第10話 加護なしの王女が、一番うまくいっている件について
秋も深まったある日。
王城から、会計部門の年次報告書がまとまったという連絡が来た。
何でもこの王国では毎年秋に、各宮の運営実績を取りまとめて王城に提出する習わしがあるらしい。
老執事がいつになく緊張した面持ちで私の部屋へ来た。
「殿下、今年の実績報告書が届きました」
「離宮の?」
「はい……それと、王城からの評価書も一緒に」
「評価書?」
「各宮の運営について、会計部門が評価を付けるんです。例年は離宮は……その、あまり良くなかったんですが」
執事が言いよどむ。
察した。
毎年、管理不備でぼろぼろの評価をもらっていたのだろう。
「見てもいいですか」
「は、はい……」
受け取った評価書を開いた。
物資管理:良好。
帳簿精度:大幅改善。
修繕対応:適切。
予算執行:適正。
「……」
「殿下」
「全項目、上から二番目の評価ですね」
「はい。担当文官の所見欄に……」
「見ます」
所見欄にはこうあった。
『今年度より帳簿の精度が飛躍的に向上し、実績ベースの申請が可能となった。修繕対応の優先順位付けも適切で、予算執行に無駄がない。これまでの宮の中で、最も改善の見られた施設である』
私はそれを読んで、ひとつため息をついた。
ため息の理由は色々ある。
面倒なことになりそうだ、というのが一番大きい。
案の定、その翌日には王城から使いが来た。
「王太子殿下より、殿下のご功績を称えたいとのお言葉です」
「……功績というほどのことは」
「ご謙遜を」
「謙遜ではなく、帳簿を整えただけです」
使者の青年文官が困った顔をした。
「殿下、一度だけでも王城においでいただけませんか。正式な場でお話をしたいと」
「正式な場、というのは」
「会議の場で、殿下の運営改善の経緯をお聞きしたい、と」
会議。
その言葉が、前世の記憶を呼び起こした。
終わりの時間が決まらない会議。
資料の準備に一晩かかる会議。
結論が出ない会議。
終わったと思ったら「じゃあ次回また」という会議。
私は静かに答えた。
「会議は……苦手です」
「は?」
「その会議は、どれくらいかかりますか」
「それは……内容によって」
「終わりの時間が決まっていない会議には、出席しません」
青年文官が固まった。
でもこれは大事なことだ。
終わりが分からない場所に飛び込むのは、前世で散々やって懲りている。
「殿下……」
「もし話を聞きたいなら、1時間以内で、あらかじめ議題を共有してもらえれば考えます。そうでなければ、書面でお答えします」
「……し、書面で?」
「はい。文章の方が正確ですし、記録も残ります」
青年文官は呆然としていた。
ここまで明確に条件を出した王族に、初めて会ったのかもしれない。
でもこれは前世で学んだ重要スキルだ。
会議は参加前に設計する。
それだけで消耗が大幅に減る。
使者が帰ったあと、老執事が恐る恐る聞いてきた。
「殿下……王城からのお呼びを、条件付きでお断りになって、よろしかったのですか」
「断ったわけではないです。条件を示しただけです」
「しかし……」
「もし王太子殿下が本気で話を聞きたいなら、議題と時間を決めて来てくださるはずです。それができないなら、そういう話だということです」
執事はしばらく黙っていた。
やがてぽつりと言った。
「……殿下は本当に、変わっておられますな」
「よく言われます」
「ですが、おかげで離宮の者たちは助かっております」
「私が快適に暮らしたかっただけですよ」
「それでも」
執事は深く頭を下げた。
私は少し照れて、庭の方を見た。
木の葉が夕日に赤く染まっている。
今日もきれいだ。
翌日、王太子殿下から文書が届いた。
内容は短かった。
『来週の午後、1時間。議題:離宮運営改善の経緯について。以上。フィリアン』
私は思わず笑った。
ちゃんと条件を呑んだ。
意外と話が分かる人だな、とあらためて思った。
ルナに見せると、目をぱちぱちさせた。
「殿下、本当に来てくれましたね」
「来ましたね」
「王太子殿下がそんなにあっさり条件を……」
「まあ、合理的な方なんでしょう」
あるいは、私のことを少し面白がっているのかもしれないが。
どちらでもいい。
1時間、議題明確、それだけ守ってもらえれば。
加護なしの第七王女が、離宮で静かに暮らし始めて、数ヶ月。
気づけば帳簿が整い、物置が整い、庭が整い、修繕が進み、使用人たちの顔が明るくなっていた。
私は何も劇的なことをしたつもりはない。
ただ、快適に暮らしたかっただけだ。
でもどうやら周囲は、それをそう見ていないらしい。
『加護なしのはずなのに、なぜあの離宮だけうまくいっているのか』
その答えは、私の中では明確だ。
加護のない分、頭と手を使った。
前世で覚えたことを、今世で少しずつ使った。
そして何より、『無理をしない』を選んだ。
前世で限界まで働いて倒れた私が、今世でようやく覚えている。
休むのは怠けではない。
断るのは弱さではない。
できることをできる範囲でやるのが、一番長く続く。
静かな離宮で、秋の日差しの中、私はそう思った。
来週、王太子殿下と話すことになった。
1時間、議題明確。
それ以上は引き受けない。
快適な離宮暮らしは、私が守る。
そのためならば、王族相手でも、条件を出す。
加護なしで、無能と言われて、端に追いやられた第七王女。
だけど今のところ、その結果たどり着いた場所は、前世のどんな職場より居心地がいい。
……まあ、悪くない。
むしろかなり、良い。
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