第2章 part2 聖と死
「なーに落ち込んでんの?」
魔導機の残骸の上から突然の声がした。
全く気配のなかったので、シンリは警戒を最大限にした。
こんな所に人間がいれば、その内包する魔力により、シンリは絶対に気づくはずだった。
だが、気づかなかった。それはこの人間がシンリにとって予想外の“敵”であることも示している。
「何者だ」
シンリは防御術式を展開した。
元々の特性上いかなる魔法も彼を傷つけることは困難だが、今の今までこの男の気配に気づけずにいた事実がさらなる警戒心を煽っていた。
軽薄そうなその男はボサボサの長髪で、ヘラヘラと笑いながら話すその様はさながら酒場で飲み明かす中年男性そのものだった。
「はは、俺が何者かって?そうだなー、強いていえば俺は“死体荒らし”の“墓荒らし”、この地で散った魂を導く“ホトケサマ”ってわけだ」
シンリの脳裏にある属性が頭をよぎった。
「なるほど貴様、ネクロマンサーだな」
シンリの体が聖の光を帯びる。
「おいおい、やけに現代的な呼び方してくれるじゃねーの。“死霊使い”って自称していたぜ」
男は酔っているのか、フラフラしながら立ち上がる。
「ここの魂を集めに来たってわけか。死体が山程あるから、宝の山にでも来たつもりか」
シンリは聖属性の剣を展開する。腕に集約した魔力と背中に羽の様に展開する魔力が“剣”として顕現する。
「おーっ怖いねぇ、まあ聞けよ」
「は?」
「俺は別名“死の王”って呼ばれてもいてな、ここには“女王”がいらっしゃると言うことで、“王同士”の挨拶も兼ねたつもりだったんだが……」
「お前の様な死臭の塊など、女王はおろか神国にすらたどり着けん」
夜だと言うのに、この戦場跡一帯は聖属性特有の光によって、オーロラの様に戦場を照らされている。
「それに」
シンリの魔力がさらに濃くなる。上空には、聖魔法の術式《鎮魂の鐘》が魔法陣として展開された。
「お前、俺との相性悪すぎるぞ」
死霊使いの男には、魔力展開の気配は無く。まさに一般人と同じ魔力ゼロの状態となった。
「なるほど、歴史上2人目となる聖属性を持った男が神国にいるってのはお前さんか。いやー、目的を探す手間が省けて良かったぜぇ」
ニヤニヤと不気味に男は笑っている。
「……気持ちの悪い奴だ。消されたくなければ、このまま消えろ。悪いことは言わない、“この国以外”でやれ」
シンリは刃を男に向けた。
「それは」
男は背中を向ける。大人しく引き下がるのかとシンリは思った。
「もったいないってこったな」
「!?」
ズンッ!!!
急な衝撃、足元から影の様な物が伸びていき、シンリの胸へ衝突した。よく見るとそれは幾重にも重なる闇のオーラを帯びた骨であった。
同時に展開していた“アマテラス”が強制解除される。
「ウッ!なんだと…?」
胸を押さえながら、自動でその傷を治るのを待った。しかし治りが遅い。
「不思議そーうな顔しているな。“死の魔法”は“聖の魔法”に対して絶対に優位になる事はあり得ないとでも?」
男の周りには闇のオーラを纏った無数のスケルトンが召喚されていく。
「死の魔法はその強力な性質から、元素の魔法、および特質魔法からも影響を受けづらい絶対魔法だ。しかし“聖属性”は死の魔力に対して触れるだけで消滅させる事ができる」
「そ…そう…だ……元に俺は過去にネクロマンサーと何度も対峙し、打ち倒して…いる」
「ハッハッハ!そりゃそいつらは不運だったんだな」
この話の中、男は300体ほどのスケルトンと50体ほどのドラゴンスケルトンを召喚している。上空に展開した《鎮魂の鐘》は一切影響がない様だった。
「死霊使いってのはな、限界が来やすいんだ。なぜなら闇の魔力は、その扱う人間の引き出せる量が決まっているからな、成長できないんだ。魔王以外はな」
シンリの体が回復した。
即座に別の魔法を発動させる。
「舐めるなよ!」
シンリは手に召喚した剣を握り、一瞬にして距離を詰める。同時に振り上げた刃がスケルトン軍団を両断した。
周辺一体が空間を割く様に破れ、そこから白い炎が広がっていく。
「グァァァ、アアアァァ」
広範囲の空間ごと切り裂き燃え出した攻撃に、スケルトンとスケルトンドラゴンが苦しみだし、灰になった。
「おっとっと」
男は宙へ回避していた。
それをシンリは見逃さない。
「良い着眼点だ、それは確かに俺に効く」
男は黒い魔力を展開、迫るシンリへゴーストのような魔獣を召喚した。
「無駄だ!」
ゴーストを男ごと断ち切る勢いで剣を振り上げた。
「ギャァァァァ!!!」
ゴーストが白い炎をあげながら苦しんでいる。たが、燃えるだけその体で刃を受け止めている。
「クソっ両断できないだと!」
男は相変わらずニヤニヤと余裕を持った表情をしている。
「それ、太陽神の術式だろ《ラーの滅炎》
を剣という物体として顕現させたんだな。魂を燃やし尽くす古い魔法だ」
燃え盛るゴーストから黒いオーラが漏れ出てくる。まるで白い炎がそれを喰らうかの様に。
「だが、切られる魂もまたその質量を上回っているのさ」
男の黒い魔力を纏った拳がシンリを襲う。盾になっていたゴーストごと、シンリは頭部へ打撃を喰らってしまう。
地面に叩きつけられるシンリ。
あまりの衝撃に辺りには大きなクレーターができていた。
「グッ…何なんだお前」
ふわりと着地する男はボロボロのローブの中から酒瓶を取り出してグビグビ飲み出した。
「うえーっぷ!今夜は月が綺麗だねぇ、魂達が騒いでいる。いーい夜だぁ」
シンリは次の術式を発動した。聖属性も魂を燃やす術式も効果が薄い。
ならば聖属性を魂と同調させ、回復の極地といえる超回復と肉体強化を白い炎を纏いながら戦う《永遠の体現者》という魔法だ。
シンリが“本気”になったと察した男は、慌て出す。
「おいおい、待て待て待て、まだ俺の名前すら名乗ってないだろうよ」
再び臨戦体制に入ったシンリに待ったをかける男。
「俺の名前はもう人の名前を名乗るのは昔すぎて忘れちまった。だが、取り込んだ魂にかっちょいい名前を知っているやつがいたんだ。そいつは転生者でな、俺の死の王をちなんで《アヌビス》と呼ぶと良いと教えてくれたんだ」
その名はシンリの深い記憶を呼び覚ます。
転生前に聞いたことがあるあの“名前”
「……それはある宗教に伝わる死の神の名前だ。お前みたいな不遜な輩には似つかわしくないね」
「おーー!知ってるのか!まさか転生者に会うとは150年ぶりじゃねーかー!」
アヌビスは目を見開き驚いている。
「それは喰いがいがあるじゃねぇーのー!」
シンリはアヌビスに向かっていく。武器による攻撃は先ほどから繰り出される闇のカウンターによって効果的ではない。
打撃戦により、アヌビスの纏う闇魔法を削り切る作戦で出た。
「おっと、それは当たったら俺には効くかもなぁ!」
アヌビスは焦りつつ、シンリの攻撃を避けていく。拳が空を切る毎に発生する白い炎は広範囲に周辺を燃やしている。
アヌビスは避けてるはずが燃える身を焼かれつつ、致命傷は避けている。だが、その回避も一切の手も緩める事はない。
術式により無限の体力を持つシンリに対してはジリ貧であった。
「うぐぅ!!!」
シンラの蹴りがアヌビスに決まる。宙に蹴り出された衝撃がアヌビスを襲い、さらに吹き飛ばされるアヌビスに追いつき渾身の拳が突き立てられる。
「ガァァ!」
血を吐き、大ダメージを負うアヌビス。
白い炎を纏いながら《永遠の体現者》を発動し続けるシンリ、この程度で死ぬとは思ってもないからだ。
「ゲホッゲホッ」
血を吐きつつ、フラフラと立ち上がるアヌビス。
「ゲホッ…いいねぇ、その魔法術式、俺は見た事がある……勇者が魔王を倒す際に似たような術式を用いて、闇の空間で永遠に近い時間を戦ったんだ。その時は、女神の力を勇者に憑依させる事で魔王は倒された…」
シンリは眉を顰めた。
「この世界の勇者のことなんて俺は知らん。これは俺自身が編み出した術式だ」
「くくく、分かってねえな……なぜお前さんの聖魔法が効かないかもわからないんじゃねぇのか?」
再びアヌビスは闇の魔力を解放する。
今度は鎧をつけた屈強な戦士が2人、虚な眼をして召喚される。
シンリは構える。
「それくらいわかる。俺の聖属性が当たるほどに影が濃くなり、影が強くなるほどその力が増しているんだろう?」
「半分当たりだ、くくくっ賢い奴は好きだぜぇ」
戦士は剣を取りシンリへ襲いかかる。
おそらく歴史の英雄クラスの戦士であろう2人の猛攻。シンリでは太刀打ちができなかった。
振り上げられた剣を避けるはずが当たり、攻撃を知覚したと同時に多方向からの刃がシンリを突き立てる。
しかしシンリはその《永遠の体現者》により切られた瞬間から回復が始まり、彼に触れる剣から白い炎が燃え移り対象を燃やし尽くす。
「ァァァァ」
あっという間に2人の戦士は白い炎に包まれた。だが、その瞬間であった。
ガッ ガッ
2人の戦士がシンリに掴み掛かる。2人が灰になるまでの数秒だった。
「刻め“聖痕”」
アヌビスの手が空に弧を描き、その中心から突き出すように手を開いた。戦士に掴まれながら、シンリは十字を手で描く仕草を思い出した。
瞬間、シンリを掴む戦士の目がグルンと回り、その眼球には円形状に五つの線が交わる紋章が浮き出ていた。
「ウグゥ!!!」
急な激痛が走る。《永遠の体現者》の効果により、痛みも傷も疲れすら伴わないはずのシンリの体に耐えられないほどの痛みが走った。
思わず空中から墜落する。2人の戦士はすでに灰となり、サラサラと砂になって消えていた。
ズキンズキンズキンズキンズキンと肩から胸、頭から額にかけて痛みが走る。
「ぐうううう!これはなんだ!?」
「お前は賢いやつだがな、よく詰めが甘いと言われないか?お前はそういうやつだよな、女王親衛隊隊長シンリ・カイセ」
アヌビスの闇の魔力がさらに増大している。だが、それだけでなく、ドス黒いオーラを身に纏ってもいた。
「体をよく見てみろ、似合ってるぜ」
「!?」
シンリは自身の痛みが発生している所を見た。相変わらず《永遠の体現者》は発動していたが、そこに治り切らない“傷”があった。術式の効果により治そうとしては傷が開きを無限に繰り返していた。
「これは……聖痕!?」
「そう、知ってるじゃねえか。そうだ、聖の者に対して起こる“呪い”みたいなものだ。ある者はこれに一生苦しめられる、だがそれは対価として女神の加護が強力になる」
「お前は……一体……」
シンリは聖痕により、動きに制約が出てしまっている。これを解除するには、《永遠の体現者》を解くしかなかった。
「お前さ、女神ってわかるよな?元々この世界を創世したと言われる絶対神だ。もちろんその信者は世界中で溢れかえっていたんだぜ?」
シンリは痛みから意識が飛びそうになるが、男の声に集中する事でなんとか意識を保っていた。
「女神教は時代と共に……消えていったと聞いている……」
アヌビスは高笑いをした。邪悪な笑いだった。
「女神教が消えていった理由、それは“俺だ”」
「!?」
さらにドス黒いオーラは増大している。シンリの聖のオーラを逆に飲み込まんとしているようであった。
「聖典による女神の施し、そしてその信仰による教会という領域を駆使した“奇跡”、死者すら蘇らせる強力な魔法式」
アヌビスは邪悪な顔がさらに歪む。
最初の軽薄な酔っ払い男のような印象はもう無い。
「俺は、それを闇魔法で“飲み込む”事に成功したんだ」
「待て……俺が知る女神教は、はるか昔のはず……」
「あっはっはっは!!!はるか昔か!そうだな!あれはもう“700年”も昔の話だったよなぁ!」
「!…おまえは……」
「光は闇を祓う、闇は光を飲み込む、まさに光と闇の戦争だった!俺は1人であの強大な教会を、教国を飲み込んだのさ!」
アヌビスの闇のオーラから、死霊達が大量に飛び出してきた。過去、膨大な数を取り込んできた成仏を阻まれた死霊達が呪詛を叫びながら月明かりに照らされた空を飲み込んだ。
「シンリ……実は隠してたことがあってな」
シンリは《永遠の体現者》を解除した。同時に聖痕は消える。漆黒の闇の中で、聖魔法を改めて展開したシンリが光輝いている。
「この俺はな、南の大陸からここにやってきたんだ」
「!?」
シンリに動揺が走る。この男はすでに1人の死霊使いとしての領域を超えている。まさに災害と言ってもよかった。
その時であった。
『…侑』
耳元で、聞きたく無い声を聞いてしまった。
『侑……ごめん』
あの頃の、声
『侑さん…お願いだ、奴を…』
この名前は、捨てたはずだった。
「貴様…!あの大陸で何をした!」
「あーあ。お前ってさ、てかお前の国はさ、他所の国の事情とか仕入れないんだな。まじで自己中心的な奴らだよ、お前らは」
「何をしたって言ってるいるんだ!!!」
シンリの光がさらに強くなる、死霊が竜巻のように周りをグルグルと回っている。ここの一帯は、闇より濃い黒で染まっていた。
「未だに魔法生物や魔法使い、魔法に関する文化が色濃く残る南大陸は、“俺”という存在にはあまりにも脆いもんだ。あの大陸はもう6割は闇に飲み込まれているうううううんだよねぇ、侑ぅぅぅぅ!」
「貴様ぁぁぁぁぁ!!!!術式解放!《創世の光》!!!!」
「ばァァァァか!!!全部飲み込んでやるわぁぁぁぁ!!!」
シンリの放つ極大魔法《創世の光》は聖属性の極地である大質量の光を生み出す魔法である。“それ”に当てられた者はその質量による分解が始まり消滅する。
「アーッハッハッハッ!!!」
邪悪な高笑いをしながら死霊の嵐を生み出し続けるアヌビス。国一つの人口分の死霊はシンリに襲いかかる。質量を持った闇魔法の圧殺領域を展開している。
嵐と嵐のぶつかり合いのように、互いを飲み込まんとする光と闇の攻防。
シンリはこの世界に舞い降りてきてからら、ずっとこの湧き出る聖魔力を魂へ貯蔵していた。光という質量0のものを、感覚的に溜め込む事ができる事が即座に理解できていたのだ。
対するアヌビスの闇の魔力は、女神の聖魔力が反転した死の神の黒魔力。本来次元の狭間に閉じ込められるはずの極悪の力が、現世に顕現しているのだ。
ジリジリと、光を飲み込み始める闇。
その救済された動植物と人間の魂は10億を超えていた。
「……終わりだな、シンリ」
ピキッとシンリの展開する光にヒビが入る。それはガラスが端から割れていく様に美しく崩れ去っていった。
「はぁーっ…はぁーっ」
遂に内包する光を吐き出し切ってしまったシンリ。今やただ人に近い。
「すげえなお前、俺の500年分蓄積、それは3分の1持ってきやがった」
アヌビスが展開する死霊は先ほどの様な勢いはなく、死の王は目の前の“光の戦士”に敬意を払った。
「そして俺はお前を飲み込む事で、それを裏返した闇を取り込む事ができる。つまり念願の“勇者喰い”が叶う」
アヌビスは大きく息を吸った。
「長かった……勇者の奴は自身を封印する事でこれを防いでやがったからな。お前の様に賢い奴だよ」
「それも、終わりだ」
アヌビスは手をかざすと、シンリの足元に漆黒の魔法陣が出てくる。これが取り込む儀式なのだろう。
しかしこの瞬間、空から一つの“星”が煌めいた。
その煌めきは、圧倒的な存在により地上にいるアヌビスに存在を知らしめた。
「……おいおいマジか!俺は今日マジでついてるかもしれねぇぞぉ!」
ズガァァァン!
流れ星は、シンリとアヌビスの間に隕石の如く舞い降りた。
「情けない奴だ、本当にお前は」
「す…すいません。いや、本当に申し訳ございません…真女王…俺は…」
「いやいい、お前はそういうやつだ」
そういうと真女王はアヌビスを見据えた。
「!!!やべえぜ、これが“女王”ってやつか」
アヌビスには真女王から発せられる途轍もない魔力量に対し、手持ちの死霊では展開しても霧を浴びせるようなものだと悟らせた。
「だがぁぁしかぁぁし!実質No.2と言われる真女王、お前とそこの勇者もどきを取り込めば、実質的に神国は俺の物となるだろうぜぇ!」
アヌビスは新たな術式を展開した。
それは闇魔法による世界の顕現。地獄の入り口と呼ばれる世界を崩壊させる禁忌魔法。
「いくら女王といえど!女神には敵うまい!」
現れたのはアヌビスが700年前に取り込んだ“女神”
世界に秩序と安寧をもたらした、神話の時代の神であった。
しかし召喚と同時に女神は黒い魔力に包まれ、6本腕の獣の様な風貌へ変化していく。
「死の女神、《ヘラ》、これがお前達神国を滅ぼす700年前までに存在していた絶対神だ。さあ真女王、この女神と共に神国を滅ぼそうじゃないか」
ヘラヘラと軽薄に語るその風貌はまさに“悪魔”であった。
「……ふん、他力本願な腰抜け男が、結局女への依存でしか自身を動かす事ができないとはな。哀れな末路だな」
真女王は何か術式のような物を展開している。それはアヌビスにも、瀕死で倒れているシンリにも認識ができなかった。
「さぁぁぁ、第二ラウンドと行こうぜえええ!」
闇魔法の中毒により、ハイになっているアヌビス。だが、ふと気がついた。
手が震えている。
ブルブルと冷たい何かが背筋から全身へ溶け出しているような感覚だった。
酒のせいではない。違う何かだ。
「あ……」
原因はすぐわかった。
目の前の真女王は、今まで抑えていたその“存在感”を解放したのだ。少し風貌も変わっている。
透き通るような美しき蒼い鱗、頭から生える白銀の2本の角、背中から生える目を見張るほど美しき羽、そしてその瞳はダイヤモンドの様に美しき水色。
「さて」
ふと、真女王は堕天女神ヘラに近いた。
その動きはあまりにもはやく時が止まっていたかの様だった。
ヘラは一瞬怯んだが、すぐさま真女王へ掴み掛かる。触れる事でマーキングされ、暗黒空間の闇の鎖が対象を引き裂く破滅術式を含んだ手だった。
パンッ!という弾ける音がした。
「ギャァァァァ」
ヘラの腕が消し飛んでいる。
そして、苦しむヘラを変貌した真女王が睨んだ。
パンパンパン!
まるで泡が弾けるように世界を支えていた女神は穴が開いていき、そして消し去っていった。
「おいおいおいおい、なんだこれ、真女王!お前は竜人だったのか!?竜人の域を越えてやがるぞ!竜人なら、俺も…」
アヌビスは自分の闇からゴーストを呼び出す。それを鼻から吸い、その情報を吸い出した。おそらくストックしていた中に竜人もいたのだろう。
そして……その震えはさらに強くなることになる。
「竜人……じゃない。真……竜…?」
アヌビスは膝をつく。竜人の記憶と同調した事による、真女王の真名を知る事で逆らう事がよりできなくなったのだ。
そんな姿を見た真女王は、フッと笑う。
「さすが長命なだけあるじゃないか、私の真名にたどり着くとは」
「竜種の真祖、真竜……さま」
真女王とアヌビスは目が合う。
パンッ 体に穴が開く。
「これは…相性が」
真女王はアヌビスに一歩近づく
パンッ 今度は頭に
「悪すぎるよな」
パンパンッ
血塗られた戦場跡、魔導機械の残骸と死体が転がる未だに血生臭く鼻につくこの平野は、死霊使いが死ぬことによる囚われた魂の解放による魂達の光の渦で照らされていた。
瀕死ながらも真女王の戦い、いや蹂躙を見届けていたシンリは立ち上がる。
「……」
自身の不甲斐なさに言葉が出てこないシンリ。真女王はシンリの隣に立った。
「貴様の敗因は、飛竜を使用しなかった事と、女王の魔術回路を使用しなかった事だ」
「…はい。その通りです」
「そうすれば、奴と相打ちくらいまでには持っていくことはできた」
「……」
シンリは俯いたままだ。
「だが、お前は間違っていない」
「え?」
真女王はシンリの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「お前の戦いを見届けていた。それは武士であり、騎士であり、まさに勇者であった」
「……いや…俺は…」
シンリは拳を握りしめる。
涙を止める事ができなかった。
「良いんだ、お前は“真なる判断”を下した」
真女王は、母が子を抱きしめるようにシンリを両手で包み込んだ。
死の王から解放され、魂達はチカチカと光を発している。
行き場を無くした魂であったが、シンリを知る懐かしくも温かみのある彷徨う魂は2人をいつまでも暖かく包み込んでいた。