第4章 part20 アヴァロン
カムイ――それは神国の管理地域であり、同時に神国の直轄領でもある。
年間にしておよそ百万人もの人々がこの地を往来し、交易のための品々や、各地から集う情報、さらには多様な文化が交錯する大都市であった。
当然ながら、人と物が流れる場所には常に影が寄り添う。要人の移動や貴重な荷の運搬は、犯罪組織や盗賊、あるいは森や荒野から現れる魔獣にとって格好の標的となるのだ。
そうした脅威を退け、人々の安全を守るのはギルドの役目であり、カムイに根を張る数多のギルドたちは、それぞれの矜持を胸に日々任務へと挑んでいた。
数あるギルドの中でも、頂点に立つ存在といえば誰もが口を揃えて名を挙げるだろう。
――巨大ギルド【アヴァロン】である。
魔法剣士百五十名、魔法使い百名、後方支援に当たるサポート要員三百名。
総勢数百名に及ぶこの組織は、創設からおよそ百五十年という歴史の中で幾度も最強を更新し続け、今や世界でも指折りの戦力を誇るギルドへと成長していた。
そして、現代のアヴァロンを率いるのは――ジャック・リーパー。
彼はただの名剣士ではない。剣聖の上位称号にあたる【ソードマスター】の称号を授かりし、まさに「王」と呼ぶにふさわしい存在であった。
その名を知らぬ者はカムイに住む者の中にはいないだろう。
彼の率いるアヴァロンの本拠は、ギルド庁舎を中心にした巨大な複合施設であった。
そこには鍛冶工房が並び、魔法道具を扱う専門店が軒を連ね、さらに宿泊施設や休息の場も整備されていた。冒険者たちにとっては活動の拠点であると同時に、市民たちにとっても希望と安心を象徴する場所だった。
まさにカムイの顔、誰もが誇りとした存在である。
――そのアヴァロンが。
壊滅した。
突如として起こった爆発。凝縮された魔力エネルギーの奔流が光と熱を伴って解き放たれ、庁舎を中心に一帯を呑み込んだ。
灼熱の炎は石造りの建物すら溶かし、内部にいた者たちを瞬く間に炭と化していく。外壁は砕け、天井は吹き飛び、街を誇った堂々たる建築は、まるで紙細工のように崩壊していった。
かろうじて生き残った者は、爆風によって周囲へと吹き飛ばされた者たちだけだった。
瀕死の状態で倒れ伏す彼らは、必死に駆け寄る救護班によって治療を施されるが、その多くは声を上げることすら叶わず、ただ呻き声を漏らすばかりである。
そして爆心地――そこには、ぽっかりと空いた大穴が残されていた。
焦土と化したその場所に、命の気配など一片もなく、誰もが口を揃えて「生存者はいない」と断じた。
街には悲鳴が響き渡った。
我が身を抱きしめ、ただ震えながら事態の収束を祈る者。
地に崩れ落ち、呆然と焼け跡を見つめる者。
家族や仲間の名を叫び、泣き叫ぶ者。
人々の感情は恐怖と絶望に支配され、カムイは一瞬にして地獄の様相を呈した。
突如として起きた爆発――その惨劇は、ただ建物を破壊しただけではなかった。
人々が信じてやまなかった「最大の盾」
が無惨に崩れ去った現実が、何よりも重く彼らの心を打ち砕いたのだ。
カムイ最大のギルドが、一瞬にして壊滅する。
それは、後に続く恐怖の幕開けを告げる最初の鐘であった。
(暴発した魔力が、このあたりで途切れている……元は一体何だったのだろう。新型の魔導兵器か、強力な魔術師か、あるいは魔獣の仕業か──)
ミランダは掌の探知器を覗き込み、細かく振動する数値を追っていた。だが、ギルド庁舎の中心へ向けて伸びていた魔力の線は、そこで唐突に断ち切れている。
魔術を行使した者から発せられた魔力の残滓は、通常は術者へと還っていく。だが今彼女が追っているものは、途中で消えていた。そこに何か異常がある──そう直感した彼女は、追跡を打ち切った。
「うーん、やっぱり……術者の自爆、って線が最有力かな」
小さく唸りつつ、ミランダは周囲を見渡す。視界は焦土と化した建物の断片、崩れ落ちた梁、噴き上がる熱煙で埋め尽くされている。魔力探知を切り替え、視認を中心に捜索を進めることにした。わずかな異変も見逃さないよう、目の筋肉に力を入れる。
「隊長みたいには上手くはいかないけど……」
呟きながら、彼女は短い詠唱を吐き、周囲に探知魔法を張っていく。地面の微かな歪み、瓦礫の温度差、焼け焦げた木材に残る不自然な摩耗痕──それらすべてを魔術のセンサーと視覚で拾い上げる。
だが、そこで彼女は違和感に気づいた。胸の奥がぎゅっと引き締まるような、不協和音のような感覚だ。探知器とは別の、もっと原初的な「何か」が彼女の神経を刺した。
「……!」
ミランダは自然と足を止め、視線を一点に集中させる。
爆心の最も深い場所、焼け跡と瓦礫が噴き上がる穴の底に──そこに何かが、突如として現れていた。
それは剣だった。
地面に深々と刺さったその刃は、周囲の焼け焦げた灰と対照的に、赤い光を内側から滲ませている。
まるで小さな太陽がそこに埋まっているかのような、揺るぎない輝きだ。剣の刃先からは僅かな熱と振動が伝わり、辺りの空気がその光に引かれてゆらぐ。
ミランダは無造作に剣へと歩み寄る。指先がほんの僅かに剣の輝きに触れた瞬間、彼女の胸中に確信めいたものが走る。
(これが爆発の原因……? いや、違う。むしろ、これが――)
その時、刃の向こう側から低く落ち着いた声がした。刃の陰から、破片の煙と硝煙の匂いが混ざり合う空間に人の気配が浮かび上がる。
「動くな」
声には圧があり、ほとんど命令のように響いた。
「!」
剣の向こうに視線を移すと、透明だった空間がじわりと凝り固まり、人の輪郭を結んでゆく。やがて硬質な影がはっきりとした形を取り始めた。
「殺人を成し遂げた奴は、必ずその現場へ戻ってくる」
その声の端には、抑えがたい怒りと深い悲しみ、忌まわしい程の執着が混じっていた。重みのあるその言葉は、ミランダの耳に鋭く突き刺さる。
ミランダは相手の発する方向をじっと見据えた。焦ることなく、淡々とだけれども毅然とした口調で応じる。
「私は調査に来た。爆発の原因を探っているだけで、無謀に現場に戻るような真似はしない」
しかし、その声は相手には届きづらい様子だった。まるで彼の耳は、怒りの震えで満ちているかのように。
――ザンッ!
大地に何か硬いものが深く突き立てられる音がした。空気が震え、微かな衝撃波が辺りに広がる。
「!……。こんな程度で死ぬとは思っていなかったけど」
その言葉とともに、別の剣が地面を抉るように刺さった。先ほどとは形の違う、別種の刃である。刺さった瞬間、地面から激しい光が漏れ、その持ち主が物理的に現出する。
剣の名は語られていないが、現れた者の装いが語るものは多かった。
赤く染まったぼさついた髪。身に纏うは何千年もの伝承が宿るという【精霊鎧装】──幾柱もの元素精霊が鎧に宿り、微かに歯車のような共鳴を立てている。筋肉隆々の体躯は戦いの長さを物語り、目は怒りに潤んでいた。
唇を噛みしめ、男は嗚咽と怒号の間で声を振り絞るように言った。
「【互零剣】の加護で俺は守られ、【封滅剣】の力で“あの”爆発の一部は封印したつもりだった……それでも、これは……守れなかった。救えなかったんだ……くそっ、くそっ……畜生っ」
言葉は震え、顔には涙が伝っていた。だがその瞳は、悲嘆の淵から獰猛な殺意へと早鐘のように変わっている。
男の名は、ジャック・リーパー。かつてカムイの名を背負ったアヴァロンの長であり、剣の達人として【ソードマスター】の称号を持つ者だ。今はただ、家族を失い、怒りに身を焼かれた者であった。
「だから、私は“これ”の原因ではないって」
ミランダは静かにそう返す。だがジャックの目には、彼女の言葉を受け入れる余地は残っていないように見えた。
「だが……お前が調査しているということは、何かを掴んだのだろう? ならば教えろ。俺は、家族を皆殺しにした相手を、己の全てで滅する」
彼の手が一瞬、爪のように震えた。続けざまに、彼は口を鳴らして名を呼ぶように言った。
「聖剣【アマルガム】!」
その一声が響くや、彼の掌にもう一振りの剣が召喚され、彼は渾身の力で振り抜いた。刃は紅蓮の光を引き、空気を引き裂いてミランダへと迫る。




