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暴食の自販機と透明な令嬢

草薙先生による「ウィルス事件」から数日後。

 学園には、表面上の平穏が戻っていた。だが、僕――佐藤サトウカケルの日常は、以前よりも遥かに過酷なものになっていた。


「……はぁ。足が重い」


 水曜日の通学路。僕はカバンを引きずるようにして歩いていた。

 視界の端に表示されるステータスは**【Mental Battery:15%】**。

 あの決戦で限界突破オーバーロードした反動か、僕の精神バッテリーは自然回復が追いつかず、常に「超・省エネモード」を強いられている。


「もう、しょうがないわね。ほら、手!」


 隣を歩く一ノ瀬陽茉莉イチノセ・ヒマリさんが、呆れたように僕の左手をぎゅっと握りしめた。

 その瞬間、彼女の腕時計型デバイスと僕の解析端末がリンクし、温かな熱流が流れ込んでくる。


『【外部電源接続:急速充電中(サクラ色)】』


「ほら、遠慮なく吸いなさいよ! 私の『愛』を!」

「……一ノ瀬さん。朝の通学路でそのセリフはやめてください。意味深すぎて周囲のログがザワついてます」

「いいじゃない。事実なんだし。あー、エネルギー使ったらお腹空いた。佐藤くん、コンビニ寄って。おにぎり食べたい。鮭と昆布とツナマヨね」

「……僕のバッテリーより、君の燃費の方が心配だよ」


      ◇


 二組の教室。

 かつて「生ける化石」として空気扱いされていた僕は、今やクラスの『裏番長』のような扱いを受けていた。


『【思考ログ:佐藤だ……目を合わせるな(黄)】』

『【思考ログ:一ノ瀬さんとセットで歩いてる……関わったら中身を覗かれるぞ(赤)】』


 僕が席に向かうだけで、モーセの海割りのように道ができる。

 ふと、廊下ですれ違った岡田さんと目が合った。彼女はビクリと震え、カバンから高級ポテトチップスの袋を取り出すと、無言で僕の机に献上して走り去っていった。


「……完全に、魔王への供物トリビュートだな」


 僕はため息をつき、窓際の席に座る。

 隣の一ノ瀬さんは、僕の手を握ったまま(充電中だ)、献上されたポテチをバリバリと食べている。


「ん、美味しい。佐藤くんも食べる?」

「……平和ですね」


      ◇


 昼休み。僕たちは生徒会室に呼び出されていた。

 会長席に座る瀬戸秋人先輩は、壊れた銀縁眼鏡(修理中)の代わりにコンタクトレンズを入れ、手にはペンライトを持っていた。


「やあ佐藤君! 今日も推しへの課金は順調かい!」

「……帰っていいですか」

「待ってくれ。仕事の話だ」


 瀬戸先輩が真顔(ただし法被姿)に戻る。

 横に控える書記の如月律先輩が、モニターに学園の見取り図を映し出した。


「お兄さん。草薙先生のウィルスは消えたけど、その残骸ジャンクデータが学園のあちこちに『バグ』として残留してるんだ。それが今、生徒たちの間で『学園七不思議』として噂になってる」


「七不思議?」


「そう。『勝手に動くピアノ』とか『正直者の自販機』とかね。……奇妙なのは、その発生ポイントが学園内に『7箇所』確認されていること」


 如月先輩がキーを叩くと、地図上に7つの赤い点が灯った。


「推測だけど……これ、神崎ルカが仕込んだ『七つの大罪』プログラムの残滓かもしれない」


「七つの大罪!? なんだいそれは、凄くカッコいい響きじゃないか!」

「……瀬戸先輩、黙っててください。話が進まない」


 僕はため息をついた。

 つまり、まだ僕の仕事デバッグは終わっていないということだ。


「回収を頼みたいんだ。報酬はバグ一体につき三万円。どうだい?」

「三万……やります」

 即答だった。一ノ瀬さんの食費を支えるためにも、現金はいくらあっても足りない。


      ◇


 放課後。

 僕たちは最初のターゲットである『正直者の自販機』がある、渡り廊下の隅へと向かった。

 そこにあったのは、電源が切れているはずの古い自販機。だが、眼鏡グラスを通すと、全体が**【欲求色の毒々しい紫】**のノイズで覆われていた。


『【解析完了:Sin_Code 01 "Gluttony"(暴食)】』

『【特性:対象の欠乏感を増幅し、物理的な渇望(食欲・物欲)へ変換する】』


「暴食……か。近づくだけで、思考を読み取って勝手に商品を売りつけてくるらしい」

「へえ。じゃあ、試しに私が……」


 一ノ瀬さんが自販機に近づいた、その瞬間。

 ガコン、ガコン、ガコン!

 ボタンも押していないのに、取り出し口に次々と商品が落下してきた。


「わっ!?」


 出てきたのは――『超高カロリーな濃厚ココア』『大盛り焼きそばパン』。

 そして、なぜか売っているはずのない『結婚情報誌ゼクシィ』。


「……一ノ瀬さん。君の願望、食欲と結婚願望が混ざってカオスですよ」

「ち、違うわよ! これは誤作動よ! ……あ、ココア美味しそう」


 顔を真っ赤にする一ノ瀬さんのスマホから、電子マネーの決済音が虚しく響く。

 僕は苦笑しながら、端末をかざした。


「デバッグするぞ。……手」

「……うん」


 一ノ瀬さんと指を絡める。彼女の恥じらいと体温がエネルギーに変わり、僕の端末から修正パッチが放たれる。

 紫色のノイズが霧散し、自販機はただの鉄の箱に戻った。


『【デバッグ完了。報酬確定:三〇、〇〇〇円】』


「よし。……ん?」


 作業を終えた直後。

 視界の端で、何かが動いた気がした。

 校舎の柱の陰。そこから、一人の少女が飛び出してくる。


「すっごーい! 今の、先輩の『力』ですか!? 痺れちゃいましたぁ!」


 弾むような声と共に、見事な縦ロールのツインテールが揺れる。

 小柄だが発育の良い体をゴスロリ風に着崩した制服で包んだ、一年生の少女だ。

 彼女は一ノ瀬さんを弾き飛ばす勢いで、僕の空いている右腕に抱きついた。


「えっ、ちょっ……!?」

「初めまして、佐藤先輩! 私、ずっと探してたんです!」


「はあ!? 誰よあんた! 私の彼氏(仮)から離れなさいよ!」


 一ノ瀬さんが激昂するが、少女は不敵に笑う。


「あー、先輩の横にいる『金欠の負け犬』さんですね? 西園寺お姉様から聞いてますぅ。先輩には、もっと『高貴なパトロン』が必要だと思いません?」


 西園寺、という名前に反応して、僕の警戒レベルが跳ね上がる。

 僕は反射的に、眼鏡で彼女をスキャンした。


『【解析開始……ERROR】』

『【対象の思考ログ:Not Found(透明)】』


「……な、なんだこいつ」


 背筋が凍った。

 ログが出ない。字幕も、色も、何も見えない。

 まるで、そこだけ世界が切り取られたかのように**『透明』**なのだ。


 少女は、僕の動揺を見透かしたように、満面の笑みで僕を見上げた。


「私、**神宮寺華恋ジングウジ・カレン**って言います。……西園寺の女を倒すために、先輩のその『素敵な目』を、私に買わせてくださいな♡」


 本音の読めない闖入者。

 僕の平穏なデバッグ生活に、また新しいバグが紛れ込んだ瞬間だった。



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