第21話 王太子殿下は、春の庭を見に来たそうです
朝、庭に出ると、蕾がついていた。
先週まで細い芽だったものが、先端に丸い塊を持つようになっていた。
花壇の端から数えると、5本、6本。全部ではないが、確かにそこまで来ている。
老庭師のフェルドが「今週末から来週にかけて」と言っていた。
その通りになりそうだった。
土の匂いが変わっていた。
乾燥していた季節の匂いではなく、少し湿ったものが混じっている。
春が奥まで入ってきた、という感じがした。
◇
昼前に、王太子フィリアンが来た。
数日前に書状が届いていた。
『庭を見に行く、午前中には着く、長くいるつもりはない』という内容で、王太子の来訪の書状としてはずいぶん簡潔だった。
目的と時間が書いてある分、準備しやすかった。
ルナが廊下で待っていた。
「お出迎えをどうしますか」
「通常通りで大丈夫です」
「王太子殿下ですよ」
「はい」
ルナが少し黙ってから、「分かりました」と言った。
老執事が玄関で出迎えた。
フィリアンは従者を1名だけ連れてきていた。
廊下を歩く足音が少なくて、静かな来訪だった。
◇
庭に通した。
フィリアンが花壇の前で止まって、蕾の列を端から端まで見た。
しばらく見てから「咲いていないな」と言った。
「来週ごろの予定です」
「そうか」
庭の見学はそれで終わった。
前世でも現世でも、目的があって来る人は目当てのものを確認したらすぐ本題に入る。
フィリアンが「人が来るようになったと聞いた」と切り出した。
「はい。要請が届くことが増えました」
「どう対応している」
「時間と人数と質問数を事前に限定する条件を出して、承諾した方にだけ来てもらっています。目的が明記されていなければ断ります」
フィリアンが少し間を置いた。
「書面も出回っている」
「第二棟・第四棟・第五棟には届いていると聞いています。地方にも届いていると、先日の来訪者から知りました」
「これからさらに広がる可能性がある」
「そうかもしれないです」
フィリアンが庭の外を一度見た。
「書面を受け取る相手を絞ることはできるか」
「書面を渡す相手は絞れます。ただ、渡した先でどう使われるかまでは管理できないです。複製や再配布を禁じる旨を書面に入れることはできますが、守られるかどうかは別です」
「渡す範囲を限定することが今できる対応、ということか」
「はい。全体に配るつもりはないので」
フィリアンが頷いた。
「来訪が増えた場合は」
「条件を変えずに来てもらえる方だけ受けます。それ以外は断ります」
「断れるか」
「やりたくないことはやらないので」
フィリアンが少し黙った。
それから「分かった」と言った。
追加の話は出なかった。
花壇の方を向いたまま、少しして「本宮に戻ることは考えていないか」と聞いた。
「今のところ、考えていないです」
「理由を聞いてもいいか」
「ここの方が静かで、自分の動かし方が分かる場所なので。本宮に戻っても、やれることが増えるとは思えないです」
「そうか」
フィリアンはそれ以上聞かなかった。蕾を一度見てから「来週咲くなら、また来てもいいか」と言った。
「花が咲いたらお知らせします」
「そうしてくれ」
◇
フィリアンは1時間いなかった。
見送りから戻ると、ルナが「特に何もなかったですね」と言った。
「そうですね」
「よかったのかどうか分からないですが」
「よかったです」
庭に出ると、午後の光が花壇に当たっていた。
蕾は朝と変わらず、まだ開いていない。
フェルドの見立て通り、咲くのは来週になりそうだった。
前世だと上役の来訪があった日は終わった後に妙な重さが残った。
今日はそれがなかった。
話が短く終わると、終わった後の空気が軽い。
春になれば、来訪は増えるかもしれない。
書面が広がれば、問い合わせも増えるかもしれない。
ただ今日の庭は静かで、蕾がまだ閉じていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




