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第2話 社畜の習性で、離宮の仕事を整えてしまいました

 離宮暮らしが始まって五日目。


 私はようやく、この場所の問題点をだいたい把握した。


 人手が少ない。

 物の置き場所が決まっていない。

 連絡が遅い。

 在庫管理が曖昧。

 掃除の担当範囲が人によって違う。

 そして誰も全体を整理できていない。


 うん。

 よくあるやつだ。


 私は食堂で朝食を取りながら、目の前で慌ただしく動く侍女たちを眺めていた。


 「ルナ、井戸の桶が足りないわ!」

 「昨日、物置に運んだはずです!」

 「物置のどこ!?」

 「そこまでは……」

 「厨房の布巾も足りません!」

 「洗濯場です!」

 「昨日はなかったでしょう!?」


 朝から軽い混乱である。


 前世の感覚で言うなら、引き継ぎなき現場、属人化した業務、置き場所ルール不明、責任範囲曖昧。

 役満だ。


 私はスープを飲みながら、しみじみ思った。


 大変そうだけど、王城の権力争いに巻き込まれるよりは百倍ましだな。


 とはいえ、せっかくここで暮らすなら、住環境は快適なほうがいい。

 使用人たちがいつもバタバタしていたら、こちらも落ち着かない。


 だから私は、食後に離宮の執事へ声をかけた。


 「少し、帳簿を見せていただけますか?」


 「帳簿、ですか?」


 「物資の入出庫とか、修繕の記録とか、使用人の配置とか」


 「……殿下が?」


 「はい。暇なので」


 「お、お暇……」


 執事はひどく戸惑っていたが、最終的には古びた台帳をいくつか持ってきてくれた。


 ぱらぱらとめくって、私はすぐに理解した。


 想像以上にひどい。


 記録が抜けている。

 書式がばらばら。

 同じ品物が別の名前で書かれている。

 数が合っていない箇所も多い。

 たぶん忙しさのあまり、その場しのぎで継ぎ足してきたのだろう。


 でも、こういうのは責めても仕方がない。

 人が足りない現場ほど、記録は崩れる。

 前世で嫌というほど見た。


 「殿下……何か問題が?」


 「いえ、予想どおりです」


 「予想どおり」


 「悪い意味ではなく。少人数でこれだけ回しているなら、むしろ頑張っている方です」


 執事がぽかんとした顔をした。


 どうやら彼らは、私が文句を言うと思っていたらしい。

 そんなことしないのに。


 前世で上司に理不尽な詰め方をされ続けた人間は、現場に優しくなる。

 少なくとも私はそうだった。


 「紙と筆、それから余っている板札はありますか?」


 「板札、ですか?」


 「はい。あと紐も」


 数時間後。


 離宮の物置には、簡単な分類札がぶら下がっていた。


 《洗濯用品》

 《厨房消耗品》

 《寝具補修用》

 《掃除道具》

 《来客用》


 ついでに棚ごとに番号も振った。

 物を戻す場所を固定し、台帳の表記もなるべく統一する。

 なくなりそうな物には印をつける。

 誰が見ても分かるようにする。


 やっていることは地味だ。

 だが、地味だからこそ効く。


 「え……桶がすぐ見つかった……」

 「布巾の予備、こっちにまとめてあったのね」

 「この印、補充が必要な物ですか?」

 「昨日まで三十分かかってた探し物が……」


 使用人たちがざわざわし始める。


 私はそれを見て、ちょっとだけ満足した。


 いい。

 探し物の時間が減るだけで、人間はかなり穏やかになる。

 そして穏やかな職場は住みやすい。

 これは重要だ。


 「殿下、こちらは……」


 「とりあえずの仮運用です。実際に使いにくければ変えましょう」


 「か、仮……」


 「完璧を最初から目指すと続かないので」


 執事がますます変な顔をしていた。


 そう、改善は一回で完璧にしようとすると失敗する。

 まずは回る形を作って、あとで少しずつ直す。

 社畜時代の血で覚えた知恵である。

 あまり思い出したくはないけれど、役に立つならまあいいか。


 午後には、侍女たちの動きが目に見えて変わった。

 呼びに走る回数が減り、確認の手間が減り、ちょっとだけ余裕が出てきたのだ。


 その結果、今まで後回しだった場所まで掃除が行き届き始めた。


 離宮の庭を見ていた若い侍女が、感動したように言う。


 「なんだか最近、息がつきやすいです……」

 

 「それは良かったです」


 「加護を持つ方みたいに、一瞬で何かが変わったわけじゃないのに……」


 「一瞬で変わらない方が、たぶん長持ちしますよ」


 「……殿下って、不思議なお方ですね」


 不思議というか、前世で疲れきった結果、効率を愛するようになっただけなんだけど。


 その日の夕方、厨房から甘い匂いがした。

 見に行くと、料理長が珍しく上機嫌だった。


 「食材の残りが把握しやすくなったんで、無駄が減りましてね。今日は少しだけ焼き菓子を出せそうです」


 「本当ですか?」


 「ええ。離宮に入ってから、殿下は文句ひとつ言わねえのに、こっちの仕事ばっかり楽にしてくださる」


 ごつい料理長が照れくさそうに頭をかく。


 私はちょっと笑った。


 「私が快適に暮らしたいだけですよ」

 

 「それで周りまで助かるなら、十分すぎます」


 前世では、こういう言葉をあまりもらえなかった気がする。

 誰かの負担を減らしても、当たり前のように次の仕事が積まれただけだった。


 でもここでは、少し違う。


 やったことがちゃんと空気を軽くする。

 その変化が目に見える。


 ……ああ、やっぱり離宮暮らし、悪くないな。


 その夜、自室に戻る途中で、私は廊下の向こうから聞こえてきた声に足を止めた。


 「加護なしの王女殿下、だったわよね?」

 「そう聞いております」

 「なのに、あの方が来てから離宮の空気が変わったわ」

 「皆、少し楽そうです」


 ひそひそと話していたのは、王城から用事で来ていた女官たちだった。


 私は聞こえないふりをして通り過ぎる。


 加護なんてない。

 奇跡も起こせない。

 派手な力もない。


 でも、働き方を整えて、暮らしやすくすることならできる。


 それで十分だ。

 むしろ十分すぎる。


 だって私はもう、前世みたいに限界まで働かなくていいのだから。

読んでいただきありがとうございます。

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