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第3話 加護なしの離宮だけ、なぜかうまく回っています

 離宮に移って二週間ほど経ったころ。


 最初に変化に気づいたのは、王城から派遣されてきた会計係だった。


 「……おかしい」


 応接間で台帳を見比べていた若い文官は、眉間にしわを寄せたまま何度もページをめくっている。


 離宮の執事が不安そうに尋ねた。


 「何か不備がありましたかな」

 

 「いえ、不備というか……逆です」


 「逆?」


 「物資の使用量が先月より減っているのに、不足の報告が減っています。しかも修繕依頼の優先順位まで整理されている」

 

 「はあ」


 「どうしてです?」


 執事は少しだけ言いよどみ、私の方を見た。


 私はその視線に気づかないふりをして、お茶を飲む。

 できれば巻き込まれたくない。

 静かに暮らしたい。


 だが文官の視線はすぐにこちらへ向いた。


 「第七王女殿下が、何か?」

 

 「いえ。私は少し置き場所を整えて、記録の仕方を簡単にしただけです」


 「少し?」


 「はい。少しです」


 本当に少しである。

 分類して、見える化して、優先順位を決めて、無駄を減らしただけだ。

 前世で散々やった。


 なのに、なぜか文官は信じられないものを見る顔をした。


 「それを殿下お一人で?」


 「一人というか、現場の皆さんに教えてもらいながらですね」


 「……加護もなく?」


 「加護は関係ありますか?」


 「普通はあります!」


 そんなに強く言われても困る。


 この国の人々にとって、何か特別な成果は加護によるものであることが多い。

 豊穣の加護を持つ者は畑を豊かにし、癒やしの加護を持つ者は病を和らげる。

 だから、目に見えて状況を良くする人間には、何かしらの加護があると思うのだろう。


 でも私は違う。


 強いて言うなら、前世の社畜経験で培った


 「足りない人手で現場を回す技能」


 があるだけである。


 嬉しくない特技だな、と少し思った。


 その日の午後、王城からさらに二人の侍女が視察名目でやってきた。

 本宮付きの侍女らしく、服装も態度もきっちりしている。


 彼女たちは最初こそ、離宮を見下したような目をしていた。

 けれど半日も滞在すれば、その表情は微妙に変わった。


 「……古いけれど、整っていますね」


 「無駄な動きが少ないわ」


 「厨房の導線が綺麗です」


 「洗濯物の管理札まで……?」


 最後には小声でこう言っていた。


 「本宮より分かりやすいかもしれない」


 それ、あまり大きな声で言わない方がいいですよ。


 私は内心でだけつぶやいた。


 その頃には、離宮の使用人たちも少しずつ自信を取り戻していた。


 若い侍女のルナは、以前よりはっきり物を言うようになったし、料理長は仕入れの相談を自分から持ってくるようになった。

 執事も、必要な修繕を遠慮なく一覧にまとめるようになった。


 人は、先が見えるだけで動きやすくなる。

 仕事の終わりが想像できるだけで、ずいぶん楽になる。

 前世で知ったことだ。


 その夕方、庭で少し伸びた枝を見ていた私は、王太子の側近だという青年文官に声をかけられた。


 「失礼。第七王女殿下でいらっしゃいますね」


 「はい」


 「殿下の離宮について、殿下の兄君が興味を持たれております」


 「兄が?」


 「加護なしの離宮が、なぜか最も安定して運用されている、と」


 うわ、面倒な話になってきた。


 私は思わず遠い目をした。


 評価されたいわけじゃない。

 王城に戻りたいわけでもない。

 ただ静かに、健康的に、できれば定時感覚で暮らしたいだけだ。


 なのに世の中は、少し上手く回るだけで人を放っておいてくれない。


 前世もそうだった。

「君、これ得意だよね」で仕事が増える。

 効率化したら、その分さらに仕事が積まれる。

 できる人間にばかり皺寄せが来る。


 ――いや、待って。


 私はそこで、はっとした。


 同じ轍は踏まない。

 もう限界社畜には戻らない。


 もし誰かが仕事を押しつけてくるなら、ちゃんと線を引こう。

 できることと、やらないことを分けよう。

 この快適な離宮暮らしを守るためにも。


 そう決意すると、不思議と少し気分が軽くなった。


 青年文官は私の返事を待っている。


 私はにっこりと笑った。


 「お兄様がご興味を持ってくださったのは光栄です」


 「では――」


 「ですが私は、離宮の暮らしがとても気に入っておりますので」


 「……はい?」


 「ここは静かですし、皆さんも働きやすそうですし、私は今、とても満足しているんです」


 青年文官は言葉を失った。


 たぶん彼の中では、冷遇された王女は不満を抱え、王城復帰の機会を望んでいるはずだったのだろう。


 でも違う。


 私にとってこれは左遷ではない。

 労働環境の改善だ。


 その認識のズレが、たぶん一番大きい。


 「殿下は……本当に変わっておられますね」

 

 「よく言われます」


 「加護なしで、なぜそこまで落ち着いていられるのですか」


 「前世より楽だからでしょうか」


 「ぜん、せ?」


 「あ」


 しまった、つい本音が出た。


 私はごまかすように微笑んだ。


 「気にしないでください。独り言です」


 「はあ……」


 納得していない顔だったが、深く追及はされなかった。


 青年文官が去ったあと、ルナが心配そうに駆け寄ってくる。


 「殿下、王城からお呼びがかかるのでしょうか」


 「どうでしょう」


 「せっかくここが落ち着いてきたのに……」


 「大丈夫。簡単には譲りません」


 「え?」


 「私の快適な生活は、私が守ります」


 そう言うと、ルナはきょとんとしたあと、くすっと笑った。


 つられて私も笑う。


 加護がなくてもいい。

 無能と呼ばれても構わない。


 そのおかげで得られた静かな暮らしがあって、

 その暮らしを少しずつ快適にしていけるのなら。


 それだけで、もう十分に勝っている。


 けれどどうやら周囲は、そう簡単には見逃してくれないらしい。


 加護なしの第七王女。

 冷遇されて離宮へ送られたはずの私。


 なのに、なぜか一番穏やかに、うまく暮らしている。


 そんな『おかしさ』に、王城の人々も少しずつ気づき始めていた。

読んでいただきありがとうございます。

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