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日向と葵

作者: むすび

日向と葵



肌に纏わり付くほどの湿気と熱気に体を動かす気力を奪われつつある少女、葵は自室のベットで四肢を放りこちらに風を送り続けるエアコンの音のみを拾いながら天井をぼんやりと眺めていた


少し前に母親が家の玄関を開閉する音が聞こえた為、今家には自分一人だけだと思考を流す


そんな事を考えた所で連日続く暑さに抗う術は見つからないからだ

ここまで暑くなったのならトドメを指してくれとふざけたくなる気持ちを堪えながら葵は自室の窓に現れた人影に視線を向けた


葵の部屋は一階にあり、その部屋の窓にはいつも幼馴染の日向が覗き込んで来る


家が隣同士の二人は生まれた時から一緒に遊ぶほど仲が良く、日向がこうして窓を覗くのはお互いの知る遊ぼうの合図であった


日向が窓から顔を出して急かす様に早くと両手を仰げば、葵は赤くなった頬を綻ばせながら体を起こし飛ぶ様に家を飛び出す


葵が家の前まで出るといつもは出迎えてくれる日向の姿が見えず葵は辺りを見渡しながらも並び建つ日向の家の前まで進む

低いアルミフェンスのみで仕切られた日向の家、その庭に立つ彼を葵は直ぐに見つけることができた


日向を見つけるのと同時に彼はこちらへと振り向いてジッと葵を見つめた

彼の名前を呼ぼうとした蒼も思わず言葉を詰まらせてゆっくりと首を傾げて見せたが、日向は気にも止めずに庭の外へと駆け出した為に蒼も慌てて後を追った


外を出て感じる強い日差しに負けじと走ると体にのしかかる様な熱風を浴びながらも葵は日向の背中を追って足を大きく動かした

いつもなら文句を言いつつ浴びる夏の不愉快も日向と遊ぶこの瞬間だけは喜び、楽しむものに代わるからだ


親友と駆ければ暑さも寒さもこの次に来る喜びの前置きである


段々と上がっていく息と更に火照る顔に気づかないふりをして葵は目線の先で建物へと吸い込まれる様に入る日向を見逃さなかった


見失った日向を視界に捉える為に蒼も建物の前で駆けた足を止めてそれを見上げる

原田商店と書かれた外付けの看板に外にドンと置かれたアイスの入った冷凍ショーケースが初めに目についた

日向と遊ぶ時は必ず寄る町唯一の駄菓子屋だ


葵は駄菓子屋に歩を進めて横引きの扉を両手で左に押し込む

扉の隙間には砂が入り込みスライドがガタつきながらも開いた、葵が店内を見渡すと自分の家の中とは違う独特な匂いに不思議と心が踊った

いつもなら親から貰ったお小遣いを握り締めて何を食べようかと店の中を回るのだけれども今日は何かを買いに来たわけでは無い


店の入り口に立つだけで全て見渡せる小さな商店、そこには日向の姿は見当たらなかった


確実に彼が中に飛び込んだ筈と葵が首傾げる

ふと視線を感じて店の外に目を向けると駄菓子屋の外に置かれたベンチに日向は座っていた


葵と目が合った日向は何処か楽しそうに笑っている、きっとこちらの拍子抜けした顔を見て楽しんでいるのだろう


馬鹿にされて怒る所なのだろうが葵はそこまで感情が昂らなかった

寧ろ彼の姿を見つけたと同時に心が安堵したからだ


ベンチから立ち上がった日向が葵の手を取り歩き始める

ゆったりと繋がれながらもこちらを引く彼の手は先程まで走っていたというのに少しひんやりとして気持ち良かった


葵は日向の背中を眺め、彼の隣を歩く為に二歩大きく踏み込んで日向と並んでみせる

葵の行動を不思議そうに見た日向を葵はしてやったりとした顔で笑うと日向も彼女に釣られてしまったと言わんばかりに顔を綻ばせた


日向に手を引かれながらも2人で並んで歩く道


毎日眺め覚えてしまった雑草の並びをついつい目で追いながら田んぼ脇で流れる側溝のギリギリを葵が歩くと側溝に流れる水の流れを感じて僅かに体が冷えた様な気がした


雑草が生えた野晒しな空き地、人の気配の無い茶色めいた建物を通りすぎる

住宅街を囲う化粧ブロックの日陰に涼しさを求めつつ自分達の歩く景色に変化が起きていないか視線を巡らせる


歩みが進むたび、葵はこれが通学路だと気づく


辺りを見渡して答え合わせをする途中で日向と目が合った

いつからこちらを見ていたのだろう日向の表情は大変に穏やかな顔をしている様に見えたが目が合うと同時に目元と口元が横に細く引かれた


そのまま目線を前に戻した彼は先に見える建物を指差した

葵の予想した通りそこは蒼と日向が通う学校の校舎がある


毎日通っている学校なのだから何も新鮮味も無い場所なのに日向に繋がれた手から体まであそこに向かおうと葵の体が動いた

昇降口で靴を脱いで職員室の前をこっそりと歩き過ぎ一年生の教室まで来たらどちらからでもなく自分達の教室まで走り出した


途中までは互角だったニ人の走りは最後に日向が葵を一気に追い抜いて教室に飛び込む

葵が息を切らしながら遅れて教室に駆け込めば日向は教室の窓際の席に寄り掛かり葵のゴールを待っていた


そこは日向の席であった葵も教室にある自分の席を探し日向とは反対の廊下側へと向かう

日向よりも少し後ろの方に葵の席はあるのだが席に近づく度に葵の呼吸は苦しくなり席の手前で体の力が抜けてしまいその場に座り込んだ


グルグルと視界が回り始め喉とお腹辺りに沈み込む様な感覚と後頭部から白んでいく思考を耐える為に下を向くと額から流れたのだろう冷や汗が耳の横を一筋通り過ぎる


体を巡る不愉快な感覚にひたすら耐えていた葵は教室の床しか映さなかった視界に日向の足が見えた為に絶え絶えな呼吸のまま頭を上げるとこちらを見下ろしている日向と目が合った


外から入る日差しが唯一の光源である教室では見上げた日向の顔は暗く、視界の霞み始めていた葵からは彼の表情を読めないまま日向が指差した先を葵は見た


彼の指差した先は教室の窓の外である


白い陽の刺さる窓の先は広いグラウンドしか見えず葵は冷や汗の止まらない顔を傾けようとした


しかし葵の頭は傾かなかった


目を見開いた葵の目線の先は教室の窓では無く見慣れない白い天井だったからだ



「葵...っ」



葵のぼんやりとした頭に母親の緊張含んだ声が入り葵の頭が声のする方へと動いた

声の主である母親は葵が反応した事に素早く息を吸い込んだ直後に縋り付く様に葵に向かって体を前のめりにさせる



「ああ!良かった!本当に...」


「お母さん」



母親の声に気づいたであろう白衣姿の若い女性が葵の視界に入りこちらを確認してから直ぐに何処かへと消える

それを見て自分達が今病院に居る事が理解できた


葵は母親から自分が熱中症で気を失い救急車で運ばれたと説明され母親とは反対側、自身の腕と繋がれている点滴を視線で辿った

点滴の中身は殆ど残っておらず自分は長い時間眠っていて母親はその間ずっと自分の側に付いていたのだろうと母親の顔から滲むやつれ具合で葵は推測した



「隣の...若野さんが見つけてくれたの」



言葉詰まらせて話す母親に葵はそうなんだと返事をする前に看護師と一緒に医師が現れ、体の異常が無いか確認される

目が覚めてからの葵に不調が見えないと確認した医師はちょうど中身が終わった点滴を見て看護師に後を任せる様にその場から去って行った


感謝の言葉と共に深々と頭を下げる母親に対してゆっくりしてから帰ってくださいと声を掛ける看護師は手慣れた流れで葵の点滴を抜いて部屋を出て行く


全てのやり取りを他人事の様に見ていた葵は母親と二人きりになると体を起こしてベットから降りた



「もう大丈夫?」


「外暗いし、帰らなきゃ」


「歩ける?」



葵は母親に短く返事をしつつ体の重心を確認しながらベット下に用意された病院のスリッパに足を通すと反対側から母親が不安そうな顔で自身に近寄った姿が視界に入る


その行動原理を納得してしまう自分を否定したくなり隣に来た母親を無視して一人先に部屋から出た


人気のない田舎の病院は廊下を繋げずとも隣が待合室兼受付となっている、支払いの為に受付に向かう母親の背中を葵は眺めた

深夜故に少し眠そうな看護師に母親は何度も御礼と謝罪を伝えて会計を終わらせ葵と共に病院を出た


病院の外に出ると夏の夜風が想像よりも蒸し暑く数秒だけ歩く気力を止めた葵の横を鞄の中から車の鍵を探る母親が追い抜いた直後に振り向いた

大丈夫?とまた聞かれるのだろうと瞬時に予測できた葵はそれを聞き何とも無い素振りで返事をしなきゃいけない使命感に面倒臭いと感じてしまった



「日向の夢を見た」



こちらを振り向いた母親の顔は見れず病院の前に停めてある母親の車から見えるタイヤの前輪、夜の暗闇よりも黒いそれをジッと見つめていた葵は数秒沈黙していた母親から、そうと簡素な返事を貰えた直後に足を動かし車の後部座席に乗り込んだ



「どんな夢を見たの?」



車を走り出して数秒、母親は葵にそう問い掛ける

母と娘の二人だけの空間、家族ならば何らおかしくは無い状況だが母親からは少しぎこちない雰囲気を葵は感じ取る



「駄菓子屋行って、学校も行った」


「駄菓子屋...原田さんの所ね」



懐かしいわと呟いた母親の言葉を聞き流し葵は車の窓に頭を押し付ける

体に響く車の震えを感じながら数分で見えてきた自宅の外観に目を瞑る

先まであんなに帰りたいと思っていた家がいざ着いてしまうとまるで自分の居場所はここだけだと知らしめている様に見えるからだ


母親よりも早く車から降りた葵は父親に開けてもらった玄関を足早に過ぎ、真っ直ぐに自室へと向かい部屋のエアコンを付けてベットに飛び込んだ


目を瞑ればまたあの夢の続きが見れる気がしたからだ


あれ程長い時間眠っていたというのにベットに入った途端に葵はまたしても深い眠りに入れた





次の日の午前、葵は自室の冷え込みから目を覚まして起き上がった

熱中症で倒れたからとエアコンの設定温度を低くし過ぎたと自省しながら葵は部屋から出てシャワーを浴び外出用の服に袖を通す



「少し、短いかな」



久しぶりに着た明るい緑色のワンピースは最後に着た時は隠してくれた膝を露出してしまう程に短くなっており鏡に映る自分と目が合うと葵は思わず視線を下に向けた



「おはよう、早いのね」



脱衣所から出てきた葵に母親が声をかける、その顔はこちらの様子を伺い少し戸惑いが見える

しかし葵は母親と一度だけ目を合わせ、そのまま母親の後ろに見える玄関へと歩み昨日放り脱いだサンダルに足を伸ばした



「隣に行って来る」



背中越しに母親が深く息を吸い込んだ気配がした

自分の意思で外に出ると宣言した我が子に驚きのあまりなんて声を掛けるべきなのか考えているのだろうと葵は予想してみた

しかし母親の返事を待つよりも自分はやらなければならない、会わなければならない目的の為に玄関の扉を押し開けると母親から言葉詰まりながらの行ってらっしゃいを背中に受ける


葵は一切振り向かずに玄関から外に出た

朝の日差しから陽の光がピークに向かう途中であろう紫外線を直接体に受けながら真っ直ぐに隣の家に向かいインターホンを押す


インターホンから聞こえたのは久しぶりに聞く日向の母親の声だ

初めは他所行きの気を張った声からこちらを認識したのだろう驚きの声が上がった

ドタドタと慌ただしく家の廊下を駆ける音がインターホンと家の壁を越えて葵の耳に入る



「葵ちゃん...!」



扉を開けてくれた女性、日向の母親は扉を開けるには十分過ぎる程に上体を前のめりにさせた姿で飛び出して来た


葵はそれを申し訳なさそうに見つめると我に返った日向の母親が上体を戻しながら仕切り直すようにおはようと挨拶をした



「おはようございます、上がっても良いですか?」


「ど...どうぞ!」



お邪魔しますと言葉を落としながら玄関を上がった葵がある部屋を目指して歩みを始める

リビングに行くのだろうと予想していた日向の母親はリビングの扉に手を伸ばしていた手を引っ込め葵の背中をゆっくりと着いて行く


その先は日向の家で唯一の畳のある和室、そのまま寝転がれるから好きだと日向が言い、日向の家で遊ぶ時は2人でよく寝転がっていた場所だ



「あげてもいいですか?」



和室の敷居を越えて葵は後ろにいるだろう日向の母親へと振り向くと母親は声も出さずに頷いた


葵は和室に一枚だけ敷いてある座布団の上に正座し目の前にあるマッチを擦った


ゆらゆらと細長く伸びる火を蝋燭へと灯すと更に炎は細長いものに変わるのを見つめながら線香差しから線香を抜き取り火の上でその先を付ける

赤くなった線香を見守り持ち手側を香炉の灰に

差し込んだ


そして葵は仏壇の真正面に置かれた日向の写真をジッと見つめてからゆっくり膝に置かれた両手を合わせて目を閉じた



「葵ちゃん体調良くなったみたいだね」



どれぐらい経ったのか、もしかしたら一瞬だったのかやたら静かな空間で日向の母親が発音詰まる声出しで葵に話しかけた

このタイミングで話す内容なのか、それとも葵を気遣って彼の話題を避けているのか葵は敢えて気づかない素振りで返事を考える



「あのままだったら危なかったみたいです、気づいてくれてありがとうございます」



昨日、部屋のエアコンはきちんと動いていた筈だが作動不良なのか上手く部屋が冷え切っていなかった

冷えた部屋にいるのにやたらと暑く体がやけに重かった記憶だけがある


葵の言葉に俯いていた日向の母親の顔が上がる、やはり葵の予想通りに無理した笑みを作っていた



「そうだったのね、葵ちゃんの部屋の窓いつも閉まっているのに開いていたから気になって覗いちゃったの...悪い事したからお礼言われるなんて思わなかった」


「あの日、私も日向を見に行けば良かったです」



葵と日向の母親、両方の頭に浮かんだ情景は和室に倒れた日向の苦しそうな姿である



「そんな事言わないで...私があの日あの子の顔も見ずに仕事に行かなかったらってずっと思ってる」



一年前、葵と日向は小学生初めての一学期終業式を終えた

それぞれの自宅に帰った日、日差しが痛いと感じる程にとても暑い日だった

明日から何して遊ぶか二人でどうしようか会議しながら帰宅した葵はいつもの様に宿題を終わらせた日向が遊びに来るのを自室で待っていた


しかし葵は自室でそのまま寝てしまったのだ、それほどまでにその日は暑かった


その日、日向は葵の部屋の窓を叩く事は無かった


和室で少し休むつもりだったのだろう日向は扇風機も付けずに気を失ってしまいそのまま亡くなってしまった



「お邪魔しました」



葵が日向の家を出る後ろで送り出す日向の母親はこちらに何も気を使わせないような無難な微笑みをしていた



「また来てね」



日向の母親の笑みを見て葵は思わず目線を下に向けてしまう

あちら側は気丈に振舞ってはいるのだろうが葵は余計にどういう顔で向き合って良いのか分からないまま頭を下げて逃げる様に後ろに下がろうとした



「はい、また上げに来ます」



視界端に揺れる黄色に気づいた葵はその黄色を追って顔を上げた。その先には和室から続く庭の端で陽の光に当たり風で揺れる向日葵が咲いていた



「気づいた?あれ、日向が去年あそこに植えようって言い出してパパも含めて三人で植えたの


今年は私一人で全部やっちゃったけどね」


「気づかなかった...」



日向の家の庭は葵の部屋の窓からよく見える位置にある、しかし葵は日向が亡くなった日から外に出る事や窓から外の景色を眺める事もしなくなった為にこんなに近くに向日葵が咲いていた事に気づかなかった



「ひまわりってね漢字で書くと2人の名前が並ぶんだよ


その話をしたらね、ここに植えたら自分達がずっと仲良く繋がってるって事だよねって日向が言ったの」



日向らしいでしょ?と話す日向の母親の顔が穏やかな笑みを作る

やはり実子が亡くなってから一年過ぎようとも親にとってはどこかで子供の存在を感じていたくなるのだろう


太陽に向けて顔を上げる向日葵をジッと見つめた葵も日向の母親と同じくこの向日葵を彼と並んで鑑賞する場面を想像した



「一緒に...見たかったな」



葵の言葉にそうねと短く肯定した日向の母親の瞳が揺れる、もう叶わないと分かっていながらも口にして昇華し続けないと心の奥に膨らみ続ける埋まらない渇望感に自身を押し出されて消えてしまいそうだからである



「日向のお母さん


私ね、昨日部屋の窓を開けてないの」



日向の母親がこちらに顔を向けるのを察して葵も顔を日向の母親へと向けた


酷く驚いた顔をした相手に対し葵も日向の母親と同じく気丈に笑ってみようとしたがしばらく誰にも向けてこなかった笑顔はうまく作れず見えない自分でさえもこれは失敗だったと悟る



「誰が開けたのかな」



葵の言葉に対して日向の母親は唇を横に強く引き締めた後に両手で顔を覆った



「そうね...、誰が開けたのかしら...っ」


「また来るね」



葵は日向の家から出る直前、庭に咲いた向日葵へと目を向けた

向日葵は風も無いのに少しだけ揺れた様な気がした


一旦家に帰ろうかとも思った葵だったが昨日見た夢を不意に思い出した



「本当に夢だったのか...な」



葵は家の前を通り過ぎて昨日の夢で見た道を辿る事にした

あの時とは違い歩きで向かった原田商店までの道のりは思ったよりも距離があった

原田商店の看板を見上げた葵は思わず建物と看板を何度も往復して見る、建物はあの時よりも寂れて人気も無くお店が開いている様子も無かった



「あ...」



葵はお店の前にあった筈のベンチが無くなった場所、そこに咲いている一本の向日葵に目が離せなくなった


きっと生き物が運んできた向日葵の種が偶然ここで発芽して育ったのだろうが葵と同じ高さくらいの向日葵が燦々と咲いていた


まるであの夢の日向の様にこちらに向かって、何かを言いたそうにしている気がした


葵の足が自然にある場所を目指して動かし、少しずつ早めた足の動きを早める


夢で繋いだ日向の手の感触や温度は無いが葵はあそこに向かわないといけない衝動にどんどん急かされ、日向と歩いた道を日向の記憶を思い返しながら進んだ


意味も無く笑いながらどこまでも駆け回った時、悪ふざけの度が過ぎて親に怒られた時、遊びが本気まで発展し悔しくて大泣きした時、寒くても暑くてもずっとずっと続くと思っていたから願う必要もない程に当然のものだと思っていた記憶がどこまでも溢れ出した



「...日向っ」



暑い日差しを全身に浴びながら葵は駆け続けた

日向と夢の中で目指した最後の場所に、少しすると息が詰まり喉が締め付けられる感覚に家の外に出たのは去年以来だったと気づく


早く早くと走る度に自分の手と足をどう動かすべきなのか分からなくなる程に葵は夢中で走る衝動のみで前に進み続ける


段々と見えて来た白い建物、日向と通った小学校の校舎だ



「はあはあ...」



葵は荒れた呼吸を整えつつ校舎を囲うフェンスを沿うように早足である一点を見つめる

自分の中の疑問に早く答え合わせをしたい一心でフェンス先の黄色い群生見つけた葵は息をするのを忘れる程それを瞳に焼き付ける



「あれだ...!」



あの夢の中で自分達の通う筈だった教室の窓から見える位置に並んで咲く向日葵は日向が最後に指差した方向だ


いつから咲いていたのだろう、どうして彼はあの向日葵を自分に見せたかったのか理由を聞けなかったが葵は日向の母親が言っていた言葉を思い出す



『自分達がずっと仲良く繋がってるって事だよね』



瞬間、葵の頭に日向の顔がチラついた


窓を叩いて目が合うとキラキラとした目でこちらを覗くあの顔を



「あ...う...うぅううう...!」



フェンスに両手をかけて葵はひまわりから目を離せないまま瞳から溢れ出した涙を流し続けた


ずっと、日向が窓を叩いてくれるのを待ち続けて部屋から出られなくなった葵をあの時の日向が連れ出してくれた


あの夢の日向が最後に自分を連れ出してくれたのだ



「ひ、なた...!うあああああああ!」



燦々と照りつける陽の光に向かって青い空に対して葵は泣き続けた

あの日亡くなった彼に向き合えずにいた分泣けなかったそれを取り戻すように葵は場所も構わず叫び泣いた


突然亡くなった親友という日向の存在は葵にとっては体の半身を失うぐらいに大きいものだった


嫌な時も楽しい時も日向はそばに居て話を聞いて笑って怒って泣いてくれた





葵は自分の部屋で部屋着から外出用の服に着替えると部屋の窓を開ける

開けた先には隣の家の庭が見え、あの日の向日葵が咲いていた


葵は息を大きく吸い込んでから向日葵に微笑んだ



「おはよう」



リビングで朝食を済まし洗面台で髪を整えた葵はランドセルを肩にかけて玄関で靴を履く



「もう行くの?」



後ろから母親が感情を乗せない声で問いかけて来たのを葵は頷きながら玄関の扉をゆっくり押した



「うん、日向が待ってるから」



そう返した葵はゆっくりと玄関の扉を押し開けてただ真っ直ぐに前に向かって歩き出した



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