鏡の国の色欲と氷の女王の熱暴走
水曜日の放課後。僕たちは生徒会室に招集されていた。
議題は、第三の『学園七不思議』についてだ。
「――**『第一体育館(新校舎)』**の女子更衣室。『覗き見の鏡』」
瀬戸秋人先輩が、神妙な顔で(ただし手にはアイドルの限定クリアファイルを持って)切り出した。
「ここ数日、運動部の女子生徒から苦情が殺到しているんだ。着替え中、鏡の端に『男の視線』を感じる、見知らぬ男の影が映り込む、とな」
「……男、ですか」
「ああ。しかも奇妙なことに、その影は生徒によって姿が違い、なぜか全員『好みのタイプ』に見えるらしい」
僕――佐藤翔が眉をひそめると、書記の如月律先輩がキーボードを叩き、解析データをモニターに映し出した。
『【解析結果:Sin_Code 03 "Lust"(色欲)】』
『【発生源:旧校舎・一階廃更衣室】』
「なるほど。新校舎で起きている現象はただの『投影』ね。……本体は、旧校舎のサーバー(鏡)に巣食っている」
副会長の西園寺麗華さんが、氷のような冷徹な声で結論づけた。
「うわ、遠隔で覗き見とか最悪なバグね……」
隣で一ノ瀬陽茉莉さんがドン引きしている。
だが、西園寺さんの反応は違った。彼女は席を立つと、生徒会長に背を向けた。
「……くだらないわね。そんな低俗な発信源、私一人で叩き潰してくるわ」
その頭上には、いつもの【金色】のログではなく、何かに焦るような**【濁った紫】**が混ざっている。
「西園寺先輩? 一人で行くのは危険です。あそこは親父たちの因縁の場所で……」
「無用よ、佐藤君。……私は『完璧』でなければならないの。学園の不始末(恥部)は、私が誰にも見せずに処理するわ」
彼女は僕の制止も聞かず、ヒールを鳴らして部屋を出ていってしまった。
「……おい、佐藤。追いかけるぞ」
東條先輩が立ち上がる。
「あいつ、最近お前に執着しすぎて様子がおかしいんだ。……『私の秘密も、彼なら暴いてくれるかしら』とか、ブツブツ独り言を言ってる」
「……ホラーですね」
◇
夕闇に沈む旧校舎。
かつて親父と神崎ルカが青春を過ごし、そして決裂した場所。
その一角にある、今は使われていない「廃更衣室」の前には、すでに異様な気配が漂っていた。
「……なにこれ。すごい色の霧……」
同行した神宮寺華恋が鼻をつまむ。
ドアの隙間から、**【毒々しいショッキングピンクの霧】**が漏れ出していた。
僕が眼鏡をかけると、その霧からノイズ混じりの「音声」が聞こえてくる。
『……見て。もっと、見て……』
『私の完璧な外側を……あなたの手で、ぐちゃぐちゃに解析して……』
『あぁ……佐藤君……』
「「「うわぁ……」」」
僕と一ノ瀬さん、華恋の声が重なった。
間違いなく、先行した西園寺さんの声だ。しかも、内容は放送コードギリギリの倒錯した願望。
彼女はバグを消去するつもりが、逆に自分の「隠された願望」をバグにハッキングされ、取り込まれてしまったのだ。
「変態! 西園寺さんって、あんな澄ました顔して中身はムッツリだったの!?」
「お姉様……。拗らせすぎて、性癖がバグってますね」
ヒロイン二人が引く中、僕のバッテリー残量がいきなり**【90% → 75%】**に低下する。
精神的ダメージだ。知りたくなかった。氷の女王が、僕に対してこんな「ハッキングされたがり」な欲望を抱いていたなんて。
「……行くぞ。放っておいたら、この音声が新校舎の女子更衣室で再生されかねない。彼女の社会的な死だ」
◇
更衣室の中に踏み込んだ瞬間、空間が反転した。
そこは、壁も床も天井も、すべてが「鏡」でできた異空間だった。
『……見ないで。……汚らわしい。……でも、もっと……奥まで……』
部屋の中央。そこに鎮座していたのは、巨大な**「ガラス細工の女神像」**だった。
顔は西園寺麗華そのものだが、目隠しをしている。
全身が「無数の鎖」と「茨」で縛り上げられているが、その体は半透明なガラス製で、中身(核)が透けて見えそうで見えない。
『【解析結果:HOLLOW "Mirror Maiden"(鏡像の処刑姫)】』
『【構成要素:完璧主義と、被虐的な露出願望の融合】』
「な、なにあれ……」
一ノ瀬さんが息を呑む。
その時、ホロウの全身から、レーザーのようなピンク色の光が放たれた。
「――っ!?」
光を浴びた瞬間、僕の脳が沸騰したように熱くなった。
物理的な痛みではない。理性が強制的に蒸発させられ、本能だけが暴走しそうになる。
『【精神汚染攻撃を受信。Mental Battery:40%(急低下)】』
「くっ、頭が……! この光、僕の脳の『リミッター』を外しに来てる……!」
膝をつきかけた僕を、左右から二人の少女が支えた。
「しっかりしなさいよ! 見ちゃダメ! 私だけを見なさいよ!」
「先輩! ここで落ちたら一生『エロ眼鏡』って呼びますからね!」
一ノ瀬さんと華恋が、僕の腕を痛いほどに掴む。
一ノ瀬さんの「嫉妬」と、華恋の「呆れ」。二人の重たい感情エネルギーが、僕のデバイスに逆流し、汚染を中和していく。
『【外部リソース供給:嫉妬エネルギーにより、精神汚染を相殺します】』
視界がクリアになる。
僕は「僕」を脱ぎ捨て、眼鏡のフレームを押し上げた。
「……西園寺さん。あんた、ホロウに自分を縛らせて、守ってほしいわけじゃないんだろ」
僕は解析端末を構え、巨大なガラス像を見据える。
「鉄壁に見えるけど、中身はスカスカだ。……あんたは、**『壊されたい』**んだな」
解析ログが、彼女の致命的な弱点(本音)を暴き出す。
『【思考ログ:この鎖を……壊して。私の中身を、あなたに引きずり出してほしい(金/桃)】』
「安心しろ。俺の眼鏡は、あんたの『完璧なメッキ』なんて最初から映してない」
僕は端末のフラッシュを最大光量に設定し、ガラスの胸元に輝く「核」をロックオンした。
「あんたが隠してる『本当の顔』……俺が一番綺麗に撮ってやるよ!」
「――デバッグ開始」
カシャリ。
強烈な閃光が、ガラスのボディを内側から貫く。
『あぁぁぁぁぁ……ッ!!』
ホロウは悲鳴とも喘ぎともつかない声を上げ、美しい破片となって砕け散った。
◇
現実の廃更衣室。
鏡が割れ、毒々しいピンク色の霧が晴れていく。
床にへたり込んでいたのは、制服を乱し、頬を染めた本物の西園寺麗華だった。
一ノ瀬さんが複雑な顔で介抱しようとするが、西園寺さんはそれを手で制し、潤んだ瞳で僕を見上げてきた。
バグは消えた。だが、彼女のログは以前の【金色】に、さらに厄介な色が混ざっていた。
『【思考ログ:あぁ……。壊された。暴かれた。……私の全てをハックできるのは、彼しかいない(粘着質な赤紫)】』
「……責任、取ってくれるのよね? 佐藤 翔君」
西園寺さんは、熱っぽい声で囁く。
「私のあんな姿……全部、その眼鏡で『録画(保存)』したんでしょう?」
「してませんよ!? データは即時破棄しました!」
「嘘よ。……ふふ。これからは、生徒会室で毎日『続き』をしましょう? 今度は、誰にも邪魔されない場所で……」
「「却下!!!!」」
一ノ瀬さんと華恋の声が重なった。
「ちょっと西園寺先輩! バグが直ってないじゃないですか! むしろ悪化してます!」
「佐藤くんは私のバッテリーなの! あんたの性癖処理に使わないで!」
ギャーギャーと騒ぐヒロインたち。
僕は頭を抱え、疲れ切ったバッテリー残量**【5%】**の表示を見つめた。
(……色欲のデバッグ、完了。……だけど、僕の貞操の危機はランクアップした気がする)
旧校舎の窓の外。
夕闇に沈むその風景を、僕は西園寺さんの騒動から解放された疲れ目で見つめる。
かつて親父と神崎ルカが青春を過ごし、そして決裂した場所。
そこにはまだ、僕たちの知らない「愛憎の残骸」が眠っている。
神崎ルカの歪んだ執着は、まだ終わってはいないのだ。
ポケットの中の解析端末が震え、親父からのメッセージが届く。
『【ミッション・コンプリート:成功報酬五〇、〇〇〇円。……おいカイ、お前、最近モテすぎじゃないか? 羨ましすぎて報酬減らすぞ】』
「……減らすなよ、クソ親父」
僕は苦笑しながら眼鏡を外した。
「七つの大罪」と呼ばれるバグは、あと四つ。
そして僕の隣には、ポテトを食う負けヒロインと、札束で愛を買おうとする後輩、そして露出狂の副会長。
僕の平穏なデバッグ生活は、まだまだ前途多難のようだった。




