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第1.5章 女王の茶会


 柔らかな陽光が降り注ぐ庭園の東屋。色とりどりの花々の香りが空気を満たし、暖かな風が緑葉を揺らしていた。


 その中、四人の女王が静かに席につき、穏やかな茶会の幕が開ける。


 神女王は手にしたティーカップをそっとソーサーに戻し、テーブルを囲む三人の女王たちを見渡した。


「……前回の戦闘で確認された通り、西側でも魔法使いは一人も確認されませんでしたね」


 その言葉に応じたのは、クッキーを口にしながら獣女王だった。


「やっぱり減ってんだな。時代ってやつかね」


 彼女は特に驚いた様子もなく、気楽に言葉を返す。


 人女王は少し高めに用意された椅子にちょこんと座り、ミルク多めの甘い紅茶をゆっくり口に含んでいたが、少し困ったように小さく首を傾げて口を開いた。


「そもそも、どうして魔法使いが減っているのですか? わたくし、あまり外のことには詳しくなくて……」


 その問いに応えたのは、紅茶ではなく濃いエスプレッソを嗜んでいた真女王だった。今日の彼女の服装は、何故か女学生の制服。その姿でいかにも学者然とした口調を崩さないのが、むしろ彼女らしいと言えた。


「そうか。人女王はこの世界の魔法史について、あまり知らぬのだな」


「し、失礼ですよ! ええと、確か……魔導技術が発達したことによって、人間が魔法を必要としなくなり……進化、いえ退化ですよね!? あ、むぐっ!」


 人女王が焦って話し始めたところに、獣女王がクッキーを彼女の口に押し込んだ。


「ふふっ……」


 その様子を微笑ましく見つめつつ、真女王は魔法を行使し、宙に淡く光るホログラムを展開した。そこに現れたのは、先の尖った帽子を被り、灰色のローブを纏い、杖を手にした老人の姿。古典的な魔法使いのイメージそのものだった。


「そうだ。約一千年前には、魔法使いなどいくらでも存在した。世界のあらゆる理は、魔法によって動かされていた」


 ホログラムの老人は杖を振り、炎を生み出し、雷を呼び、風を操ってみせる。


「だが、それから三百年ほどが経つと、当時はまだ傍流だった魔導技術が台頭し始める」


 ホログラムの老人の前に、機械仕掛けの人形が現れ、老人を打ち倒した。


「この世界の英雄といえば“勇者”と相場が決まっているが、実際にこの世界の発展に最も寄与したのは、“付与魔術師アークミラー”だ」


 新たなホログラムには、様々な物質に付与魔術を施す青年の姿が映し出された。


「むぐむぐ……それは知っています。彼の付与術式は……もごもご、万物への付与とその限界を……も、もが……ちょ、獣女王!」


 ずっとクッキーやケーキを口に詰め込まれ続けていた人女王は、ついに怒りの声をあげる。獣女王はヘラヘラと笑いながら肩を竦めた。


「そうだ。彼は歴史上、すべての物質、そして人間に付与と還元を繰り返し、この世界の魔術レベルを文字通り“限界突破”させた。そして、魔力を持たない者でも魔法を扱える魔導物質の量産に成功した」


 真女王は優しく人女王の口元を拭い、話を続けた。


「だが、これこそが人類の魔法体系の終焉となった」


 ホログラムはさらに大きく展開され、今度は広い夜空のように庭園の天井いっぱいに光の紋様が浮かび上がる。


「人女王、付与魔術は扱えるな?」


「もちろんですよ! そのシュークリームを持った誰かの身体能力を片っ端から下げて、病気にして差し上げましょうか?」


 人女王は怒りに満ちた笑顔で獣女王を睨みつける。獣女王は両手いっぱいにシュークリームを抱え、人女王のその表情を見ると、すごすごとそれらを食器へ戻した。


「……話を続けるぞ」


「……はい」


 真女王の睨みに、獣女王も渋々頷く。


「さて、人女王。その付与魔術、いや呪いと言ってもいい。それはどのくらいの期間、効果を持続させることができる?」


「え、まあ……わたくしの魔力量であれば、五十年ほどは維持できるかと。ただ、準備させてもらえるならば、時間は必要ですが……かるく百年くらいなら」


「では、永続は?」


「永続……うーん、それは流石に。特に専門的な魔法でもないですし、できるものを構築するだけで一週間以上はかかると思います」


 人女王は難しい顔をして頭を抱えた。そんな永続的な付与など、想像すらしたことがなかった。


「そうだ。永続的に付与し続けるのは、並大抵の付与魔術師では到底不可能なのだ」


「わたしならできるけど」


 獣女王がニッと笑いながら手を挙げるが、真女王は迷いなく一言で斬り捨てた。


「煩い」


「ひん」


 軽くたしなめられた獣女王は、肩を竦めて笑う。


「そして、これがその術式だ」


 庭園の天井いっぱいに広がるホログラムは、まるで夜空に散りばめられた星々のように美しく輝き、緻密に組み上げられた魔法陣が浮かび上がった。


「すごい……きれい……」


 そのあまりの美しさに、人女王も思わず見惚れる。


「だが、気づいたか?」


 真女王の問いに、一瞬表情を曇らせる人女王。


「……ええ。これって、“永続的に付与する魔法には、その術師の骨肉を要する”。つまり、自らの身を削って行う術式ですよね」


「よく気づいたな。そうだ。当時の魔術師たちは、未来の為にこの術式の犠牲者となった。付与魔術の全盛期、人々は回復魔法を延々と使いながら、この術式を行い続けた。その果てが、今のこの世だ」


 ホログラムは、魔導物質を生み出しながら命を削る魔術師たちの様子を映し出し続けていた。


「でも、なぜ魔術師たちはそこまでして永遠の付与魔術に魅せられたのですか?」


「いい質問だ」


 すでに茶会は、真女王が先生、人女王が生徒という形の“授業”へと様変わりしていた。獣女王は口を開けて寝てしまっており、神女王は静かに微笑みながらそれを見守っていた。


「理由は単純だ。楽だったからだよ」


「楽……ですか?」


「たとえば、私たちは移動に魔導車を使うが、そこに施されている魔法がいくつあるか、分かるか?」


「ええと……250ほどでしょうか。駆動系や制御機能の数から概算して」


「実際は、五千通り以上だ」


「えええっ!?」


 思わず声をあげて驚く人女王。真女王はそれを見て、わずかに微笑む。


「もっとも、“プログラム”という電気系統の魔術を応用して複数の術式を組み合わせているからでもあるがな」


 真女王はホログラムを消し、ため息をついた。


「つまり、500年前の付与魔術師たちは、その場でこれらを行使していた。それができるのは、ほんの一握りの才覚を持つ者たちだけだった。だからこそ、アークミラーは永続付与魔術の研究を進め、世に広めたのだ」


「ですが……」


 人女王の目がきらりと栗色に輝いた。


「でも、結果として現在の状況は……あまりいい方向とは言えませんね。戦争ばかり。魔導技術は世を良くするどころか、むしろ」


「その通り。500年前は、誰もそれを見越せなかった。皮肉なものだよ。付与魔術の発達による技術革新は、結果的に魔法使いという特別な存在を不要とし、人間の在り方を変えてしまった」


 真女王は冷めたエスプレッソを飲み干し、息をついた。


「ありがとうございました、真女王、ユズリ」


「ふん、家名を呼ばぬところは君らしいな、人女王、ユリア」


 そう言って真女王は人女王の頭を撫でる。人女王は満面の笑みで「えへへ」と笑った。


「え、終わっちゃったの!?」


 突然目を覚ました獣女王が素っ頓狂な声をあげる。


「終わったぞ」


「終わりましたよ」


「終わらないで〜! 私の話も聞いてよ〜!」


 と、駄々をこねるようにテーブルを叩く。


「一つだけだ、聞くのは」


「やった! それじゃあ言うよ。かの伝説の付与魔術師アークミラー……あいつに永続付与魔術を教えたのは、私なんだよね〜」


「……は?」


「……え?」


 真女王と人女王は絶句する。


「アイツは才能はイマイチだったけど、根性だけはあったから、誰もやりたがらない永遠の付与魔術の公式論を50年かけて教えてやったのよ。普通なら発狂するよね」


 獣女王は笑いながらそう言い放った。嘘をつかない彼女の言葉は、なおさら滑稽に聞こえた。


「え……でも500年前って……歳が……」


 人女王が目を白黒させながら、禁句を口にしてしまった。


“失言だった”



(……バカ)



 真女王は心の中で呟いた。



(……お馬鹿ちゃん)



 獣女王の顔が強張り、笑顔が引き攣る。


 そんな空気を見ていた神女王は、顎に手を添え「うーん」と少し考え、心の中で呟いた。



(……今日はこれで終わりだな)



 そして四人は、誰ともなく無言のまま席を立ち、それぞれの部屋へと戻っていった。


 その夜、人女王は枕を涙で濡らすこととなるのだった。





【おまけ】


 人女王 年齢→48歳!




 真女王 年齢→65歳!





 獣女王 年齢→1500歳くらい(本人談)




 神女王 年齢→不明


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