第24話 書面を渡すことはできますが、私が動くつもりはありません
朝、庭に出ると、花壇がほぼ見頃になっていた。
白と紫が端から中央まで揃っていて、老庭師のフェルドが設計した並びの通りに咲いている。
欠けているものはほとんどない。
咲き始めのころの「まだこれから」という感じがなくなって、静かによく咲いている状態だった。
◇
昼前に書状が届いた。
『今日訪ねる。少し相談がある』という内容で、前回と同じく短かった。
ただし前回は『庭を見に行く』という書き方で、今回は『相談がある』という一文が入っていた。
ルナが書状の差出人を見た。
「また王太子殿下ですか」
「そのようです」
「今日もですか」
「今日です」
老執事が玄関の準備を確認しに来た。
通常通りで大丈夫だと伝えた。
昼過ぎにフィリアンが来た。従者は1名だった。
廊下を歩きながらフィリアンが外を見た。
「咲いたな」
「前回よりずいぶん増えました」
「見頃だ」
それから庭の話にはならなかった。
前回は庭を見に来たが、今日は別の目的がある。
廊下を歩く足音が静かで、応接間に通すまで余分な言葉が出なかった。
◇
「本宮の外交対応について少し話がある」とフィリアンが切り出した。
「聞かせてください」
「社交シーズン中、複数の客人対応で窓口が散っている。誰に確認すれば最終的な判断が出るか、外からは見えにくい状態だ。その結果として待ち時間が増えている」
「確認の流れが一本に整っていないわけですね」
「そういうことだ。お前の書面や整理の仕組みを、本宮側でも使えないかと考えている」
リシェルは少し間を置いた。
「書面を渡すことはできます。ただし、私がそちらへ行って直接回すつもりはありません」
「なぜ」
「こちらにはこちらの暮らしがあります。直接入ると、どこまでがこちらの仕事か曖昧になります。書面を渡して、本宮で回していただく形でないと、線が引けないです」
前世で言うなら、誰が決めるか曖昧なまま動く案件ほど、最後に一番近くにいた人間にしわ寄せが来た。
関わり始めると線は動く。
書面を渡すだけで済むうちが、線の引けるぎりぎりだと思っていた。
フィリアンがしばらく黙った。
「それでいい」
「直接来いとは言わない。まずはそれで試す」
「どのような書面が必要ですか」
「外交対応の窓口を一本化する手順と、客人への説明の書式だ。離宮で使っているものをたたき台にしてもらえれば十分だ」
「それなら出せます。ただ、本宮の規模と離宮では違いがあるので、そのまま使えるわけではないです。たたき台として渡す分には問題ないです」
「それでいい」
追加の話は出なかった。
◇
フィリアンは1時間いなかった。
見送りを終えて部屋に戻ると、ルナが「今日は何のご用でしたか」と聞いた。
「書面を渡す話でした」
「それだけで済んだんですか」
「相談の形が整理されていたので」
ルナが少し間を置いてから「そうですか」と言って出ていった。
庭に出ると、花壇が午後の光を受けていた。
白と紫が揃っていて、フィリアンが「見頃だ」と言った通りの状態だった。
今回は線の内側で済んだ。
書面を渡せば、次は本宮側の話だ。
ただ、関わり始めたことには変わりない。
次に何か言ってきたとき、同じように線が引けるかどうかは、そのときにならないと分からなかった。
そして離宮の花は静かに咲いていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




