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第3章 part1 鴉部隊


 時は少し流れ、異様な静けさを取り戻した神国。


 そのある日のこと、神国の諜報特殊部隊――“鴉”部隊のブリーフィングルームに、隊員たちが召集されるという珍しい出来事が起こった。


 事の発端は、いつもなら作戦内容を魔法通信のデータで送ってくるだけの狂女王から、直接声が響いてきたことだった。


『あー、カゲハ。それと鴉部隊、ブリーフィングルームに集合』


 その飄々とした口調の裏に、どこか普段とは違う空気を感じ取ったカゲハは、いつもより幾分早足で部屋へと向かう。


 途中、廊下の角で軽快な声が響いた。


「よっ!」


 声の主は、鴉部隊【電子戦専門】のレイ・リャン。赤く染めた短髪と、小柄な体躯が特徴の女性だ。部隊内でもずば抜けた頭脳を持ち、対電子・魔導兵装では彼女の右に出る者はいない。普段の飄々とした態度とは裏腹に、鴉部隊には欠かせない存在である。


「あいつ、なんで今日に限って“呼び出し”なの?あたし非番だったのになぁー」


 レイはわかりやすく肩を落とし、不満を口にする。その瞬間、目の前にまるで大木のような足がズンと現れ、危うく蹴られる寸前だったレイは、飛び退き悲鳴を上げた。


「ぎゃあっ!」


「お、ごめんよレイ。いつものことながら、潰れてないのは奇跡だね」


 苦笑するのは、道の角から現れた巨漢の男、鴉部隊副隊長セルヒオ・レックス。身長265センチ、体重200キロ。生物学上は人間だが、その巨体はもはや兵器の域に達している。


「セ〜ル〜ヒ〜オ〜!」


 怒れるレイは、セルヒオに向かって指を突き立てる。


「乗せて」


「あいよ」


 セルヒオは慣れた様子で屈み、レイは軽やかにその肩に飛び乗った。


「ねえ、セルヒオ?」


「おう、なんだい」


 レイはさっきまでの怒りも忘れたようにニコニコしながら尋ねる。


「人間ってさ、何ボルトで死ぬと思う?」


「さあ、試したことないなぁ……あぐぅ!!」


 レイが懐から取り出したバトンをセルヒオの首に当て、強烈な電流を流す。


「100ボルトでも充分死ねるらしいからさ、セルヒオ用に2000ボルト用意しといたよ♡」


「アガ…ガグググ……」


「ちなみに私のスーツは対電性なので感電しませーん♪」


 レイの悪戯に、セルヒオは悶絶しつつもどこか楽しそうだった。


「なにやってんだお前ら」


 呆れ顔のカゲハが二人に声をかける。


「ふう……レイ、今回のはまあまあだったぞ」


「はぁぁぁぁ!?死ねよ!?毎回私が生命の危機に瀕してんだから、生命の危機くらい感じろよ!」


 肩の上で怒鳴るレイ。セルヒオは頭をかきながら、苦笑いで謝った。


「もう行くぞ……」


 カゲハは呆れた様子で促す。


「え、いやだよぅ。こんな巨大モンスターと二人きりにしないでよー!ほらセルヒオ、ついていって!隊長の右腕でしょーが!」


「はいはい」


 セルヒオが一歩踏み出すごとに、床が軋む音が響く。


「よいしょっと」


 巨大な扉を屈んでくぐると、その先には既に12人の鴉部隊の面々が揃っていた。


「遅いぞ」


 眼鏡の男フリントが、レイとセルヒオを睨む。


「うるさいメガネ!こっちはこの巨人に潰されるところだったんだよ!」


「私は3ヶ月前にその男の膝蹴りで肋骨を砕かれたばかりだ。しかし君が遅いのは、セルヒオのせいではないだろう」


 ピクリと眉が動き、眉間に皺を寄せるフリント。セルヒオは申し訳なさそうに肩を竦めた。


「フリント、もういい」


「すみません、隊長」


 カゲハは部屋の最前の席に腰掛け、いつもの騒がしい掛け合いに一喝を入れた。


 その瞬間、部屋に魔法通信が入る。


『おーい、みんな揃ったかなー?』


 軽快な女性の声がスピーカーから響いた。


『揃ってるね。お前ら、おはよう』


 巨大モニターに映し出されたのは、黒い長髪と黒い瞳の美しい女性。狂女王である。


 その姿に、部屋は静まり返る。


「おはようございます、狂女王」


 部屋の端にいた金髪の女性ミランダが唯一返事をする。


『おはようミランダ、今日も可愛いね。それに引き換えお前らは可愛げがないな』


「要件を」


 カゲハが冷淡な声で促す。


『あー、はいはい。せっかちな男だなカゲハは』


 中央のホログラム装置が起動し、回転する惑星と、その周囲の情報が映し出される。


『まず、この場に集めたのは“知るものを君たちだけ”に絞りたいからだ』


 惑星が回転し、神国から遥か彼方の国にフォーカスされる。さらにズームし、その国の現状が立体的に浮かび上がる。


『1ヶ月前、この国の上空を飛行していた魔導旅客機ショウ=ビル28番機が行方不明になった。信号が消えたのは、この地点』


「砂漠国家ユーガ……ユーガ・アーサー王の独裁国家か」


 セルヒオが苦々しい表情で呟いた。


『そう、テロ、貧困、信仰、内戦……盛りだくさんの独裁国家だ』


 狂女王はケラケラと乾いた笑いを浮かべる。


「つまり、たまたま上空を飛んでいた旅客機に、たまたま神国の要人が乗っていた……そういうことか」


 カゲハはホログラムを操作し、当時の乗客名簿を映し出した。


「うちの国の人が旅行なんて行くわけないし、きっと何かの視察だよね……あっ!」


 レイが名簿を眺めながら声を上げた。


『そう、みんなよく知ってる人物なんじゃないかな』


 ホログラムに、茶髪の優しい微笑みをたたえた女性の映像が映し出される。


『この方は、人女王の側近、大四季おおしき 真里まり。役職は“慈愛の導師”。神国中の“魂復師”を管理し、死亡率を極限まで下げた立役者だ』


 説明を聞き、隊員たちに動揺が走る。


『これは、人女王も知らない。知っているのは我々と、神女王のみ』


「!?」


 女王が知らない事案など存在しないはずだった。


「理由を聞いていいか、狂女王」


 カゲハが静かに問う。


『あー……聞いちゃう?それ』


「ああ」


『極秘中の極秘だ。これを知った以上、お前らは絶対にこの任務を遂行しなければならない。しかも神国の誰にも知らせず、だ』


 カゲハは振り返り、隊員たちに問う。


「みんな、問題ないか」


 全員が黙って頷いた。


『よし、お前らは“鴉”。この国の闇を喰らう影だ。世界のゴミどもを啄んで殺すんだ』


 狂女王の声が低く響く。


 『彼女の名は知っているだろう。だが、お前たちが知る“魂復師の長”としての顔だけが彼女の全てではない』


「……?」


 隊員たちの表情が変わる。


 『大四季 麻里──神国の歴史上、ただ一人“女王候補”とされた存在だ。かつて、この国の支配者となるべき素質を持ちながらも、ある理由でその座を降りた。だがその後も彼女は神国にとって、女王たちにとって、決して欠かすことの出来ない存在として生き続けている』


 ホログラムに映る麻里の柔らかな笑顔が、逆にその重さを際立たせていた。


 セルヒオが息を飲み、静かに呟く。


「女王候補……そんな話、聞いた事もないぞ」


 ミランダも続ける。


「私も。この国の歴史に、そんな名前が記された記録は存在しない」


 狂女王は薄く笑い、肩をすくめてみせる。


 『そうだろうな。それもそのはず、この事実を知るのは現存する女王のうちでも神女王と私だけだ。なぜなら──“この国に生まれるべきだった六人目の女王”を世に出す事は、あまりにも多くの均衡を崩すからだ』


 その言葉に、鴉部隊の面々は言葉を失う。


 『だが、彼女はただの失われた女王候補ではない。今もなお、この国の“死”の概念を遅らせ、民を救い続ける。魂復師たちを統括し、その術式と理論を極限まで高め、治癒と魂の癒しを与え、死を遠ざけることでこの国の安寧を保っている』


 狂女王の声が淡々と響く。


 『神国の死亡率が異常なまでに低く、ほとんどの死が老衰とされるのは、彼女の存在あってこそだ。その恩恵を受けている国民のほとんどは、その事実を知らぬまま生きている。だが我々は、その影の恩恵の正体を知っている』


 ホログラムの真里が、まるで此方を見つめているように微笑んでいる。


 『だからこそ、この国にとって、真里を失う事は“女王が一人消える”のと等しい。いや、場合によってはそれ以上の災厄になる可能性がある。……わかるな?』


 カゲハは静かに頷き、隊員たちもそれぞれ重く深い覚悟を胸に刻む。


「なら……尚のこと、俺たちの任務は確実に遂行せねばならんということだ」


 『その通りだ。だからこの作戦は、人女王には知られてはならない。あの方がもし知れば、感情が先走り、国家の意思を超えかねない』


「なるほどな……それなら神女王が静観を決めてるのも頷ける」


 セルヒオが、納得したように呻いた。


 狂女王は口元を歪め、黒い瞳に微かに揺らめく炎を宿す。


 『お前ら“鴉”はこの国の闇だ。必要ならば、民を、神を、そして時には女王すら欺き、この国の安寧を守る。覚悟はいいな?』


「……ああ」


 カゲハは静かに目を伏せた後、顔を上げる。


「我ら“鴉”は影に生き、影を食らう。この国のために」


 隊員たちも同時に拳を胸に当て、黙して頷いた。


 狂女王は満足げに頷き、声を潜めて言う。


 『よし。この作戦、絶対に失敗するな──頼んだぞ、カゲハ』


「御意」


 静かに響くその一言は、既に決して後戻りの許されぬ闇の任務の始まりを告げていた。


『大四季 真里。彼女はかつて、歴史上唯一の“女王候補”だった。しかし、女王にはならなかった。だが、この国の支柱であり必要不可欠な存在だ』


 隊員たちは息を呑む。


『君たちの任務は、彼女を生きて救出し、この国に帰還させること。それだけだ。いいな、カゲハ』


「ああ、問題ない。狂女王、貴女に従い、我らは任務を遂行します」

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