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第2章 part1 シンリと侑

 鉄と血の匂いが入り混じる荒野を、一人の青年が歩いていた。


 彼の着る白のローブは、幾筋もの血痕に染まり、その足元には無数の魔導機の残骸と、かつて命を持っていた者たちの亡骸が転がっている。


 その光景は、もはや虐殺と呼ぶほかないものだった。


 その男の名は、シンリ・カイセ。


 この国、神国において絶対の存在とされる女王の直轄親衛隊、その隊長を務める青年である。


 彼は、今まさに自分が成し遂げた“殲滅”という行為を、改めて痛烈に実感していた。


「やはり……全てを殲滅なんて、俺にはできなかった」


 そう呟き、虚ろな目で血と鉄の匂いの漂う荒野を見渡す。


 彼の胸には、深い後悔と、そして諦めにも似た感情が渦巻いていた。


 彼は転生者である。


 この世界に転生する前、シンリは『飛間とびま ゆう』という名の、ごく普通の青年だった。


 現代日本で生まれ育ち、高校を卒業したものの、特にやりたいことも見つからず、ただ日々をやり過ごすことしかできない、ごく平凡で怠惰な若者だった。バイトでもして、何となく生きていこうかと考えていた、そんな矢先だった。


 いつものように電車に乗り、うたた寝をしていた侑は、ふと目を開けると真っ白な空間に立っていた。


 どこまでも広がる純白の世界。その中央には、まるでゲームのウィンドウのようなものが宙に浮かんでおり、そこには二つの選択肢が表示されていた。


《ニューゲーム?》


《それともコンティニュー?》


 まるでよくある異世界転生モノの冒頭のような展開だった。侑は状況がよく飲み込めず、ただ呆然としながらも、画面をぼんやりと眺めていた。そして、なぜか無意識のうちにこう呟いた。


「ニューゲーム……」


 その瞬間、眩い光が辺りを包み込み、目を開けていられないほどの強烈な輝きが彼を包んだ。その光の中、かすかに見えたのは、新たなウィンドウに表示された文字だった。


《ヨウコソ!女王ノ世界ヘ!》


 それが、侑が異世界に転生した瞬間だった。


 目を覚ました場所は、どこまでも続く広大な森。


 周囲には見知らぬ植物や不気味な鳴き声が響き渡っていた。混乱する侑を待ち受けていたのは、この世界の魔獣たちだった。


 幾度となく魔獣に追いかけ回され、命からがら逃げるうち、侑は自分の内に“魔力”と呼ばれる力が宿っていることに気付く。


 この世界では、魔力を行使することで火を操り、水を呼び、風を生み出すことができると知り、彼もまたその例外ではなかった。


 初めは無我夢中だったが、次第にその力を使いこなし、魔獣を退け、人々を助け、そしていつしか仲間ができた。


 その後、共に旅する仲間たちと南の大陸を巡り、魔物を討伐し、人を救い、名を上げるようになった。


 そしてある日、仲間たちの口から『神国』の名が上がる。


遥か北方、世界の中心に存在し、四人の絶対なる女王が統治するという国。その神国への入国を目指す話題になったのだ。


「まさか、あそこに入国するには厳重な審査があるんだろう?俺たちじゃ無理だろ」


 侑は笑いながらそう言った。だが、仲間の魔法使いは真剣な眼差しで侑を見つめる。


「あなたの魔法は特別よ。あなたの持つ“聖”の属性の魔力は、この世界ではもう失われたもの。全ての魔を祓い、浄化する力……もし、あなたがこの世界に500年前に現れていたら、世界の運命はきっと変わっていたわ」


 剣士も付与魔術師も、皆が同意し、侑を神国へ送り出そうと説得する。その言葉に心を動かされ、侑は旅の目的を神国へと定めた。


「じゃあ、行ってみるか。遠いけど、何か手掛かりもあるかもしれないし」


 そして5年の歳月をかけ、仲間と共に各地を巡り、幾多の戦いと出会いを経て、ついに神国へ辿り着いた。


 魔導機を使った移動手段は金銭的に叶わず、すべて徒歩と馬車での長旅だったが、仲間と共に過ごす日々はかけがえのないものだった。


 神国の入国審査の門に到着した際、そこには大きな建物があった。建物へ並ぶ長蛇の列もあり、入国を望む者の多さを物語っていた。


 その建物の中心がどうやら国境の様で、半分を割る様にして結界が貼られていた。


 付近には宿も食事処などもあり、侑が率いるパーティーはしばらくの滞在を余儀なくされていた。


 数日待ち、ついに侑のパーティーの審査日がやってきた。正直な所、侑は無駄足だとしか思えなかった。


 なぜなら審査を受けに入っていく人々は例外なく国境を越えられていない。


 人々は口々に話していた。


「あんな小娘なんかに……」


「人女王なんてお飾りだろ、あんな子供に審査なんかやらせて……」


「神国は差別国家だった……」


 全てはその“人女王”による審査で決まっているようであったが、この三日間は彼女を頷かせた者は1人とていなかったようだ。


 飲み屋で酒や飯を食らいつつ、辺りの魔獣狩りの依頼などこなし、侑はついに審査の日がやってきた。


 初めて入る建物内部は、まるで近代国家の“ビル”のようで、南大陸には無い仰々しさがあった。


 通された部屋は、一国の王などが座する“謁見の間”のような佇まいである。


 侑のパーティーはそこへ通される。そして薄く貼られた結界があり、その先には栗色の髪をした幼い少女が座っていた。


 この世界で絶対とされる四女王の一人、『人女王』である。


(なんて魔力量だ……!)


 侑は南大陸で1番巨大な火山、ドラゴアースの火口、その奥で見つけた“星の龍脈”で感じたそれと同じ、圧倒的な魔力の奔流に息を呑む。


 人女王はにっこりと微笑み、侑をまっすぐに見据えてこう言った。


「あなた、転生者なのね?」


 その眼差しは侑を見据えていた。

 まるで、侑の全てを見透かしているようであった。


「は、はい。この世界ではそこまで珍しくはないようでしたが、神国なら何かヒントがないかと思いまして……」


「おい、侑。なんか変だぞ?大丈夫か?」


 子供ながらに絶大な魔力を感じている侑に対し、他のメンバーは何も感じてないようでまるで子供を見るかの様な目で人女王を見ていた。


 人女王はニッコリ笑う。


 無邪気で、その見た目通りの小さな子供のような輝く笑顔で。


「いいよ、この国においで」


「え?」


 あまりにもあっさりと入国の許可が出たことで、侑は呆気に取られる。


 まるで、自分がこの国に来ることを最初から知っていたかのような、その当然の態度に、胸の内に不安と興奮が入り混じった。


 だが、その場で仲間たちの入国は認められなかった。


 理由は告げられず、ただ“決まり”だとだけ。


 彼女は、最初から侑しか視線を送っていなかった。周りの仲間は、何とも思われてなかった様に。


 そして入国は即座に行われた。


 人女王のいる目の前の結界が、巨大な扉のように開いていく。


 これが門だったのだ。


 侑は扉へ近づいた。

 そして振り返った。


 そこには、門の前で泣き笑いの顔を浮かべる仲間たち。


 それを見て、侑の胸に熱いものが込み上げる。


「みんな……!」


「行け、侑!お前ならできる!」


「お前を信じてる!」


「貴方といれた事、絶対忘れないから!」



 門が開き、結界を抜けて行く侑は、何度も振り返る。


 そのたびに、仲間たちは涙を浮かべながら笑っていた。まるで、自分たちの役目はここまでだと悟っていたかのように。


 巨大な扉をくぐり抜けた先、大理石の道の先には移動ポータルがあり、そこからどこかへ移動する様であった。


 侑はそこに立つ、すると辺りから光が集まっていき、あっという間にどこか遠いところへ“転送”された。


 ふと、侑は顔を上げた。


 そこには煌びやかに飾られた椅子に座る四人の女王たちが侑を待っていた。


「なるほど……今は亡き勇者と同じ魔力属性。ようこそ、飛間 侑。この国へ」


 神女王が穏やかに微笑み、挨拶する。



「聖の魔力。まさに“勇者”の再来か」


 獣女王は興味なさげに侑を一瞥するだけだった。



「残念ながら、魔王はもういないし、魔獣を狩るぐらいしか使い道がなかったんじゃないでしょうか?ごめんね、最初視たとき、“宝の持ち腐れ”って思っちゃいました」


 人女王はにこにこと無邪気に言い放った。


(なんだこの国の空気……)


 何か、入国できたからといって別に歓迎されているわけではないという空気感が、そことなく感じた。


 その圧倒的な女王達の存在感は、魔力だけでなく重圧感として侑の心を潰しにかかる。


 だが、そんな自分と偉大なる4人の“差”が、侑の肩に乗る重圧がストンと落ちた気がした。


「はは、まあそうなるのかも。でも、悪くは無かったと思うな。今までの冒険は」


 侑は乾いた笑いをしながら、女王達を見た。その圧倒的な存在感は、自分がこの世界の主人公だと錯覚していたと改めて実感する。


「……飛間 侑、お前は私が拾ってやろう」


 真女王が立ち上がり、侑を見下ろしながら話しかける。何か自分は物か何かなのかと侑は思った。


 そしてニヤッと笑う。


「ちなみに、だ」


「?」


「お前は元の世界に戻りたいか?」


「…!それは…」


 侑の脳内には転生前の何もない空虚な自分がフラッシュバックする。何もしない、何も目指さない空の自分。


「い、いえ。俺はこの世界の方が大切です」


 大陸の英雄とも言われた自分、大切な人たちが長い年月をかけて侑を大人にしていた。


「そうか、例え戻れたとしても、“我ら”がいない世界はさぞつまらないだろうからな」


「そうかもしれないな……」


「では、お前は今日から私の部下だ。その為にも親衛隊のテストとカリキュラムを全て受けてもらう。わかったな」


 真女王は自身の衣服についたバッチを取り、侑に投げ渡す。


「それはこの私、真女王への忠誠を誓う証だ。常に携帯しておけ」


 それは銀色の装飾に龍が描かれた紋章、この世界にも何故かある漢字で“天明河”と達筆で刻まれていた。


「さて」


 真女王は、ずっと静観をする神女王へ向き直す。


「この者は、私の“セカンド”として、受け継がせてもよいか?神女王」


「「!?」」


「?」


 人女王と獣女王の顔が驚愕する。

 セカンドとはいったいなんなのか。


 一瞬、神女王の顔が強張った気がしたが、すぐ元の柔らかい雰囲気に戻る。


「……いいでしょう。貴女がそういうのであればそれは“真なる判断”であると言うことです」


 侑は何のことかわからなかったが、尋常ではないことは雰囲気で察した。


(よくある展開だと、あの女王と結婚……)


 その瞬間、人女王の目が赤く光り、侑を睨む。おそらく彼が眼にする最初で最後の慈愛の人女王からの“蔑み”の目だ


  “そんなわけないだろーが”


(なわけないよねぇー…)



 「さて、飛間 侑」


「は、はい」


 神女王は侑ににこやかに話す。


 「貴方は今ここで生まれ変わります。2度目の“転生”と言っても良いでしょう。女王である者の力を、貴方はほんの少し与えられるのですから」


「こ…光栄というか……いいんですかね。俺で」


 「それは貴方の“魂”が決めることです。そして“それ”が貴方を選んだのならば、名を与えましょう。私の“神”と彼女の“真”を冠した……『シンリ』と」


 名を与えられた。


 なんとなく、転生前の名前を使っていた侑にとって、初めて得る“この世界の名前”


 スーッと自分の中の黒いわだかまりが風の様に去っていった気がした。


「……はは、なんか…なんだろう。わからないけど、俺は幸せです」


 侑は何故か涙が止まらなかった。


 この瞬間に今まで生きてきた『侑』が報われた気がしたのだ。


 そして、侑は真女王から“血”を与えられる《神滅式》と呼ばれる儀式が行われた。


 銀色の杯の上で、真女王は拳を握りしめる。

 すると赤い血がぽとりと落ち、それが一瞬にして一口分のワインの様に増えた。


「さあ、これが儀式だ。なんてことのない私の血だ、おそらく不味くはないだろう」


「は…はい。頂戴します…」


 恐る恐る杯を受け取る侑。

 杯の中の血は、僅かに脈打っている様な気がした。


 そして侑は一気に飲み干した。


「う…ぁぁぁ」


 侑の全身が白い炎に包まれた。


 その熱と痛みにより、体の奥底と魂の根源に“女王”の力が刻まれたのだ。


 侑から、シンリへ


 日本人特有の黒髪が白く銀色に、瞳も青色に輝いた。


 それはこの世界で初の、女王の力を継いだ“男”の誕生であった。


そして、目の前から乾いた拍手が聞こえてきた。


 パチ  パチパチ  パチパチパチパチ


「お……おお〜」


 それを目の当たりにした獣女王は驚きを隠せずにいた。


 彼女らは自然と拍手していた。


「すごい…!すごいですよ!感動です!」


 人女王は涙を流して拍手をしている。

 そんな人女王の隣に神女王が立ち寄った。


「……これは、貴女のおかげですよ人女王。貴女のテレパス能力は本当に賞賛に値します」


 神女王は人女王の側により抱きしめる。


「神女王ざまぁぁぁぁ」


 人女王は嬉しくて号泣している。

 そんな人女王をよそに、真女王はシンリへ歩み寄る。


「さて、世界を変えるぞ。シンリ」


 誇りに満ちた真女王の顔が、その時のシンリにとって今後の人生にとって永遠の支えとなっている。




「が、今はここまで来たか……」



 頭の中の思い出は、いつまでも色褪せない。異世界転生からの女王のセカンドへの転生。


 絶対者の服従は、シンリの心には充分過ぎるほどの満足感があった。


 だが、やはり前世での自分はまだ残っており、この虐殺が自身を曇らせていた。


「まあ、気にしてもしょうがない。神国は俺が守るんだ」


 揺らぐ心は自分の存在意義を思い出すことで取り戻す。



   「なーに落ち込んでんの?」


 魔導機の残骸の上から突然の声がした。

 全く気配のなかったので、シンリは警戒を最大限にした

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