止まった時計と琥珀色の傲慢
深夜〇時前。
僕たちは旧校舎の最上階、立ち入り禁止区域となっている『時計塔』の前に集結していた。
メンバーは僕と一ノ瀬さん、そして生徒会トップ4の全員だ。
「……動いてる。いや、逆回転してるのか?」
瀬戸秋人先輩が銀縁眼鏡を押し上げて呟く。
頭上にある巨大な時計の針が、ありえない速度で反時計回りに回転していた。
書記の如月律先輩が、タブレットを高速で叩く。
「時空歪曲反応、レベル最大。……気をつけて。このエリア一帯、過去のデータで『上書き』されようとしてる」
『【解析結果:Sin_Code 07 "Pride"(傲慢)】』
『【特性:時間の流れを拒絶し、術者の望む「最強の瞬間」に世界を固定する】』
直後。
ゴーン、ゴーン……と、20年間鳴ることのなかった鐘の音が響き渡った。
視界がホワイトアウトする。
僕の精神バッテリーが、強制的なタイムスリップの負荷で一気に**【15%】**削り取られた。
◇
目を開けると、そこは「昼下がり」だった。
埃っぽかった廊下はピカピカに磨かれ、窓ガラスは一枚の曇りもない。
すれ違う生徒たちの制服は、今の神代学園のものとはデザインが違う。
「……ここ、どこ? というか、いつ?」
「過去だ。恐らく、二十年前の」
一ノ瀬さんが、自分の手を壁に突き抜けるのを見て悲鳴を上げる。僕たちはこの世界の「観測者」として存在しているらしい。
僕たちは、時計塔の下にある一室――当時の『科学部』の部室へと吸い込まれた。
そこには、三人の男女がいた。
「――できたぞ! これこそが、精神感応技術の礎となる理論だ!」
白衣をラフに着崩し、快活に笑う青年。
顔立ちは僕にそっくりだが、その目には僕のような「陰り」がなく、自信と希望に満ち溢れている。
若き日の親父――**佐藤 正人**だ。
「うわ、佐藤くんにそっくり……。でも、なんか佐藤くんよりずっと生命力ありそう」
「……一ノ瀬さん。聞こえてますよ」
そして、親父の隣に立つ、眼鏡をかけた理知的な美少女。
神崎瑠夏。
彼女は、親父のことを、信仰に近い熱っぽい瞳で見つめていた。
「凄いよ、正人くん。……これを使えば、人の悲しみも怒りも、すべて数値化して消去できる。私たちは、人間の感情を管理する『神』になれるのよ」
瑠夏の言葉に、親父の笑顔が少しだけ曇る。
「……それは違うぞ、ルカ。感情はバグじゃない。人間そのものだ。消しちゃいけない」
「どうして? 不完全なものは直すべきよ。私が、あなたを正しい道へ導いてあげる」
彼女のログは、純粋な好意と、それ以上に巨大な**【黄金色の支配欲】**で輝いていた。
『彼を完璧な存在にできるのは、私だけ』。
その傲慢さが、この空間を支配している。
◇
時間は飛ぶように進んだ。
季節が巡り、やがて「あの日」が訪れる。
「……別れよう、ルカ」
夕暮れの部室。親父が告げる。
「僕は、組織には行かない。……好きな人ができたんだ」
「……は? 誰よ、それ。私より優秀なの? 私よりあなたを理解しているの?」
「いや。ドジで、計算ができなくて、すぐ泣く普通の人だよ。……でも、僕は彼女の『不完全さ』と一緒に生きたいんだ」
親父が背を向け、部室を出て行こうとする。
その瞬間。
『……行かせない』
世界がノイズと共に巻き戻った。
親父が部室を出ようとするシーンが、何度も、何度もリピートされる。
『間違いは認めない。あなたは私と「神」になるの。この時間は、永遠に続くのよ……!!』
少女の姿をした瑠夏が、ドロドロとした黄金の泥に飲み込まれていく。
現れたのは、巨大な時計の針を剣のように構えたホロウ――『時間の独裁者』。
「これが……『傲慢』の正体」
過去を認めず、時間を止めてでも愛する人を支配しようとする意志。
「佐藤君! 来るぞ!」
瀬戸先輩が叫ぶ。ホロウが時計の針を振り下ろしてきた。
僕たちは「観測者」のはずだが、この攻撃は僕たちの精神データそのものを消去しに来ている。
「くっ……! 一ノ瀬さん、充電(手)!」
「わかってる! ……あんなの、愛じゃないわよ! ただの束縛じゃない!」
一ノ瀬さんが僕の手を握りしめる。
過去の亡霊の重すぎる愛に対し、現在の負けヒロイン(陽茉莉)の生々しい体温が対抗する。
バッテリー残量**【85%】**。フルパワーだ。
僕は「僕」を脱ぎ捨て、眼鏡のフレームを押し上げた。
「……親父。あんたの選択は間違ってなかったぞ!」
僕は、若き日の親父の幻影に向かって叫んだ。
「あんたが『不完全』を選んだおかげで……こんな面倒くさい息子と、最高に図々しい負けヒロイン(一ノ瀬)が生まれたんだからな!」
「そうよ! 失敗とか後悔とか、振られた惨めさとか! そういうのがあって今の私たちがいるの! 綺麗なだけの過去に引きこもってんじゃないわよ!!」
一ノ瀬さんも叫ぶ。
僕たちは、ホロウの懐へと飛び込んだ。
狙うのは、その胸に埋め込まれた「止まった懐中時計」。
「神崎瑠夏! あんたの青春は、もう終わったんだよ!」
僕は解析端末を突き立て、シャッターを切った。
「――時間経過、再開!」
カシャリ。
◇
強烈なフラッシュと共に、20年前の世界が崩壊していく。
ピカピカだった校舎は急速に風化し、埃が積もり、窓ガラスにヒビが入る。
そして。
ループしていた親父は、振り返って瑠夏に何かを告げ、扉の向こうへと去っていった。
残された瑠夏は、崩れ落ちて泣いていたが……最後には涙を拭い、別の道へと歩き出した。
気がつくと、僕たちは現代の、ボロボロの時計塔の中に立っていた。
頭上で、錆びついた巨大な歯車が、ギギギ、と重い音を立てて動き出す。
20年ぶりに、時が進んだのだ。
だが、僕のスマホ画面の中で、一つの光が消えようとしていた。
『……ありがとう、二代目くん。私の時間は動き出した。……これで、私も思い出になれる』
ドット絵のミニ瑠夏が、サラサラと崩れ始めている。
バグの核が消えたことで、そこから生まれた彼女も消滅しようとしていたのだ。
「……待てよ」
僕は舌打ちし、親父の管理者権限でコマンドを叩き込んだ。
『強制保存:対象データの永続化』。
「勝手に消えるな。まだ仕事は終わってないだろ」
「え……?」
「あんたの成れの果て(今の神崎ルカ)が、まだ暴れてるんだ。……責任取って、最後まで付き合えよ」
「そうよ! あんただけ綺麗な思い出になって逃げるなんて許さないから! 私たちの恋路、最後まで見届けなさいよ!」
一ノ瀬さんが画面に向かって指を突きつける。
僕と一ノ瀬さんから流れ込む精神エネルギーが、崩れかけた彼女の輪郭を再構成していく。
『……もう。人使いが荒いんだから、親子揃って』
ミニ瑠夏が、腰に手を当てて笑った。
『わかったわ。……未来の私の尻拭い、手伝ってあげる』
スマホの中に、最強のナビゲーターが定着した瞬間だった。
直後、**【漆黒のシステムログ】**が割り込んでくる。
『……ふふ。私の青春を終わらせたわね、二代目くん』
ノイズ混じりの、大人の女性の声。
現在の神崎ルカ(ルシフェル)からの通信だ。
『合格よ。私の過去を乗り越えたその力……。これより、マインド・ロジック社による「本番(最終決戦)」を始めるわ』
窓の外。
学園を取り囲むように、黒塗りの車列が集結し始めていた。
学園の都市伝説(七つの大罪)は消えた。
だが、物語はここから、本当の地獄へと突入する。




