第1話 加護なしの第七王女、離宮へ送られる
王族はみな、十五の春に神殿で加護を授かる。
炎の加護、水の加護、豊穣の加護、癒やしの加護。
加護の種類はさまざまだが、王家の血を引く者ならば、何かしらは必ず与えられる。
それが、この国では当たり前だった。
だからこそ、神殿にいた誰もが息をのんだ。
「……加護の反応が、ありません」
神官長の震える声が、やけに広い大聖堂に響いた。
壇上に立っていた私は、ぱちりと瞬きをする。
反応がない?
ゼロ?
そんなこと、あるんだ。
玉座の横で儀式を見守っていた国王陛下――私の父は、露骨に眉をひそめた。
王妃たちも、兄姉たちも、周囲の貴族たちも、皆そろって同じ顔をしている。
困惑。
失望。
そして、ほんの少しの軽蔑。
私は第七王女、リシェル・アルヴェイン。
王女とはいえ、母はすでに亡く、後ろ盾も弱い。
そんな私が、よりによって『加護なし』だなんて。
ああ、これは面倒なことになるな、と他人事みたいに思った。
「もう一度だ。測定をやり直せ」
父の命で、神官たちは慌てて儀式を繰り返した。
けれど結果は変わらない。
光らない。
反応しない。
何も起きない。
最終的に神官長は青ざめた顔で宣言した。
「第七王女殿下には……加護が、確認されませんでした」
ざわり、と場が揺れる。
「加護なしなど聞いたことがない」
「王族にそんなことが」
「不吉だわ」
「役立たずではなくて?」
遠慮のないひそひそ声が耳に入ってくる。
でもまあ、そんなことを言われても仕方がない。
この世界において加護は、ほとんど身分証明書のようなものだ。
強い加護があれば価値がある。なければ価値が低い。
単純で分かりやすい。
前世の会社みたいだな、と私は思った。
成果が出る社員は大事にされる。
目に見える数字を持たない社員は、便利に使われて、最後は雑に扱われる。
うん、知ってる。すごく知ってる。
――だから、意外とショックはなかった。
むしろ問題は、このあとどういう面倒が降ってくるかだ。
案の定、その日のうちに決まった。
私は王城の本宮ではなく、敷地の北端にある離宮へ移されることになった。
表向きは「静養のため」。
実際は「目障りだから端へ置いておけ」だろう。
侍女長は気まずそうに告げた。
「第七王女殿下……ご不便をおかけいたします」
「離宮って、かなり古い建物なんですよね?」
「は、はい。使用人の数も最低限で……」
「静かですか?」
「え?」
「静かで、人の出入りが少なくて、急な呼び出しとか、あまりありません?」
「そ、そのはずですが……」
その瞬間、私は思わず両手を組んだ。
最高では?
侍女長がぎょっとした顔をする。
いや、だって。
前世の私は限界社畜だった。
朝は始発寸前、夜は終電かタクシー。
昼休みは実質ゼロ。
上司の気分で差し込み業務が飛んでくる。
休日の連絡は当たり前。
「ちょっとだけ」が三時間になる。
寝不足で笑えなくなったころ、私はたぶん、あっさり倒れて死んだ。
その記憶が、この世界で物心ついたころからなんとなく残っていた。
だからこそ思う。
怒鳴る上司がいない。
無茶振り会議がない。
夜中の緊急呼び出しがない。
人が少ない。
静か。
部屋がある。
食事も出る。
それ、冷遇というより福利厚生が改善してません?
離宮に着いたのは、三日後だった。
確かに古かった。
壁紙は少し剥がれ、庭は半ば放置され、調度品も本宮に比べればかなり見劣りする。
けれど、私には十分すぎた。
「広い……」
思わずつぶやくと、荷物を運んでいた年配の侍女が申し訳なさそうに頭を下げた。
「お許しくださいませ。急ぎ整えましたが、あまり良い品は回せず……」
「いえ、十分です。十分すぎます」
「え?」
「この部屋、私ひとりで使っていいんですか?」
「は、はい。もちろんでございますが……」
「静かですね」
「それは、まあ……」
「落ち着く……」
私は寝台の端に腰掛けて、しみじみ息をついた。
ふかふかの布団。
窓際には日差し。
机がある。
椅子がある。
しかも誰も「これ今日中に」と書類の山を置いていかない。
夢かな?
侍女ふたりが、なぜか泣きそうな顔をしていた。
「殿下……なんてお労しい……」
「本宮でよほどお辛い思いを……」
いや、違うんです。
本気で喜んでます。
その日の夕食は、確かに質素だった。
スープ、パン、小さな肉料理、少しの果物。
でも前世でコンビニおにぎりをかじりながら深夜残業していた身からすると、温かい汁物が出る時点で勝ちである。
「おいしい……」
また侍女たちが潤んだ目をした。
たぶん私は、相当かわいそうな王女だと思われている。
でも本人だけが妙に満足していた。
食後、私は離宮の責任者だという初老の執事から、使用人の人数や建物の現状について簡単な説明を受けた。
使用人は最低限。
予算も少ない。
修繕は後回し。
物資の補充も遅れがち。
なるほど。
つまりここは、王家の施設でありながら、かなり雑に運用されているらしい。
……あれ?
それって逆に、ちょっと整えたらかなり快適になるのでは?
前世の私は、地獄みたいな職場で無茶な納期と足りない人手に揉まれながら、業務整理、書類管理、備品見直し、連絡フロー改善みたいなことを半ば自力でやってきた。
言ってしまえば、私は戦うのは苦手だけど、回っていない現場を回すのはわりと得意だ。
そしてここには、改善の余地が山ほどある。
「……悪くないかも」
小さくつぶやくと、執事が首をかしげた。
「何かおっしゃいましたか、殿下」
「いえ。この離宮、思ったよりずっと住みやすそうだなって」
「……は?」
執事は固まった。
でも本心だ。
加護なし。
無能。
冷遇。
結構。
その結果たどり着いた先が、静かで平和で、無茶振りの少ない離宮暮らしなら。
前世より、ずっと楽だ。
私はふっと笑って、窓の外を見た。
夕暮れの庭は少し寂れていたけれど、空気は澄んでいて、やけに静かだった。
ここでなら、ちゃんと眠れそうだ。
その事実だけで、もう十分に幸せだった。
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