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デバッグヒロイン 親父から届いた誕生日プレゼントは本音が視えるデバイスだった件  作者: バナナオレ


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11/12

オーバーヒートする教室と空白の教師

水曜日、朝。

 登校中の電車内、一ノ瀬凛いちのせ・りんさんは僕の右腕に、しっかりとその細い指を食い込ませていた。


「ねえ、佐藤くん。……さっきから、なんでそんなに顔が赤いの? まさか、またあのアイドルのことでも考えてるんじゃないでしょうね?」

「……。一ノ瀬さん。腕に当たっている部分から、君の心臓の音が秒間一二〇拍で伝わってきてるんです。そんな状態で覗き込まれたら、誰だってオーバーヒートしますよ」


 親父が昨夜、勝手に施したアップデート『Ver 2.0』。

 【共感覚プロトコル:シンパシー】。

 至近距離にいる相手の「心拍」や「体温」が、僕の感覚に直接流れ込んでくる新機能だ。

 八奈美さん的に図々しく密着してくる彼女の「女の子としての生々しい熱」は、陰キャな僕の精神システムを破壊するには十分すぎる威力を持っていた。


『【感情ログ:佐藤くんの顔、すっごく赤い。……可愛い。もっと困らせて、私しか見えないようにしてあげたい(濃いサクラ色)】』


「……一ノ瀬さん。その重すぎるログ、アップデート前より鮮明に伝わってくるので、手加減してください。脳が溶けそうです」

「無理。これは私の『生存戦略』なんだから。……放課後、約束通りパンケーキ奢りなさいよね。生クリーム、ダブルで」


      ◇


 ホームルームが始まる直前。

 教卓に立ったのは、いつも通りの冴えない担任、草薙くさなぎ先生だった。


「えー、みんなおはよう。……今日もデバイスの調子は良さそうだね。あ、佐藤。その眼鏡、新しくしたのかい?」

「……。いえ、少しメンテナンスをしただけです」


 僕は眼鏡越しに先生を見た。

 字幕ログは【白】。ストレス値も正常。どこからどう見ても、生徒に無関心で善良な「事なかれ主義の教師」だ。

 だが、その時だった。


 ――キィィィィィィン!!


 鼓膜を直接針で刺されたような高周波の異音が、教室中に響き渡った。


「うわっ、なんだ!?」「僕の眼鏡が……熱い!!」

 クラスメイトたちが次々と悲鳴を上げ、自分のデバイスを床に投げ捨てた。見ると、彼らの眼鏡から細い不気味な煙が立ち上り、レンズが真っ黒に焼け焦げている。


『【警告:致死性のデリート・ウィルスを検知】』

『【SYSTEM:ハードウェアが限界温度に到達。強制停止まであと一〇秒】』


 僕のこめかみに、焼けるような激痛が走る。

 視界が真っ赤なエラーメッセージで埋め尽くされ、平衡感覚が失われていく。


(……っ、親父のプロテクトを抜けて、直接回路を焼きに来てるのか……!?)


「佐藤くん!? しっかりして!!」


 隣にいた一ノ瀬さんが、倒れそうになる僕の体を必死に抱きとめた。

 その瞬間だった。

 アップデートされた新機能が、僕の脳に叫ぶように情報を送り込んできた。


『【一ノ瀬凛の心拍数を検知:BPM 180】』

『【サクラ色の情熱により、ウィルスの凍結処理を一時的に上書き(オーバーライド)します】』


 一ノ瀬さんの、僕を失いたくないという狂おしいほどの情熱。それが凄まじい「熱量」となって僕の脳を駆け巡り、冷徹なデリート・ウィルスを力技で押し戻していく。

 視界が、一瞬だけクリアになった。


「……あ。……如月先輩。……犯人、わかりましたよ」


 僕は、震える指でメガネをかけ直し、教卓に立つ「彼」を凝視した。

 今まで【白】一色だった草薙先生の周囲。

 アップデートされた『深層レイヤー透過機能』が、彼の用意周到な偽装を剥ぎ取っていく。


 現れたのは――感情が一切存在しない、**【虚無の灰色】**に染まった巨大なバグの塊だった。


『【真実の本音:神崎ルカ様。……これより、佐藤博士の遺産の回収を開始します(漆黒)】』

『【ステータス:ルシフェルの代行者】』


 草薙先生は、混乱に陥る教室の中で、一人だけ冷ややかに微笑んでいた。

 その手には、生徒たちのデバイスを遠隔で焼き切った、マインド・ロジック社製の小型送信機が握られている。


「……気づくのが遅かったね、佐藤君。……君は少し、女の子と遊びすぎたようだ」


「…………」


 僕は、虚ろな目をした教師と、僕の腕を必死に掴んでいる一ノ瀬さんを交互に見た。

 このデバイスがなければ、僕はまた、ただの「生ける化石」に戻ってしまう。

 彼女のこの温かな色を、二度と視ることができなくなる。


 そんなの、僕のラノベの読後感プライドが許さない。


「……一ノ瀬さん。悪い。パンケーキの前に、もう一つだけ、片付けなきゃいけない『ゴミ』が増えた」


 僕は「僕」を脱ぎ捨て、眼鏡のフレームを力強く押し上げた。


「――先生。あんたのその『汚いログ』。俺の眼鏡で、綺麗にデリートしてやるよ」


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