第15話 段取りのいい来客は、話が早い
朝の光が、少し変わっていた。
同じ時刻に窓から射し込む光なのに、先週より明るい気がする。
ルナが窓を開けると、外の空気が部屋に入ってきた。冷たいけれど、どこか芯が違う。
「今日は布団が干せそうですね」
「そうですね」
「なんか光が違いますよね。春が近いんでしょうか」
「まだもう少し先だと思いますが」
ルナは空を見上げてから、特に何かするでもなく部屋の掃除に戻った。
私もそれ以上考えるでもなく、机に向かった。
今日は昼に来客がある。第四棟の文官だ。
◇
「第四棟より、文官がおいでになりました」
老執事が応接間の手前で告げた。
「通してください」
入ってきたのは、フェルマンより若い男だった。
30代の前半くらいだろう。書類を胸に抱えていて、入口で少し立ち止まった。
「失礼いたします。第四棟・管理担当のゼロムと申します」
「どうぞ」
椅子に着いてすぐ、彼は書類を机の上に置いた。
紙が1枚、びっしりと書き込まれている。
「ご条件に従い、事前に質問を3点にまとめてまいりました」
「見せてください」
受け取って読んだ。
品目の書式統一について1点、在庫照合の頻度について1点、消耗品の補充基準について1点。
どれも具体的だった。
書き方が丁寧で、質問の前に「書面の○ページを読んだが、これは〜という認識でよいか」という確認が先に書いてある。
読んでいる側は楽だ。
何が分からなくて何を聞きたいのかが最初から分かる。
「では順番に」
1点目、答えた。5分ほど。
2点目、答えた。離宮の帳簿を例に出したら、具体的なイメージが伝わりやすかった。7分ほど。
3点目、答えた。これは少し細かい話になったが、それも含めて10分で収まった。
「以上です。大変助かりました」
ゼロムが紙にメモを書き終えて、顔を上げた。
時間を確かめると、25分だった。
「……実はもう1点、よろしいでしょうか」
「今日の約束は3点でしたが」
「は、はい。申し訳ありません」
少し間があった。
「今回に限りお答えします。次回があるときは、最初から申告してください」
「……ありがとうございます」
4点目も短かった。2分で片付いた。
席を立ちながら、ゼロムが言った。
「……殿下の書面は、第二棟と第五棟にも共有されておりまして。来月あたりには、そちらからもお問い合わせが届くかもしれないと、上席から聞いております」
「その場合は同じ条件で受けます。同じように事前に整理して来てもらえれば問題ありません」
「はい。……本日は、思ったより早く終わりまして」
「来る前に整理してきてくださったからです」
ゼロムが少し目を丸くした。
それ以上何も言わず、深く一礼して出て行った。
前世で、「事前に質問を整理してきてください」と伝えた会議がいくつかあった。
整理してきた人は、一度もいなかった。
みんな自分の話したいことを頭に詰めて来て、2時間後も結論が出なかった。
準備してきた相手と話すのは、これほど違う。
◇
夕方、老執事が廊下で声をかけてきた。
「本日の来訪者、ずいぶんお早くお帰りになりましたな」
「準備してきてくれていたので」
「……それだけで、あのように早く?」
「それだけです」
老執事はしばらく何か考えてから、「なるほど」とだけ言った。
特にそれ以上は聞いてこなかった。
◇
夕食のあと、ルナが聞いてきた。
「今日の来訪はどうでしたか」
「予定通りでした」
「よかったです。……あの、少し聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「第二棟や第五棟からも問い合わせが来るって聞こえたんですが、あの、偶然聞こえてしまって」
「そうらしいです。書面が回っているようで」
「殿下が書いたものが、王城の中を回っているんですね」
「読まれているかどうかは先方次第ですが」
ルナが少し黙った。
「……なんか、じわじわ広まっていってますね」
そうかもしれない、と思った。
春になったら社交シーズンが始まるらしい。
フィリアンが来ると言っている。第二棟と第五棟からも話が来るかもしれない。
離宮は静かなままだ。
ただ、どうやら外からだんだん見られている。
不快ではなかった。ただ少し、妙な感じがした。
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