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灰色の教師と二人のデバッガー

教卓の裏切り者、草薙先生が放ったウィルスによって、僕の視界は真っ赤なエラーログに埋め尽くされていた。

 脳を直接焼くような高熱。バッテリー残量は**【3%】**。


「……佐藤くん、これを使って!」


 一ノ瀬さんが僕の横に滑り込み、シルバーに輝く腕時計型のデバイスを突き出してきた。親父からの追加の小包だ。

 その時計が一ノ瀬さんの細い手首に装着された瞬間、僕の眼鏡グラスに未知のプロトコルが走る。


『【新機能を検知:共鳴レゾナンス・デバッグ・モード】』

『【一ノ瀬陽茉莉を「外部演算リソース(バッテリー)」として登録】』


「佐藤くん! 私の『気持ち』、全部エネルギーに使って!」


 一ノ瀬さんが、僕の左手を指が白くなるほど強く握りしめる。

 腕時計型デバイスが、彼女の激しい鼓動と、僕への重すぎる執着を青白い光の奔流に変え、枯渇寸前の僕の精神へと流し込んできた。


 視界の端、バッテリーゲージが異常な速度で回復していく。

 【50%……100%……200%……測定不能(OVERDRIVE)】


(……すごい。一ノ瀬さんの『熱』が、無限に湧いてくる)


 僕は「僕」を脱ぎ捨て、**「俺」**として解析端末を構えた。

 現実でウィルスを消すだけじゃ足りない。元を断つ。


「先生。あんたの歪んだ教育論、俺が直接『添削』してやるよ」


 カシャリ。


 重厚なシャッター音と共に、俺と一ノ瀬の意識は、草薙先生の深層心理へとダイブした。


      ◇


 目を開けると、そこは**『灰色の教室』**だった。

 机に座っているのは、何十人もの生徒たち。だが、彼らは全員「石膏の像」に変えられていた。ピクリとも動かず、私語もなく、ただ黒板を見つめている。


「……気持ち悪い。これが、先生の望んだ教室なの?」


 隣で一ノ瀬さんが青ざめる。

 その時、教卓の奥から、巨大な影がせり上がってきた。


『減点。……減点。……私語は慎め。不規則な動きは許さない』


 現れたのは、右腕が巨大な「赤ペン」と化した、機械仕掛けの巨人。

 顔にあるのは目ではなく、巨大なスピーカーのみ。

 草薙先生の成れの果て――**ホロウ『採点執行官ザ・コレクター』**だ。


『管理こそが救いだ。自由などというバグが、子供たちを不幸にする。……消去ホワイトする』


 ホロウが赤ペンを振るう。空間そのものが修正液で塗りつぶされ、俺たちの足場が消えていく。


「きゃあっ!?」

「一ノ瀬!」


 俺は一ノ瀬を抱き寄せ、修正液の波を回避する。

 だが、この世界は奴の支配下だ。逃げ場はない。


「……どうするの、佐藤くん! あんなの、近づけないよ!」

「真正面からぶつかる必要はない。……奴の弱点は『想定外』だ」


 俺は解析端末を操作し、一ノ瀬の腕時計とフル同期する。


「一ノ瀬。……あんたのその『重くて面倒くさい感情』、全部あいつにぶつけてやれ」

「な、なによそれ! 褒めてるのけなしてるの!?」

「褒めてるんだよ! あいつの完璧な秩序を壊せるのは、あんたみたいな『計算外のバグ(人間味)』だけだ!」


「……もう! わかったわよ! 私の恋路を邪魔する奴は、先生だろうが何だろうがぶっ飛ばす!!」


 一ノ瀬が叫んだ瞬間、彼女の全身から**【鮮やかなサクラ色の嵐】**が噴き出した。

 それは「好き」という感情を超えた、ドロドロとした執着と、生き汚いほどの生存本能の塊。


『【警告:論理エラー発生。測定不能の感情エネルギーを検知】』


 ホロウの動きが止まる。

 石膏の生徒たちが、サクラ色の光を浴びて次々と「色」を取り戻し、勝手に動き、喋り始めた。

 

『静粛に! 静粛に願う! ……あぁ、管理できない、崩れる、私の教室が……!』


 ホロウが頭を抱えて悲鳴を上げる。

 その胸元。堅牢な装甲の隙間に、小さく震える「本体(草薙先生)」が見えた。


「見えた。……そこだ」


 俺は一ノ瀬の手を引き、崩壊する教室の中を駆け抜けた。

 ホロウの目の前まで肉迫し、端末のレンズを突きつける。


「先生。……人間は、あんたが思うよりずっと、複雑で面白い生き物なんだよ」


 カシャリ。


 フラッシュが弾け、ホロウの巨体が光の粒子となって霧散した。

 中から転がり出てきたのは、小さく縮こまった草薙先生だった。


「……私は……ただ、正しい正解を……」

「人生に模範解答なんてねえよ。……赤点だらけで上等だ」


      ◇


 放課後。現実に戻った俺たちは、いつもの『ファミリーガーデン』にいた。

 一ノ瀬さんは、新しく手に入れた腕時計をこれ見よがしに眺めながら、山盛りのパンケーキを頬張っていた。


「……佐藤くん。これで私も『デバッガー』ね。あんたの隣に座る権利、これで対等になったかしら?」

「……。一ノ瀬さん。その腕時計、僕の端末とバイタルデータが常時共有される仕様ですよ。つまり、君の『隠れ食い』も全部筒抜けです」


「げふっ!!?」


 一ノ瀬さんが生クリームを吹き出しそうになる。

 眼鏡をかけ直す。一ノ瀬陽茉莉のログには、もはや「死にたい」の青色はない。

 代わりに、僕との繋がりを示す**【鮮やかなサクラ色の波形】**が、これまで以上に力強く脈打っていた。


『【思考ログ:佐藤くんと繋がってる(物理)。……一生、離してあげないんだから(濃色サクラ色)】』


「…………」

(一ノ瀬さん。そのログ。……だから、重すぎるんですって)


 解析端末が震え、親父からのメッセージが届く。

『【ミッション・コンプリート:成功報酬五万円。……おめでとうカイ。最高の『共犯者』の誕生だ】』


 窓の外、夜のとばりが降りる。

 草薙先生の背後にいた「ルシフェル」の影は消えていない。

 

 だが、僕の隣には、ポテトを奪い、パフェを奢らせ、そして世界で唯一「同じ真実」を共有する、最高に図々しくて愛おしい負けヒロインがいる。


「……。一ノ瀬さん、そのパンケーキ代の不足分、三〇〇円貸しにしときますね」

「あんた、本当っっに最悪のヒーローね!!」


 僕たちの、歪で、けれど鮮やかなデバッグ生活は、まだ始まったばかりだ。



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