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デバッグヒロイン 親父から届いた誕生日プレゼントは本音が視えるデバイスだった件  作者: バナナオレ


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8/12

ピントは「俺」が合わせる

ライブハウス裏の薄暗い路地。

 如月キサラギ律先輩が僕の背後に回り込み、僕の手にある解析端末を自分の小さな手で包み込む。彼女のヘッドフォンから漏れる重低音が、僕の心拍を加速させていた。


「お兄さん、指の力抜いて。ボクのビートに、君のシステムを委ねてよ……」


 如月先輩が僕の指に自分の指を重ね、特定のパターンで画面を叩く。

 視界が【サイバーグリーン】に染まり、数千人のオタクがひしめく秋葉原の地図が、一音一音刻まれるリズム譜へと変わっていく。


「ちょっとぉ! 何やってんのよ、その泥棒猫! 離れなさいよ!」


 横で一ノ瀬さんが絶叫し、僕の空いている方の腕を力任せに引っ張る。

 ハッキングの緊張感よりも、ケバブのソースがつきそうな彼女の手の方が怖かった。


『【警告:同一周波数のデバイスを捕捉。標的、逃走を開始しました】』


「おっと、気づかれた。お兄さん、追うよ!」


 人混みを縫って逃げる漆黒のログ。

 僕たちは物販列の脇を抜け、広場へと追い詰めた。

 そこにいたのは、パーカーのフードを深く被り、真っ黒なスマートフォンを震える手で構える男――たけしだった。


「……っ、来るな! 俺の邪魔をするなぁぁ!!」


 たけしが『コピー・キャット』を僕たちに向ける。

 次の瞬間、僕の眼鏡グラスの視界が、強烈なホワイトアウトに見舞われた。


『【致命的なエラー:視覚野への強制ノイズパルスを受信】』


「う、ぐっ……!?」


 平衡感覚が狂う。脳を直接かき混ぜられるような吐き気が襲い、僕は膝をつきかけた。


「あはは、やるね。でもこの程度、ボクのリズムで――」


「佐藤くん!!」


 如月先輩が対抗策を打とうとするより早く、温かな感触が僕を包んだ。

 一ノ瀬さんが、後ろから僕の体を必死に抱きとめていた。


「しっかりして、佐藤くん! あんたは私の『彼氏』なんでしょ! こんなところで、あんな性根の腐った奴に負けないでよ!」


『【感覚同期:一ノ瀬凛の体温を受領。精神防御壁が再構築されます(サクラ色)】』


 彼女の真っ直ぐな怒りと、僕を信じる強烈な思念。

 それがノイズに汚された僕の視界を、一瞬で一ノ瀬凛という『真実』の色に染め直した。


 不意に、自分の中の何かがプツリと切れた。

 一歩引いて、現実をラノベの型に当てはめて、自分はモブだ、生ける化石だと決めつけていた冷めた意識。それが、この力を下劣な復讐に使っている男への「不快感」に塗りつぶされる。


「……如月先輩。サポートはもういいです」

「え……? お兄さん?」


 僕は彼女の手を優しく、だが断固としてどかした。

 僕は眼鏡のフレームを上げ、真っ直ぐに、敵を見据えた。


「僕……? いや。――俺のピントを狂わせたこと、後悔させてやる」


「な、なんだよお前……! その目はっ!」


 僕は解析端末を掲げ、親父ですら想定していなかった「俺自身の意志」で、コマンドを打ち込んだ。


「あーりんの裏側を売って、いくら稼いだ? ……その汚い金、全部お前の『醜態』の広告費に変えてやるよ」


 カシャリ。


 秋葉原の巨大街頭ビジョン。画面に映し出されたのは、たけしが彼女を『金づる』と嘲笑っていたチャットログのすべて。そして、彼の本名、住所、勤務先。


「あ、あぁ……、俺の、俺のキャリアがぁぁ!!」


「あーりんを汚した大罪人め!! 成敗ッ!!」


 光の速さで突撃したのは、ピンク色のハッピをなびかせた瀬戸先輩だった。オタ芸の動きから繰り出されたタックルが、たけしをコンクリートに沈める。


「……確保だ。佐藤、よくやった」

 東條先輩が冷静に手錠をかけ、警察への通報を済ませた。


      ◇


 事件解決後。

 秋葉原の喧騒は、嘘のように「いつもの夜」へと戻っていた。

 一ノ瀬さんは約束通り、ケバブの屋台の前で「ダブル肉! 当然よね!」と頬を膨らませている。


『【報酬確定:三〇、〇〇〇円が振り込まれました】』


 解析端末に届いた通知。だが、その直後。

 端末が、見たこともない**【真っ黒なシステムログ】**を吐き出した。


『【送信者:ルシフェル】』

『【内容:佐藤博士のカイくん、お見事。コピー・キャット(失敗作)を壊してくれて助かったよ。おかげで良いデータが取れた。……次はお前の「本物」を奪いに行く】』


「…………」


 僕は、ケバブを頬張る一ノ瀬さんの横顔を、眼鏡越しに見つめた。

 

 あのストーカーも。このデバイスも。

 全部、親父を追放したロジック社の『産業スパイ』が仕組んだテストに過ぎなかったのか。

 思考の海に沈みかけ、僕は無意識に名前を呼んだ。


「……いえ。ソースが口の端についてますよ、あーりんさん」


「…………。……は?」


 一ノ瀬さんの動きが、ピタリと止まった。

 手に持っていたケバブから、肉の塊がポロリと落ちる。


「……いま、なんて言ったの?」


「え? いや、ソースが……」


「名前! あーりんって言ったわよね!? あのアイドルの名前で私を呼んだわよね!!?」


 一ノ瀬さんが、ケバブを持った手を震わせながら僕に詰め寄ってきた。

 眼鏡のログが、一瞬で**【嫉妬のドス黒い紫】**に染まる。


「一ノ瀬ですぅ! 新しい女なの!? それともさっきのハッカー女!? それとも本当にあのアイドル狙いなの!?」


「……ち、違います。一ノ瀬さん、落ち着いてください。今のはその、解析ログにその名前が残ってて……」


「言い訳は見苦しいわよ、浮気性! 今すぐその眼鏡叩き割って、私の名前だけ網膜に焼き付けてやろうかしら!!」


「怖い! 一ノ瀬さん、目が笑ってないです!!」


 僕は「僕」に戻り、猛り狂う一ノ瀬さんから逃げるように歩き出した。

 眼鏡の奥。一ノ瀬凛のログは、怒りの裏側に、泣きそうなくらい濃い**【サクラ色の独占欲】**を滲ませていた。


 ……『ルシフェル』の脅威よりも、目の前の負けヒロインのバグを直すほうが、遥かに難易度が高そうだ。


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