第13話 冬の庭には、来春の話があります
薪の追加手配が終わったのは、書面を送った1週間後だった。
発注した量が届き、薪小屋に積まれた。フェルドが確認して、台帳に数を書き入れた。これで厳冬になっても2週間の余裕がある。
翌日は、厚手の寝具の点検をした。
老執事が納戸から引っ張り出し、ルナと侍女たちが広げて確認した。虫食いが出ていた2枚は下ろして、新しいものを発注する。残りは問題なし。
「昨年より早く準備が終わりました」
老執事が言った。声に、少し力が入っていた。
「毎年この時期になって、焦って動いていましたので」
「台帳があると、去年何が足りなかったか分かりますから」
「……殿下、変わっておられますな」
「よく言われます」
老執事は深く頭を下げた。
◇
さて、庭師フェルドのところへ行く約束がある。
庭師の小棟は離宮の南端にあった。昔は温室として使われていたらしく、南向きの窓が大きい。冬の陽光が差し込んで、中は思ったより暖かかった。
フェルドは作業台の前に座り、道具を手入れしながら待っていた。
「来てくれましたか」
「約束しましたから」
「……座ってください。長くなるかもしれないので」
長い話か。
小さな椅子を借りて、向かいに座った。
フェルドは少し間を置いてから、話し始めた。内容は、来春の庭の話だった。
中庭の草は取り終えた。生け垣もだいたい整理できた。では次は何か。
フェルドには、ずっとやりたかったことがあるらしい。
「南の花壇、ご覧になりましたか」
「見ました。土があまりよくないですね」
「そうなんです。前任の庭師が土を替えないまま花だけ植えていたので、段々と育ちが悪くなって」
「土を替えるのは、いつ頃がいいですか」
「早春が一番です。雪解けのあと、根が動き始める前に」
「やれそうですか」
フェルドが顔を上げた。
「腰さえ持てば」
「無理のない範囲で考えましょう。必要な道具や土は今あるものでいけますか」
そこから先が長かった。
土の種類のこと、以前に何を植えていたか、来春に入れたい球根、水はけの改善、日当たりに合わせた植え方。
フェルドは10年分くらいの話を持っていた。
前世で言うなら「引き継ぎを一度もしてもらえなかった、知識だけは豊富な熟練担当者」に近い。話す相手がいなかっただけで、頭の中には整理された順番がある。
私は紙を取り出して、ぽつぽつとメモを書いた。来
春のこと、再来年のこと、いずれできればいいこと。
フェルドは話しながら、手がよく動いた。
さっきまで膝の上で静止していた手が、植える場所を示すように宙を動いた。
1時間ほどで、ひと段落した。
「……よく聞いてくださいましたね」
「面白かったので」
フェルドが短く笑った。しわが深く寄った。
帰り道、前世のことを少し思った。
先の計画を話す余裕がなかった。
目の前の締め切りを片付けるだけで、来年どうするかなんて落ち着いて話す時間はなかった。
ここでは普通にできる。
それだけのことが、思ったより大きかった。
◇
夕方、老執事が封書を持ってきた。
「王城第4棟の管轄文官からでございます。帳簿管理の書面について、確認したいことがあると……」
受け取って開いた。
箇条書きで3点の質問が書かれていた。
書式の確認、在庫の照合タイミング、記録の頻度について。
どれも、書面に書いた内容だ。
「返書を出します。書面の何ページに書いてあるか、番号を示します」
「……それだけでよろしいので?」
「書面に書いてあることなので」
返書は短く書いた。
『質問1は4ページ、質問2は6〜7ページ、質問3は8ページに記載があります。ご確認ください』
老執事がおそるおそる受け取った。
少し言いかけて、やめた。
深く頭を下げて、持って行った。
問い合わせが来ること自体は想定の範囲内だ。
書いてある場所を伝えるだけにする。それ以上は、やらない。
◇
「殿下、今日はフェルドさんのところに行かれたんですよね」
夕食のあと、ルナが聞いてきた。
「来春の花壇の話を聞いてきました」
「花壇、ですか」
「土から替える予定で、早春に球根を入れたいそうです。場所によって日当たりが違うから、何を植えるか考えておきたいと言っていて」
「……来春の話をされているんですね」
「そうです」
ルナが茶器を持ったまま、少し黙った。
「殿下は、ここにずっといるんですね」
「そのつもりですよ」
「……よかったです」
それだけ言って、ルナは片付けを続けた。
窓の外は暗く、よく冷えていた。
来春、南の花壇に球根を入れる。
どんな花が咲くかは、フェルドもまだ決めていないらしい。
何種類か候補があって、土が直ってから考えたいと言っていた。
咲くかどうかも、春になってみなければ分からない。
それでいいと思いながら、食堂へ向かった。
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