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修羅の剣道場と暴走する秩序

 月曜日、朝。

 登校中の電車内は、いつも通りの満員地獄だったが、僕――佐藤サトウカケルにかかる物理的な負荷は、いつも以上だった。


「ねえお兄さん。バッテリー減ってるでしょ? ボクのデバイスから電力リソース回してあげるよ」


 左腕に、小柄な感触。

 生徒会書記・如月律キサラギ・リツ先輩が、僕の肩に頭を乗せ、あからさまに甘えてきている。彼女の頭上には、**【興味津々のサイバーグリーン】と【微かなサクラ色】**が混ざったログが明滅していた。


「ちょっと! 何へばりついてんのよ! 電力共有は『本妻』の特権よ! 出てってよこのウィルス女!」


 右腕には、一ノ瀬陽茉莉イチノセ・ヒマリさんが噛み付かんばかりの勢いでしがみついている。

 右から嫉妬、左から好奇心。

 僕の精神バッテリーは、登校するだけで**【90% → 82%】**へと削られていた。


「……二人とも。物理的に重いです。バッテリーより先に肩が死にます」


      ◇


 学校に到着すると、異様な空気が漂っていた。

 いつもなら生徒たちの話し声で賑わう廊下に、大人の怒鳴り声が響いている。


「何度言ったら分かるんだ! このクズが!」


 教室からチョークが投げつけられ、廊下では体育教師が生徒の胸ぐらを掴んでいる。

 生徒たちは怯え、教師たちは目が血走っている。


「……おかしいね。先生たちのストレス耐性が著しく低下してる。普段温厚な先生ほどキレてるよ」


 如月先輩がタブレットを見ながら呟く。

 眼鏡グラスの解析ログが、原因を弾き出す。


『【解析結果:Sin_Code 06 "Wrath"(憤怒)】』

『【特性:抑圧されたストレスを「攻撃衝動」に変換し、周囲へ伝染させる】』


「憤怒……。大人が子供に八つ当たりかよ。見苦しいな」


 その時だ。

 廊下の向こうから、重たい足音が響いてきた。

 生徒会会計、東条剛トウジョウ・ゴウ先輩だ。彼は教師に詰め寄られている男子生徒の間に割って入った。


「……止めろ。教育者の振る舞いではない」

「あぁ!? 生徒風情が指図するな! お前も殴られたいのか!」


 教師が逆上し、東条先輩の顔を殴りつけた。

 バシンッ、と乾いた音が響く。

 東条先輩は微動だにしなかった。だが、彼の眼鏡越しに見えるログが、静かに、けれど激しく**【灼熱のマグマのような赤黒い色】**に変色していく。


『【思考ログ:……嘆かわしい。大人が、秩序ルールを守れないなら……】』

『【思考ログ:力無き正義は無力。ならば、俺が全てを「管理(破壊)」するしかない(赤黒)】』


「……排除する」


 東条先輩が、教師の腕を掴んだ。

 次の瞬間、大人の体が木の葉のように宙を舞い、壁に叩きつけられた。


「ひっ……!?」


 怯える生徒たち。だが、東条先輩の視線は止まらない。

 彼は、その場にいる全員――僕たちを含めた生徒全員を、「排除対象」としてロックオンした。


「佐藤。……お前もだ。イレギュラーな力を持つお前は、秩序の敵だ」


 彼が腰の『ディスラプション・トリガー(銃)』を捨て、**素手(拳)**を構える。

 デバイスに頼らない、純粋な身体能力の暴力。それが一番厄介だと、本能が告げている。


「佐藤くん、逃げて! あの筋肉ダルマ、目がマジよ!」


 一ノ瀬さんが前に出ようとするが、僕はそれを制した。


「律。あいつの動体視力と反射神経、デバイスで『遅延ラグ』させられるか?」

「お安い御用だよ。視覚野へのクラックなら可能。でも、コンマ1秒が限界かな」

「十分だ。……一ノ瀬さん、充電フルパワー頼む。痛いのは嫌いだから、一発で終わらせる」


 一ノ瀬さんが僕の背中に抱きつき、如月先輩が端末を操作する。

 東条先輩が、床を踏み砕いて突っ込んできた。


「――粛清ッ!!」


 風圧だけで肌が切れそうな剛腕。まともに食らえば即死だ。

 だが、僕の眼鏡には**【未来予測モード】**の輝きが宿っている。


『【警告:右ストレート。到達まで0.3秒】』

『【視覚ジャミング:成功。敵の反応速度低下】』


 僕は、紙一重でその拳を躱した。

 頬を熱風が掠める。

 そのまま懐に飛び込み、解析端末スマホを東条先輩の眉間に突きつける。


「……不自由だな、東条先輩。全力が出せない世界なんて、さぞ窮屈だろう」


「なに……っ!?」


「あんた、本当はルールなんてどうでもいいんだろ。……ただ、思いっきり暴れたかっただけだ!」


 僕はシャッターを切った。


「俺の眼鏡の中なら、どれだけ暴れても壊れない。……夢の中で、気が済むまで殴ってこい!」


「――デバッグ開始ハック・オン


 カシャリ。


      ◇


 意識が切り替わる。

 そこは、無限に広がる**『燃え盛る剣道場』**だった。


『オオオオオオッ!! 排除! 排除ッ!!』


 中央に立っているのは、巨大な剣道の防具を纏った鋼鉄の巨人――ホロウ『憤怒の執行官ラス・エクスキューショナー』。

 全身から高熱の蒸気(殺意)を噴き出し、暴れまわっている。


「うわ、熱っ! 見てるだけで火傷しそう!」


 一ノ瀬さんが悲鳴を上げる。

 巨人が僕たちに気づき、巨大な拳を振り上げた。

 バッテリー残量**【30%】**。長期戦は無理だ。


「……律、サンドバッグを用意できるか?」

「お兄さんのイメージ次第だよ!」

「よし。……東条先輩! そこにあるのは全部、殴ってもいい『敵』だ!」


 僕が端末を操作すると、ホロウの周囲に無数の『仮想敵サンドバッグ』が出現した。

 それは、理不尽な教師や、マナーの悪い生徒、彼を縛り付けてきたルールの具現化だ。


『オオオオッ!!』


 ホロウは咆哮を上げ、僕たちではなく、サンドバッグの山に向かって拳を叩きつけ始めた。

 殴る。蹴る。破壊する。

 彼が普段、必死に押し殺していた破壊衝動が、デジタルの夢の中で炸裂する。


 一時間後。

 全てのサンドバッグを粉砕し、燃え尽きたように立ち尽くす巨人がいた。

 その体から装甲が剥がれ落ち、光の粒子となって霧散していく。


      ◇


 現実の廊下。

 半壊した壁を背に、東条先輩が大の字に倒れていた。

 その顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。


「……久しぶりに、いい汗をかいた」


 彼がゆっくりと起き上がり、僕を見た。

 その頭上のログは、怒りの赤から、雨上がりの空のような**【澄んだ青緑(清流)】**へと変わっていた。


『【思考ログ:この男だけが、俺の全力を受け流し、受け止めた。……底が知れない(深い信頼)】』


「礼を言う、佐藤。……俺は、自分自身の弱さ(怒り)に負けていたようだ」

「……いえ。あんたの拳、今までで一番重かったです」


 解析端末が震える。

『【成功報酬:五〇、〇〇〇円が振り込まれました】』


 東条先輩が、無骨な手を差し出してきた。僕が握り返すと、彼は満足そうに頷く。

 どうやら、懐かれたらしい。


「あーあ。ちょっと! 筋肉ダルマまで佐藤くんに懐かないでよ! 私の居場所が物理的に狭くなるじゃない!」

「あはは、お兄さんのハーレム、濃いメンツばっかりだね」


 一ノ瀬さんと如月先輩が騒ぐ。

 僕はため息をつきながら、半壊した廊下を見た。

 ……これ、弁償は誰持ちなんだろうか。


 憤怒のデバッグ、完了。

 残る「大罪」は、あと一つ――そして、すべての元凶である『傲慢』が待つ時計塔のみとなった。



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