけだ。


 それが『王女らしくない』なら、まあ仕方がない。


 私には加護がない。

 だから加護のない王女らしく生きる。


 今のところ、その選択は正解だと思っている。

読んでいただきありがとうございます。

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